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一年目
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ヒジカタコーヒーを出ると、いい天気だった朝だったのに向こうの方から厚い雲が懸かってきた。天気予報では台風が南の海上に出来たらしい。やだな。台風か。
そんなことを思いながら、私は繁華街の方へ向かっていった。「窓」へいく前に、借りていた洋服を返しに「虹」へ行くのだ。洗濯が出来るまでちょっと時間がかかったけど、多分大丈夫。こういう服ってどう洗濯しているんだろう。パンクロッカーの人に聞きたいなぁ。
ビルに入り、私は二階に上がる。そしてドアを開けるといつもいる女装家や男装をしている人がいない。そのかわりにカウンターには背の高い男の人がいる。黒いスーツのオールバック。はっきり言って怖い人だ。
しまった。こんな時に来なきゃ良かった。そう思っていたけれど、カウンターの向こうの梅子さんが手招きした。
「いいのよ。桜さん。入りなさいな。」
そのオールバックの男は、私を見て少し微笑んだ。
「あ、服を返しに来ただけなんで。」
「あら。そう。いつでも良かったのに。」
紙袋を梅子さんに手渡し、私はもう帰ろうとした。
「こんな場所に高校生か。世も末だ。」
「うちは一応カフェだもの。昼間はね。」
「カフェねぇ。」
男はカップを手に取り、それを飲む。なんか……見た目が怖い人だけど、ちょっとイメージが違う。なんでだろう。こう……親しみやすいと言うか。ちょっとした所作とかに馴染みがあるから?
馴染み?誰かに似てる?誰に?
「この女も女に見えるが男か?」
ん?なんだ?胸を見て言ってんのか。なんか失礼な人だな。
「女性よ。蓬さん。」
蓬というらしい。その男は、近くで見ると若くはないことがわかる。口の横にしわがある。おそらく痩せているからしわが出るのも早いのだろう。
「桜……です。」
「蓬だ。名刺を渡しておくか?」
そういって彼は名刺を胸ポケットから取り出した。そこには芹沢蓬とかかれてある。そして坂本組という屋号。支社長の肩書き。
「……坂本組?」
「あぁ。ヤクザだ。」
「え?」
ちょっとびっくりしちゃった。確かに「窓」にも常連のヤクザはいるけれど、あまり「ヤクザ」ですなんて言わないものだから。言わないのが普通だと思った。
「土建会社のようだろう。まぁ、普通なら土建会社と言うんだが。どうやらあんたは、本当のことを言っても驚かないだろうと思ったからな。」
驚いてるんだけどなぁ。
「それはどうも……。」
「あんたが桜だろう。」
カウンターの向こうで、松秋さんが梅子さんを肘でつついていた。
「はい。そうですが。何処かで会いましたか。」
「いいや。初対面だ。だが「窓」で働いているのだろう。」
「はい。」
「葵の恋人か。」
まじめに聞いているので少しビビっちゃうな。
「違います。」
「そうか。だったらいい。」
彼はそういって煙草を取り出して、火をつけた。
「すいません。梅子さん。私もう時間に遅れそうなんで行きます。」
「あぁ、桜さん。」
梅子さんは心配そうにカウンターに出てきた。そして店の外に連れて行った。
「悪いけど、蓬さんにあったことは柊さんには言わないで。」
「柊さん?」
「えぇ。いい顔はしないはずよ。」
梅子さんはそういって、私を送り出した。
何だったんだろ。あの人。それにしても……何となく似ているなぁ。
私はポケットから名刺を取り出した。芹沢って……確か……柊さんと同じ名字だ。まぁ別にこの世の中にどれだけ芹沢さんって人がいるかっていわれると、そんな偶然はあるだろうし。
「窓」にやってくると、テイクアウトでアイスコーヒーを頼んでいる女性二人が、葵さんを見て顔を赤くさせていた。
「葵さん。ここお酒出さないんですよねぇ。」
「えぇ。この間の祭の時久しぶりに作りましたよ。」
「えー?でももったいない気がするのにぃ。」
「ここは二十一時に閉店しますからね。飲むのだったらもう少しあけてないといけませんし。あぁ。桜さん。」
「こんにちは。」
私はそういってカウンターの中に入っていった。多分この二人にしてみたら、私は目の上のたんこぶと言ったところだろうか。なんで女性がこの店にいるのだろうと思っているだろうな。
少し前ならその気持ちがわからなかった。でも今ならわかる。柊さんの職場に女性がいたら、私もそう思うだろう。
彼女らに敵に思われないためには、必要以上に葵さんに近づかないことだ。そう私はしていた。でもそうはうまくいかないけれど。
着替えが終わってカウンターに出てくると、もうあの女性二人はいなかった。そして新しいお客さんが入ってきた。今度も女性だ。
「いらっしゃいませ。」
祭以来、女性のお客が多い。葵さんを目当てに来るのだろう。blue roseに行ってもいないのだからそうするしかないのだ。そして肝心の葵さんはにこにこといつものように微笑んでいるだけだった。うっとうしいとも何ともいわない。
しばらくして、お客さんが帰っていく。そして店内には私と葵さんだけになった。外を見ると雨が降り出したようだ。
「風が出てきましたね。」
葵さんがいうように雨だけじゃなくて、風も出てきた。傘は持っていないけれど、傘を持っていても無理だったかも。
「本当ですね。」
「台風が来ているそうですから。あなたの裏の家は大丈夫なんですか。」
そういえば台風とかで柊さんの家は大丈夫なんだろうか。あまりのボロさに壊れてしまうんじゃないかって、心配してしまう。
「そういえばそうですね。崩れたりしないんでしょうか。」
「崩れはしませんよ。でもミシミシいうみたいですね。」
その言葉に少し不安になる。
「大丈夫なんですかね。」
「大丈夫ですよ。彼があそこに引っ越して結構経つみたいですけど、崩れたことはないみたいですよ。」
「そうでしたか。」
ほっとした。それもそうだ。
「それに本当にやばいときは、うちに来たりもしてましたし。まぁ……今はそれも必要ないでしょう。あなたの家もありますから。」
その言葉に少しドキッとした。葵さんからいわれると思ってなかったから。
そんなことを思いながら、私は繁華街の方へ向かっていった。「窓」へいく前に、借りていた洋服を返しに「虹」へ行くのだ。洗濯が出来るまでちょっと時間がかかったけど、多分大丈夫。こういう服ってどう洗濯しているんだろう。パンクロッカーの人に聞きたいなぁ。
ビルに入り、私は二階に上がる。そしてドアを開けるといつもいる女装家や男装をしている人がいない。そのかわりにカウンターには背の高い男の人がいる。黒いスーツのオールバック。はっきり言って怖い人だ。
しまった。こんな時に来なきゃ良かった。そう思っていたけれど、カウンターの向こうの梅子さんが手招きした。
「いいのよ。桜さん。入りなさいな。」
そのオールバックの男は、私を見て少し微笑んだ。
「あ、服を返しに来ただけなんで。」
「あら。そう。いつでも良かったのに。」
紙袋を梅子さんに手渡し、私はもう帰ろうとした。
「こんな場所に高校生か。世も末だ。」
「うちは一応カフェだもの。昼間はね。」
「カフェねぇ。」
男はカップを手に取り、それを飲む。なんか……見た目が怖い人だけど、ちょっとイメージが違う。なんでだろう。こう……親しみやすいと言うか。ちょっとした所作とかに馴染みがあるから?
馴染み?誰かに似てる?誰に?
「この女も女に見えるが男か?」
ん?なんだ?胸を見て言ってんのか。なんか失礼な人だな。
「女性よ。蓬さん。」
蓬というらしい。その男は、近くで見ると若くはないことがわかる。口の横にしわがある。おそらく痩せているからしわが出るのも早いのだろう。
「桜……です。」
「蓬だ。名刺を渡しておくか?」
そういって彼は名刺を胸ポケットから取り出した。そこには芹沢蓬とかかれてある。そして坂本組という屋号。支社長の肩書き。
「……坂本組?」
「あぁ。ヤクザだ。」
「え?」
ちょっとびっくりしちゃった。確かに「窓」にも常連のヤクザはいるけれど、あまり「ヤクザ」ですなんて言わないものだから。言わないのが普通だと思った。
「土建会社のようだろう。まぁ、普通なら土建会社と言うんだが。どうやらあんたは、本当のことを言っても驚かないだろうと思ったからな。」
驚いてるんだけどなぁ。
「それはどうも……。」
「あんたが桜だろう。」
カウンターの向こうで、松秋さんが梅子さんを肘でつついていた。
「はい。そうですが。何処かで会いましたか。」
「いいや。初対面だ。だが「窓」で働いているのだろう。」
「はい。」
「葵の恋人か。」
まじめに聞いているので少しビビっちゃうな。
「違います。」
「そうか。だったらいい。」
彼はそういって煙草を取り出して、火をつけた。
「すいません。梅子さん。私もう時間に遅れそうなんで行きます。」
「あぁ、桜さん。」
梅子さんは心配そうにカウンターに出てきた。そして店の外に連れて行った。
「悪いけど、蓬さんにあったことは柊さんには言わないで。」
「柊さん?」
「えぇ。いい顔はしないはずよ。」
梅子さんはそういって、私を送り出した。
何だったんだろ。あの人。それにしても……何となく似ているなぁ。
私はポケットから名刺を取り出した。芹沢って……確か……柊さんと同じ名字だ。まぁ別にこの世の中にどれだけ芹沢さんって人がいるかっていわれると、そんな偶然はあるだろうし。
「窓」にやってくると、テイクアウトでアイスコーヒーを頼んでいる女性二人が、葵さんを見て顔を赤くさせていた。
「葵さん。ここお酒出さないんですよねぇ。」
「えぇ。この間の祭の時久しぶりに作りましたよ。」
「えー?でももったいない気がするのにぃ。」
「ここは二十一時に閉店しますからね。飲むのだったらもう少しあけてないといけませんし。あぁ。桜さん。」
「こんにちは。」
私はそういってカウンターの中に入っていった。多分この二人にしてみたら、私は目の上のたんこぶと言ったところだろうか。なんで女性がこの店にいるのだろうと思っているだろうな。
少し前ならその気持ちがわからなかった。でも今ならわかる。柊さんの職場に女性がいたら、私もそう思うだろう。
彼女らに敵に思われないためには、必要以上に葵さんに近づかないことだ。そう私はしていた。でもそうはうまくいかないけれど。
着替えが終わってカウンターに出てくると、もうあの女性二人はいなかった。そして新しいお客さんが入ってきた。今度も女性だ。
「いらっしゃいませ。」
祭以来、女性のお客が多い。葵さんを目当てに来るのだろう。blue roseに行ってもいないのだからそうするしかないのだ。そして肝心の葵さんはにこにこといつものように微笑んでいるだけだった。うっとうしいとも何ともいわない。
しばらくして、お客さんが帰っていく。そして店内には私と葵さんだけになった。外を見ると雨が降り出したようだ。
「風が出てきましたね。」
葵さんがいうように雨だけじゃなくて、風も出てきた。傘は持っていないけれど、傘を持っていても無理だったかも。
「本当ですね。」
「台風が来ているそうですから。あなたの裏の家は大丈夫なんですか。」
そういえば台風とかで柊さんの家は大丈夫なんだろうか。あまりのボロさに壊れてしまうんじゃないかって、心配してしまう。
「そういえばそうですね。崩れたりしないんでしょうか。」
「崩れはしませんよ。でもミシミシいうみたいですね。」
その言葉に少し不安になる。
「大丈夫なんですかね。」
「大丈夫ですよ。彼があそこに引っ越して結構経つみたいですけど、崩れたことはないみたいですよ。」
「そうでしたか。」
ほっとした。それもそうだ。
「それに本当にやばいときは、うちに来たりもしてましたし。まぁ……今はそれも必要ないでしょう。あなたの家もありますから。」
その言葉に少しドキッとした。葵さんからいわれると思ってなかったから。
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