夜の声

神崎

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一年目

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 「窓」にやってくると、カウンター席に梅子さんと松秋さんの姿があった。珍しく仮装……いや女装も、男装もしたままの姿で、店内のお客さんも珍しそうに彼らを見ている。松秋さんは黙っていれば男性に見えるけれど、梅子さんは女性の姿にしてみれば少し……いやかなり派手だもんな。
 今日も派手な格好だ。網タイツとショートパンツ。胸元のあいた白いシャツは、派手にペイントされている。
「こんにちは。」
「あ、桜さん。あなたを待ってたのよ。」
 そりゃそうだろうな。
 葵さんからレイプされそうになったのを助けてくれた二人が、のうのうと葵さんと会話とコーヒーを楽しみにここに来るとは思えないんだもの。
「どうしました?」
「夏祭りがあるじゃない?十二日に。」
「はぁ。」
「そのとき「虹」もテナント出すんだけど、手伝ってくれない?」
「私がですか?」
 その言葉に、葵さんは少し不機嫌そうだった。多分イヤなんだろうな。まぁ心情的にはそうかもしれない。自分が育てた人が、ほかの店で飲み物を出すというのは、技術を取られるかもしれないと言う恐怖もあるのだろう。
「でも私、今昼間のバイトもしてて。」
「知ってるわ。だから夜に。」
「テナントはステージのそばだから、結構近くでライブ聴けるし、いいと思うぞ。」
 あまり私の腕を買っていないと思っていた松秋さんまで私を誘ってくる。
「……でも……。」
 ちらりと葵さんを見る。葵さんは目だけで微笑んでいたが、その奥は「断れ」と言っているようだった。
「葵はあなたがいいならと言ってたわ。」
「え?」
 すると彼は私を見るとさらに微笑んだ。
「えぇ。かまいませんよ。ここでしたことが全く通じないところにはいるというのもいい経験になるかもしれませんしね。」
 かまいませんとは言ったモノの、イヤなんだろうな。
「葵は「blue rose」へ手伝いに行くんでしょ?そこへは桜さんを連れていけないしねぇ。」
「酒を出すところだしな。俺のところは、酒は今回出さない。俺と、梅子でフードを作るから飲み物を作って欲しいと思ってる。まぁ、飲み物と言っても用意されている。コップに氷を入れて飲み物を入れるだけだ。」
「……。」
 確かにそれは楽だ。でも……。視線が痛いよー。断れって言う視線が痛いー。
「ちょっと考えてもいいですか。」
「あら。だったら連絡先、教えておくわね。携帯電話持ってる?」
「はい。」
 梅子さんと連絡先を交換して、私はカウンターに入っていった。そしてヒジカタコーヒーから預かったビニール袋を葵さんに渡す。

 着替えてカウンターに入ると、葵さんは開口一番嫌みを言った。
「モテモテですね。」
「そんなことはありませんよ。」
「コップに氷を入れてのみモノ入れて渡すくらいなら、竹彦君でも出来そうなのに、何であなたに……。」
 もう二人が帰ったから、言い出したのだろう。
「用事でもあるんでしょうね。竹彦君は。」
 この店にも夏祭りのポスターが張っている。ステージの演目者の中には、Syuの文字も見える。あぁ。柊さんの名前だ。
 カウンターをでてトレーとダスターを手にカウンターを片づけた。その間も笑顔だが彼は不機嫌そうに、レジ横にある本を手にする。カクテルの本らしい。
「お酒を作ると言っていましたね。」
「えぇ。そうですよ。「blue rose」はカクテルバーの店ですからね。思い出さなければ。」
 お酒を作ることも出来るのか。知らなかったなぁ。あ、だから柊さんとお酒を飲むことも出来るんだ。強いんだろうな。きっと。
「「blue rose」はお酒を提供するので、「虹」とは逆方向になるんですよ。……と、そうでしたね。あなたはあの祭に来たことがないと言ってました。」
「えぇ。人混みが苦手で。」
「でしたらなおさら、「虹」を手伝うのはやめた方がいいですよ。毎年すごい人混みになりますから。」
 でも「虹」を手伝わなくても、会場には行きたいんだよな。柊さんを見たいし。それに椿さんならこう言うだろう。

”経験をしないで後悔するよりも、して後悔した方がいい。”

 結構こういったことを椿さんはいうのだ。
 そう言えば最近の椿さんの言葉が少し変わった気がする。昔は、孤独を恐れないように、とか、一人であることを恥じてはいけない、とか、そう言ったことを語っていたような気がする。
 しかし最近は、過去を振り返ってはいけない、過去は変えられないのだから、とか、一人でつかめる幸せには限界がある、とか。
 うーん。椿さんにも何かあったのかなぁ。たとえば、恋人が出来たとか。イヤイヤ。
「葵さん。」
「どうしましたか。」
「私、「虹」を手伝ってみてもいいですか。」
「桜さん。」
「彼らにはお世話になっているし、それに……経験できることをわざと拒否することは、人生で損をしていると思いませんか。」
 すると彼は本を閉じた。そして私を見る。
「えぇ。あなたがそう言うのでしたら、そうしてみればいいでしょう。でも多分後悔しますよ。」
「そうでしょうか。」
「えぇ。」
 葵さんの微笑みは少し怖かったが、自分で決めたことだもん。やらなきゃいけない。
 どんな状況なのか。どんな人がいるのか。わからない。すべてが未知だ。
 ポスターを改めて見る。十二日。あと一週間もないのだ。
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