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一年目
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母は出ていき、私は散乱しているテーブルの上を片づけていた。ビールの缶。ワインのボトル。そして食べかけのつまみの乗った皿。その一つ一つは買ったモノもあるが、きっと母の手作りのモノもあるだろう。「とりあえず食べれる」と言うモノを作るだけの私とは違って、母の料理は手が込んでいる。
本当に気合いが入っているときは、前の日から肉を仕込んだりしているみたいだ。外見はとてもそんな風には見えないけれど、私はそれで育ってきた。
私に用意してくれたご飯も、つまみをアレンジしたモノだった。鶏もも肉のソテーや、ポテトサラダ。冷や奴にオクラや梅、鰹節を刻んだもの。炊き込みご飯まで作っている。
「食事はしました?」
「あぁ。つまみとビールでお腹いっぱいだ。」
「まだお酒が飲める年齢じゃなくてすいません。」
「そんなことは気にしていない。飲まないなら飲まない方がいい。酒で失敗することもあるし。」
「お酒で?」
「まぁ、大人になればそう言うことの一つや二つ。ネタでもっているものだ。」
きっと繁華街にはそう言う人が多いのだろう。そして柊さんもそこへ行っても問われることのない年齢なのだ。
「何をしたんですか。」
「そんなことまで話さないといけないか。」
「別にいいです。」
「でもお前の話は色々聞いた。お母さんからな。」
「やだ。何を話したんですか。」
「小さい頃は真夏でも外で遊んでいたから、いつも真っ黒になっていたとか。」
「そんなことを?もう。お喋りなんだから。」
「いいじゃないか。お前が俺のことを聞きたいように、俺もお前のことを色々知りたいと思っている。」
そう言って彼は目の前の余っていたワインを一口飲んだ。顔色一つ変えないというのは、多分お母さんが言ったとおり本当にお酒が強い人なんだろうな。
「今日は用事はないんですか。」
「今日は迎えが来る。」
「そうでしたか。」
やっぱりずっとはいれないんだな。でもどうして今日やってきたのだろう。母と飲んでまで待つことがあったのか。
「何かあったんですか。」
「あぁ。」
彼はそう言ってお尻のポケットから財布をとりだした。そして黒い紙を私の前に出した。
この町の一大イベントである夏祭り。その案内のチラシだった。昼間は野外ステージで地元の吹奏楽団や、コーラスグループのステージがあるが、夜になればバンドや地元のクラブで活躍するDJ、そして一番最後のトリは、プロの歌手やバンドがやってきて演奏するのだ。タダで見れるライブなので、案外人は多い。
「こないか。」
「毎年あるのは知ってますが、行ったことはないんです。人混みが苦手で。」
「そうだろうと思った。でも今回は来て欲しい。」
「どうして?」
「俺が出るから。」
「は?」
意外だった。何に出るというのだろうか。
「ずっとDJをしていている。ムショに入る前から。」
「……なんか意外ですね。」
素直に言葉にしてしまった。私は食事を終えて箸をおくと、そのチラシを手に取った。今回のトリのバンドはstrawberry flowerというラテンバンドだった。よく椿さんのラジオでも流れるバンドの音楽で、歌手はリリーという女性だったと思う。
「週末くらいしかクラブで回したりはしないが、このイベントならお前でも見れる。」
確かに祭の時は「窓」も閉店する。そして葵さんは知り合いのカフェが出店するのを手伝うらしいのだ。だから葵さんにも毎年こないかと言われていたが、何となく気が引けていた。
「どれが柊さんの名前なんですか。」
「これだ。柊とはかいていない。」
「Syuと言う名前ですか。」
「そう。」
何も知らなかった。DJをしていることも。チラシにこんなに大きく名前が乗っていることも。私は、彼のことをまだ何も知らないんだなぁ。
「どうした。」
暗い顔をしていたのかもしれない。私はやっと顔を上げれた。
「何でもありませんよ。伺わせていただきますね。」
そう言って私はチラシを置いて、空の皿をキッチンに持ってきた。
わかってる。年齢差はあるし、知らないことの方がまだ多い。だけど、こんなに大きなことを知らなかったと思いたくなかった。
「桜。」
するとキッチンへ、柊さんがやってきた。
「……柊さん?」
「また一人で悩むな。言え。何かあったか。」
私はぽつりという。
「何も知らなかったんだなぁ。と思って。」
「何も?」
「部屋に行った時から音楽が好きなんだなぁくらいしか思わなかったんです。でもそんなに本格的に音楽をしていたなんて知らなかったから。」
彼は頭を少しかくと、私の後ろから体を抱きしめた。ふわりと酒の匂いがする。
「知らないことは今から知ればいい。今からは、俺らしか知らないことが出来るだろう。」
「はい。」
「だからそんなに暗い顔をするな。俺だってお前のことは今日、お母さんから聞いた話が初めてだった。」
「……そうでしたね。」
「こんなに今は色が白いのに、真っ黒になるまで遊んでいたなんて信じられない。」
「細かったから、ゴボウと言われてましたよ。」
すると彼の笑い声が耳元で聞こえた。
「そうか。じゃあ、今度ツーリングへ行くときは、また焼けるかもしれないな。」
「海へ行くと言ってましたね。」
「あぁ。お母さんから、許可はもらえた。」
そのために今日お母さんと飲んでいたというの?そっか。
私はその腕を少しゆるめて、そして彼と向かい合う。背伸びをして、彼の唇にそっとキスをした。
口内からは強いアルコールの味がする。
「酔いそうです。」
離そうとしたのに、彼の腕の力が強くなる。
「桜。こっち向いて。」
彼はそう言ってまた私の唇にキスをした。
本当に気合いが入っているときは、前の日から肉を仕込んだりしているみたいだ。外見はとてもそんな風には見えないけれど、私はそれで育ってきた。
私に用意してくれたご飯も、つまみをアレンジしたモノだった。鶏もも肉のソテーや、ポテトサラダ。冷や奴にオクラや梅、鰹節を刻んだもの。炊き込みご飯まで作っている。
「食事はしました?」
「あぁ。つまみとビールでお腹いっぱいだ。」
「まだお酒が飲める年齢じゃなくてすいません。」
「そんなことは気にしていない。飲まないなら飲まない方がいい。酒で失敗することもあるし。」
「お酒で?」
「まぁ、大人になればそう言うことの一つや二つ。ネタでもっているものだ。」
きっと繁華街にはそう言う人が多いのだろう。そして柊さんもそこへ行っても問われることのない年齢なのだ。
「何をしたんですか。」
「そんなことまで話さないといけないか。」
「別にいいです。」
「でもお前の話は色々聞いた。お母さんからな。」
「やだ。何を話したんですか。」
「小さい頃は真夏でも外で遊んでいたから、いつも真っ黒になっていたとか。」
「そんなことを?もう。お喋りなんだから。」
「いいじゃないか。お前が俺のことを聞きたいように、俺もお前のことを色々知りたいと思っている。」
そう言って彼は目の前の余っていたワインを一口飲んだ。顔色一つ変えないというのは、多分お母さんが言ったとおり本当にお酒が強い人なんだろうな。
「今日は用事はないんですか。」
「今日は迎えが来る。」
「そうでしたか。」
やっぱりずっとはいれないんだな。でもどうして今日やってきたのだろう。母と飲んでまで待つことがあったのか。
「何かあったんですか。」
「あぁ。」
彼はそう言ってお尻のポケットから財布をとりだした。そして黒い紙を私の前に出した。
この町の一大イベントである夏祭り。その案内のチラシだった。昼間は野外ステージで地元の吹奏楽団や、コーラスグループのステージがあるが、夜になればバンドや地元のクラブで活躍するDJ、そして一番最後のトリは、プロの歌手やバンドがやってきて演奏するのだ。タダで見れるライブなので、案外人は多い。
「こないか。」
「毎年あるのは知ってますが、行ったことはないんです。人混みが苦手で。」
「そうだろうと思った。でも今回は来て欲しい。」
「どうして?」
「俺が出るから。」
「は?」
意外だった。何に出るというのだろうか。
「ずっとDJをしていている。ムショに入る前から。」
「……なんか意外ですね。」
素直に言葉にしてしまった。私は食事を終えて箸をおくと、そのチラシを手に取った。今回のトリのバンドはstrawberry flowerというラテンバンドだった。よく椿さんのラジオでも流れるバンドの音楽で、歌手はリリーという女性だったと思う。
「週末くらいしかクラブで回したりはしないが、このイベントならお前でも見れる。」
確かに祭の時は「窓」も閉店する。そして葵さんは知り合いのカフェが出店するのを手伝うらしいのだ。だから葵さんにも毎年こないかと言われていたが、何となく気が引けていた。
「どれが柊さんの名前なんですか。」
「これだ。柊とはかいていない。」
「Syuと言う名前ですか。」
「そう。」
何も知らなかった。DJをしていることも。チラシにこんなに大きく名前が乗っていることも。私は、彼のことをまだ何も知らないんだなぁ。
「どうした。」
暗い顔をしていたのかもしれない。私はやっと顔を上げれた。
「何でもありませんよ。伺わせていただきますね。」
そう言って私はチラシを置いて、空の皿をキッチンに持ってきた。
わかってる。年齢差はあるし、知らないことの方がまだ多い。だけど、こんなに大きなことを知らなかったと思いたくなかった。
「桜。」
するとキッチンへ、柊さんがやってきた。
「……柊さん?」
「また一人で悩むな。言え。何かあったか。」
私はぽつりという。
「何も知らなかったんだなぁ。と思って。」
「何も?」
「部屋に行った時から音楽が好きなんだなぁくらいしか思わなかったんです。でもそんなに本格的に音楽をしていたなんて知らなかったから。」
彼は頭を少しかくと、私の後ろから体を抱きしめた。ふわりと酒の匂いがする。
「知らないことは今から知ればいい。今からは、俺らしか知らないことが出来るだろう。」
「はい。」
「だからそんなに暗い顔をするな。俺だってお前のことは今日、お母さんから聞いた話が初めてだった。」
「……そうでしたね。」
「こんなに今は色が白いのに、真っ黒になるまで遊んでいたなんて信じられない。」
「細かったから、ゴボウと言われてましたよ。」
すると彼の笑い声が耳元で聞こえた。
「そうか。じゃあ、今度ツーリングへ行くときは、また焼けるかもしれないな。」
「海へ行くと言ってましたね。」
「あぁ。お母さんから、許可はもらえた。」
そのために今日お母さんと飲んでいたというの?そっか。
私はその腕を少しゆるめて、そして彼と向かい合う。背伸びをして、彼の唇にそっとキスをした。
口内からは強いアルコールの味がする。
「酔いそうです。」
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