夜の声

神崎

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一年目

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 しばらく私は髪を下ろして学校へ行った。このくそ暑いのに髪を下ろして学校へ行くのは少し面倒。だけどうなじを合わせ鏡で見たら、そうも言っていられない状況なのはすぐにわかった。
 竹彦が付けたであろうその跡の上から、柊さんが付けた跡はくっきりとしていて誤魔化せるレベルではないのは十分わかる。こんなところに絆創膏を貼るわけにもいかないので、仕方なく髪を下ろしたのだ。
「でも髪下ろすと桜ってなんか色気あるよねぇ。」
 向日葵はそう言ってうらやましがっていた。
「……んー。そうかな。」
「そうよ。ずっとそうしてればいいのに。ほら。あの男の子。」
 隣のクラスの男子が、廊下を通っている。そして意味ありげにこちらを見ていた。
「見てるんだよ。桜を。」
「残念だけど。興味なくて。」
「もったいないよねぇ。」
「あ、でも桜彼氏いるもんね。」
「んー。そうね。」
「何?あまり自信ないの?愛されてない?」
 イヤイヤ。そう言う訳じゃないのよね。むしろ愛されすぎてて幸せだと思う。でも唯一言えないのは、この学校の用務員だって事だろうな。
 今日も外を見ると、草むしりをしている影を見る。むしってもむしってもきりがないのだろう。
「ううん。そんなことはないよ。」
「あーでも見てみたいー。桜の彼氏。どんな人なんだろ。」
 すると向こうから竹彦が私たちに近づいてきた。
「桜さん。先生が呼んでる。」
「え?あぁ。ありがとう。」
 私はそう言って席を立った。そして廊下で待っている先生の元へいく。
「クラス委員長の引継だが……。」
 他愛もない話で良かった。柊さんとのことが見られているのかと思って冷やっとしたんだよね。
「それから、夏休みの課題のテキストが来てるから持ってきてくれないか。」
「はい。どこにありますか。」
「職員室に。あぁ。一人では無理か。誰か連れてきて二人で持ってきてくれないか。」
「わかりました。」
 ふと後ろを見ると、竹彦がいた。もう向こうの女子たちはほかの話で盛り上がっているみたいだし、声かけるのも悪いかなぁ。
「竹彦君。手伝ってくれる?」
「いいよ。」
 話を聞いてたんだろう。私は彼と一緒に職員室へ向かった。そしてクラス分の課題のテキストを二人で持った。かなり厚さがあるようだけど、中はほとんど資料だ。
 職員室を出て、教室に向かっている途中。彼は私の横で歩いている。ほかの生徒たちも似たような人が多く、課題を持って歩いていた。
「髪下ろしているんだね。」
「えぇ。」
「それも似合うと思う。」
「ありがとう。でも……。」
 あなたのせいよ。とは言えない。「虹」で浴衣を着付けて貰っていたときに、うなじにキスマークを付けたのは、あなたでしょ。なんて言えるわけがない。
 まぁ、そのおかげで柊さんとの時間を過ごすことは出来たんだけど。それは怪我の功名だよね。
「何かあった?」
「別に。」
「なんかついてた?首の後ろ。」
 やっぱりあんたか。
「竹彦君。あなたねぇ。」
 階段の途中で、立ち止まってしまい後ろの人が戸惑っていた。それを感じ、私は口を尖らせてまた階段を上っていく。
「夏休みはどうするの?」
「バイト。」
「へぇ。そうなんだ。」
「あなたは?」
「僕も似たようなものだよ。家の手伝い。でも、「虹」には行ける時間はあると思う。桜さんは、「窓」を辞めたの?」
「辞めた訳じゃないわ。でも……試験期間中だったし。」
「もう何日かたってるじゃん。」
「そうね。もう少ししたらまた出ると思うわ。」
 そのときは葵さんに隙をつかれないように。そうしなきゃ。

「げぇ。最悪ー。」
 靴を履いて出ようとした私の心の声を、隣の女子生徒が口に出した。
「雨降ってんじゃん。傘持ってないよー。」
「天気予報、嘘つきやがって。」
 私も似たようなものだ。確かに傘なんか持ってきてないのに、雨は降っている。まだでも小降りだ。急いで帰れば何とかなるかもしれない。
 私はその中をほかの生徒と同じように、走って学校を出ていった。明日が終了式なのに、洗ってる制服を一回着ないといけないなんてついてないなぁ。
 学校を出て、しばらくすると雨は本降りになってきた。たまらず私はコンビニの下で雨宿りをすることにした。家まではあと少しだけど、その間に傘を買うわけにもいかないしなぁ。
 そう思っていたら、コンビニから一人の男の人が出てきた。それは葵さんだった。
「桜さん。」
「……。」
 なんて声をかけたらいいのかわからない。こんにちは。お久しぶりです。いろんな言葉が浮かんできたけれど、私はうまくその言葉を言えなかった。
 しかし彼はいつもの笑顔で私に話しかけてくる。
「雨まだ降ると思いますよ傘。持って行きますか?」
 彼は立てかけているビニール傘を私に差し出した。
「でも……葵さんも困るんじゃ……。」
「今日は休みだし、特に困りません。君の家の方がわずかですが遠いですから。」
「……。」
「もしよかったら明日、その傘を届けに来てください。イヤなら、その傘は差し上げます。」
 多分、傘を理由に辞めるか、続けるかの選択を迫られているのだろう。私は傘を受け取る。そして彼を見上げた。
「葵さん。」
 私はバックの中から携帯電話をとりだした。
「私、明後日から昼間、母の紹介されたところでちょっと働くことになりました。なので、いつもより遅れるかもしれません。そのときは連絡をします。」
 明日なんて言わなくてもいい。答えは最初から決まっていた。彼の人間としてではなく、バリスタとして尊敬できるところは沢山あるから。

”悪いところを見るのは簡単です。一つ身付ければ怒濤のように悪いところが見えてきて、最終的に嫌いになる。見るのもイヤになる。
 しかしいいところを見れば、きっとあなたはその人を好きになる。”

 葵さんだって店主と、バイト。その関係をこれ以上崩したくないと思っているはずだから。
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