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一年目
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あまり眠れなかった夜を過ごし、私は朝食を作っていた。すると母親が起きてきた。
「あー眠い。」
「おはよう。ずいぶん早いのね。」
「んー。あんたにあげるもんがあってさ。」
母は自分の部屋から紙袋を持ってきた。
「何?」
「携帯電話。あんた持ってないのすごく不便だもの。ほとんど家にいないさ、家電この際切ろうかと思ってね。」
「いいの?」
「いいのよ。別に。今時は家電よりも安いからね。」
「ありがとう。」
何で急に携帯電話なんて言い出したんだろう。少し不思議に思っていたけど、多分柊さんから聞いたのかもしれない。夕べのことを。
前々から思っていたけど、母は柊さんの方が葵さんよりも信頼しているのだろう。柊さんも前科があるって知っているけど、葵さんの前科はちくちくと言っている気がする。
「母さん。」
「なーに?」
彼女は煙草に火をつけて、煙を吐き出した。
「……前言ってたコーヒー豆の業者の事務の話だけど。」
言い出せる訳ない。
葵さんの前科についてなんて話せる訳ない。
昼休みになり、私は昼食もそこそこに適当ないいわけを向日葵たちにして一階に降りた。
一階は昼休みにはほとんど人がいない。ほとんどって言うのは、体育が次の授業だったり、体育館で何か運動をしたい人以外って事だ。体力が有り余ってるんだろうな。
科学室に入ると、そこにはエアコンを修理している柊さんがいた。
「また壊れたんですか。」
「冷えないんだと。全く買い直せばいいのに。こんな旧型。」
愚痴を言って、彼は脚立から降りた。そしてリモコンでスイッチをいれる。するとブンという音とともに、冷風が排気口から吹き込んできた。
「涼しい……。」
「直った。よし。」
エアコンのスイッチを消すと、彼は私を見下ろした。
「平気か?」
「はい。何とか。」
「顔色悪いし、倒れるなよ。」
「……正直、あまり夕べは寝れなくて。」
「まぁ。そうだろうな。飯は食えてるか?」
「はい。」
嘘だった。持ってきた弁当も、今日はあまり食べれていない。朝食は作ったけれど、結局あまり食べれなかった。このままじゃ倒れるかなぁ。
「嘘をつくな。」
そう言って彼は私の頭を軽く叩いた。まるで小さな子供にするように。
「痛い。」
そう言うと彼は少し笑った。その顔が好き。私にしか見せないその顔。
「今朝、携帯を貰いました。」
「母親からか。」
「はい。」
「番号は?」
買ったばかりの携帯電話はあまり充電がない。それでも彼のポケットに入っているその携帯電話と、同じ機種のものでそれが嬉しかった。
「何かあったら連絡しろ。夕べみたいな事……。」
私はふっと笑うと、首を横に振った。
「そうだったな。強くなれって言ったのは俺だったか。」
「えぇ。でも……どうしようもないときは、連絡をします。」
向日葵にもまだ教えていない。その携帯電話の電話帳には、母の番号と、そして柊さんの番号だけが刻まれた。
「いい天気だ。あぁツーリングにでも行きたい。」
「いいですね。」
「海。行かないか。夏休みにでも。」
「行きたいです。でも……。」
夏休みはバイトと、母の紹介で働くコーヒー用品の仕事が入ったことを、彼にやっと伝えられた。すると柊さんは少し動揺したような表情になった。
「大丈夫なのか。そんな仕事。」
「やるだけですよ。一ヶ月でそんなに大した仕事が出来るとも思えませんし。」
「いいや。仕事のこともだが、お前は案外周りを見ずに夢中になるところがあるから。」
「……。」
「無理するな。その事務所は日曜日は休みなんだろう。」
「はい。」
「そのときにツーリングするか。」
「お願いします。」
楽しみが増えた。そんな気がする。
がらっ。
そのとき科学室のドアが開いた。そこには竹彦の姿がある。
「……竹彦君。」
「外でやった方がいいんじゃない?そういうの。」
もっともだ。でも何もしてないのに。
「お前こそ暇だな。こんなところに昼休み来てるなんて。友達いないのか。」
「柊さん。」
さすがに失礼だ。たしなめるように私は彼の名前を呼ぶ。でも竹彦は動揺一つしない。
「下らないお喋りなんかしたくないですから。」
「ご立派だな。さて、俺は修理が終わったから行く。」
「えぇ。お疲れさまでした。」
彼はそういって脚立を持って、外に出て行ってしまった。まだ昼休みには時間がある。
しかしタイミング悪いなぁ。もう少し柊さんと話せると思ったのに。
「桜さん。」
私も外にでようとした。そのときだった。竹彦から声をかけられる。
「何かしら。」
「彼のこと聞いた?」
「えぇ。あらかたのことは。」
「それでも好きなんだ。」
「えぇ。彼に非はないもの。」
「自分の口からいうのに、自分を悪くいう人はいないよ。」
「……竹彦君。あなた、どうしても柊さんを悪者にしたいのね。」
「僕にはいい人に見えない。だって、彼は僕と同じ臭いがするから。」
似てるって事だろうか。全く違うタイプに見えるけれど、どういうことだろうか。
「あー眠い。」
「おはよう。ずいぶん早いのね。」
「んー。あんたにあげるもんがあってさ。」
母は自分の部屋から紙袋を持ってきた。
「何?」
「携帯電話。あんた持ってないのすごく不便だもの。ほとんど家にいないさ、家電この際切ろうかと思ってね。」
「いいの?」
「いいのよ。別に。今時は家電よりも安いからね。」
「ありがとう。」
何で急に携帯電話なんて言い出したんだろう。少し不思議に思っていたけど、多分柊さんから聞いたのかもしれない。夕べのことを。
前々から思っていたけど、母は柊さんの方が葵さんよりも信頼しているのだろう。柊さんも前科があるって知っているけど、葵さんの前科はちくちくと言っている気がする。
「母さん。」
「なーに?」
彼女は煙草に火をつけて、煙を吐き出した。
「……前言ってたコーヒー豆の業者の事務の話だけど。」
言い出せる訳ない。
葵さんの前科についてなんて話せる訳ない。
昼休みになり、私は昼食もそこそこに適当ないいわけを向日葵たちにして一階に降りた。
一階は昼休みにはほとんど人がいない。ほとんどって言うのは、体育が次の授業だったり、体育館で何か運動をしたい人以外って事だ。体力が有り余ってるんだろうな。
科学室に入ると、そこにはエアコンを修理している柊さんがいた。
「また壊れたんですか。」
「冷えないんだと。全く買い直せばいいのに。こんな旧型。」
愚痴を言って、彼は脚立から降りた。そしてリモコンでスイッチをいれる。するとブンという音とともに、冷風が排気口から吹き込んできた。
「涼しい……。」
「直った。よし。」
エアコンのスイッチを消すと、彼は私を見下ろした。
「平気か?」
「はい。何とか。」
「顔色悪いし、倒れるなよ。」
「……正直、あまり夕べは寝れなくて。」
「まぁ。そうだろうな。飯は食えてるか?」
「はい。」
嘘だった。持ってきた弁当も、今日はあまり食べれていない。朝食は作ったけれど、結局あまり食べれなかった。このままじゃ倒れるかなぁ。
「嘘をつくな。」
そう言って彼は私の頭を軽く叩いた。まるで小さな子供にするように。
「痛い。」
そう言うと彼は少し笑った。その顔が好き。私にしか見せないその顔。
「今朝、携帯を貰いました。」
「母親からか。」
「はい。」
「番号は?」
買ったばかりの携帯電話はあまり充電がない。それでも彼のポケットに入っているその携帯電話と、同じ機種のものでそれが嬉しかった。
「何かあったら連絡しろ。夕べみたいな事……。」
私はふっと笑うと、首を横に振った。
「そうだったな。強くなれって言ったのは俺だったか。」
「えぇ。でも……どうしようもないときは、連絡をします。」
向日葵にもまだ教えていない。その携帯電話の電話帳には、母の番号と、そして柊さんの番号だけが刻まれた。
「いい天気だ。あぁツーリングにでも行きたい。」
「いいですね。」
「海。行かないか。夏休みにでも。」
「行きたいです。でも……。」
夏休みはバイトと、母の紹介で働くコーヒー用品の仕事が入ったことを、彼にやっと伝えられた。すると柊さんは少し動揺したような表情になった。
「大丈夫なのか。そんな仕事。」
「やるだけですよ。一ヶ月でそんなに大した仕事が出来るとも思えませんし。」
「いいや。仕事のこともだが、お前は案外周りを見ずに夢中になるところがあるから。」
「……。」
「無理するな。その事務所は日曜日は休みなんだろう。」
「はい。」
「そのときにツーリングするか。」
「お願いします。」
楽しみが増えた。そんな気がする。
がらっ。
そのとき科学室のドアが開いた。そこには竹彦の姿がある。
「……竹彦君。」
「外でやった方がいいんじゃない?そういうの。」
もっともだ。でも何もしてないのに。
「お前こそ暇だな。こんなところに昼休み来てるなんて。友達いないのか。」
「柊さん。」
さすがに失礼だ。たしなめるように私は彼の名前を呼ぶ。でも竹彦は動揺一つしない。
「下らないお喋りなんかしたくないですから。」
「ご立派だな。さて、俺は修理が終わったから行く。」
「えぇ。お疲れさまでした。」
彼はそういって脚立を持って、外に出て行ってしまった。まだ昼休みには時間がある。
しかしタイミング悪いなぁ。もう少し柊さんと話せると思ったのに。
「桜さん。」
私も外にでようとした。そのときだった。竹彦から声をかけられる。
「何かしら。」
「彼のこと聞いた?」
「えぇ。あらかたのことは。」
「それでも好きなんだ。」
「えぇ。彼に非はないもの。」
「自分の口からいうのに、自分を悪くいう人はいないよ。」
「……竹彦君。あなた、どうしても柊さんを悪者にしたいのね。」
「僕にはいい人に見えない。だって、彼は僕と同じ臭いがするから。」
似てるって事だろうか。全く違うタイプに見えるけれど、どういうことだろうか。
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