夜の声

神崎

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一年目

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 部屋に帰ってきても体の火照りが止まらない感じがした。私の中に異物がまだ入っている気がする。思い出すだけでとても恥ずかしい。触れられたことがないところを触れられて、変な声が出ていた私はまるで別人のようだと思う。
 沢山愛してもらい、沢山愛の言葉を囁かれても不安が無くなったわけじゃない。
「用事がある。」
 といってまた柊さんは二十一時頃出て行ってしまった。確かに泊まることなどできないのかもしれないけれど、それでも少し不安になる。
 いろいろ考えていても仕方ない。部屋着に着替えて風呂に入ろう。下着を持って風呂場へ行く。お風呂は母親が仕事の前に入るから、追い炊きをすれば入れるのだ。
 お風呂に入る前に着ていたシャツとパンツを洗濯機に入れようとした。するとポケットの中に何か入っていることに気がつく。何だっけ。
 そこから出てきたのはメモ紙と、コンドームだった。二つあったコンドームは一個に減っている。多分、柊さんが使ったのかもしれない。何かやだな。母の思惑で本当に処女を喪失してしまったのって。
 メモ紙は何だっけ。それを開くと携帯電話の番号が書いてあった。思い出した。それは竹彦のものだった。
「……あ……。」
 竹彦は私を好きだと言った。人に興味がなくて、男も女にも執着をしないといっていたのに、私だけには興味を持ったらしい。
 でもその気持ちに私は答えることはできない。私には愛してくれる人がいるから。

 お風呂から出て、課題を仕上げる。そしてラジオをつけた。椿さんの声がヘッドフォンから聞こえる。それを聞きながらベッドに横になった。

”……今夜もあなたが眠るまでおつきあいいただきます。お相手は椿です。”

 いつもの椿さんの声が温かい。まるで柊さんに耳元で囁かれている気がする。

”恋というものは盲目です。たとえ相手に非があっても、それが見えないものなのかもしれません。ただ時がたてば、恋の炎は徐々に鎮火していきます。それでもその相手が好きだというのであれば、それはもう恋ではなく「愛」に変化しているのかもしれません。”

 確かに今は燃え上がっている状態なのかもしれない。何をしてても柊さんを思い、学校にいても自然と彼を目で追っている。体を重ねた今日だもの。その気持ちはさらに大きいのかもしれない。
 さっき別れたばかりなのにもう会いたくなっている。

「……体だけが好きなのって聞いたのー。だってエッチばっかりしてくるんだもん。」
 向日葵はそういって不機嫌そうに頬を膨らませた。すると別の友達が同情するようにうなづいた。
「わかるー。男ってそればっかしたがるじゃん。猿かよって思っちゃうよねぇ。」
 表だって私はそんなこと言えないなぁ。まだ恥ずかしい。
「やーだ。桜ったら黙り込んじゃって。」
「桜は彼氏いるんだっけ?」
 急に話を降られて、どんな表情をしていたんだろう。
「あ……。んー。」
「桜、最近できたんだって。」
「ほんとー?誰?誰?」
 友達もまたそれを聞いてくる。
「年上なんでしょ?先輩?」
「学校の人じゃないわ。」
「えー?じゃあ社会人か、大学生じゃん。いいなぁ。お金持ってるし。」
 持ってんのかな。もってなさそうに見えるけど。
「でもさぁ。望が言ってたけど、大学生にしても社会人にしても周り大人ばっかじゃん。すぐ飽きられるって言ってたよ。」
「そんなこと。あるのかなぁ。」
「あるよ。ある。ある。だっておっぱいだって大きいんだよ?」
 うっ。それを言われると不安になる。確かに小さいけどさぁ。
「急には大きくなんないよ。桜。とりあえず牛乳でも飲めば?」
「嫌いなんだよね。牛乳。」
「飲んだ方がいいよ。貧血でまた倒れて、運ばれるよ?」
 あんまり人のことをぐいぐいと聞く友達じゃなくて良かった。私はそう思いながら、視線を外に向けた。三年生がプールの授業で外に向かっているらしい。
 その向こうには二人の用務員が草むしりをしている。そのうちの一人はきっと柊さんだ。ツバ付きのキャップの穴から結んでいる髪を通しているのが遠くからでもわかるから。
「三年?」
「うん。もうプールなんだねぇ。」
「やばい。痩せなきゃ。」
「必要ないよー。」
 そういって笑っていると、教室のドアが開いた。そこには匠の姿があった。どうやら謹慎が解けて、髪を丸刈りにしたらしい。それで許してくれたのだ。
「よっ。犯罪者。」
「犯罪じゃねぇよ。あーあ。つまんねぇことで謹慎食らっちまったなぁ。」
 向こうでは涼しそうな顔をして、本を読んでいる竹彦がいた。竹彦は何も思っていないのかもしれない。

 図書室へ行って、本を選ぶ。たまには本を読んでみたいという気持ちが半分。もう半分は、ここに柊さんと会うこともあったので、ここでなら会えるかもしれないと言う気持ちが半分。
 すると向こうの棚で、上にある本が取れなくて背伸びをしている男の子の姿を見た。何かすごいデジャビュ?前にもこんな事があったような。
「竹彦君。台を使ったら?」
 そういって私は側にあった踏み台を持ってきた。
「ありがとう。」
 竹彦はそういって私の持ってきた踏み台を手にして、そこに上り本を手にした。黒の背表紙の本のようだ。
「何の本?」
「解剖図の本かな。医学書になるみたいだけど。」
「そんな本理解できるのね。すごいわ。」
「すごくないよ。興味があるから理解しようとしているだけ。」
 でも解剖図なんて、何で理解しようとしてるんだろう。不思議な人。
「人には興味がないって言ってたのに、中身には興味があるのね。」
「うん。僕はね、どんな人でも皮を一枚はがせばみんな同じになるって思ってる人でね。それがとても綺麗だとも思う。」
「……後半は理解ができないわ。」
「そうだろうね。その皮一枚で人を判別している人間が、僕は一番嫌いな人だと思う。」
「あなたも判別しているんじゃない?」
「僕は違う。みんな同じくらい嫌いだ。皆死ねばいいのに。」
 そういって彼は私の方を見る。
「君以外はね。」
 ぞっとした。彼が好きなものとして、私であるのは確かだろう。でもそれはきっと私の皮を一枚はがした姿を、想像しているからかもしれない。
 彼は私を殺そうとしているのだろうか。
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