夜の声

神崎

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一年目

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 風呂敷包みをあけると、コンドームが二つ入っていてあわててそれを隠した。母はやることがあらか様だ。三十代の柊さんがそこまで女にがつがつしていないことは、この間対面したときに知ったと思うけど、「草食系の男」なんか存在しないと母は思っているらしく、ちょっとしたきっかけできっと愛を深めることができると思っているらしい。
「どうした。」
 柊さんはきょとんとして私を見ていた。コンドームが入っていたなんて私はいいたくなくて、それをポケットに入れる。
「何でもないです。」
 だけど彼もそれに気がついているらしく、深くそのことについて話はしなかった。
「あの男とどこかへ行っていたんだろう。」
「竹彦君ですか。えぇ。繁華街へ。」
「繁華街?」
 煙草をくわえて、彼はいぶかしげな顔をした。彼は私をいい子のように扱うところがある。多分私に繁華街なんて似合わないと思っているのかもしれないな。
「夕方でしたし、そんなに人がいなかったですよ。それに……。」
 「虹」に行ったことはいわない方がいいのかもしれない。梅子さんもおそらくあの松秋さんも柊さんと面識があるのだろうから。
「どうした。」
「……初めて行ったから、何か別の世界のような気がして。」
「夜になればもっと違う世界のようだ。あの町は、時間によって表情が全く違う。高校を卒業したら連れて行ってやるよ。」
「そのときはお願いします。」
 タッパーの中にはトマトソースで煮込んだ鶏肉が入っていた。これは母さんの得意料理だ。
「意外だな。あんな格好の人がこんな料理を作れるとは。」
「母さんは料理が上手ですよ。トマトは大丈夫ですか。」
「あぁ。食べれないものはない。昔は偏食が多かったが。鍛えられて。」
「……刑務所で?」
 その言葉に彼は一瞬怖い顔になった。やばい。聞かなきゃ良かったかも。でもその真実を知らないといけないのに。これくらいで根を上げれるわけがない。
「あぁ。」
 予想通り彼はそれだけを言うと、煙草を消した。
「今日……「虹」というカフェへ行きました。」
「……繁華街にあるオカマバーだな。そんなところへ行ったのか。昼はまともな店なのか。」
「えぇ。女装した人や男装した人が沢山いましたけど、普通のカフェでしたね。」
「と言うことは、あの竹彦もそうだったのか。」
 少し笑ったような気がした。多分女装するであろう竹彦は、女に興味がないはずだ。と思い込んでいるに違いない。
「葵さんにコーヒーを習いたいという人がいて、私が習っていると知ったらすごく嫉妬されて、どんな手を使ったんだって聞かれましたよ。」
「何もしていないだろう。」
「えぇ。」
「葵は、そんなことではコーヒーを教えたりはしないだろう。俺だって……。」
 俺だって?彼は何か言い掛けて、黙る。
「柊さん。どうして黙るんですか。」
「は?」
 うつむいていた彼が、驚いたように私を見る。
「柊さん。私、あなたのことが知りたいんです。」
「俺のこと?どうしてだ。聞いても何もいいことはない。」
「どうして知ってはいけないんですか。」
「いけないことはない。だが知っていいことはない。それだけだ。」
「それは……あなたの「前科」に関わることだから?」
 彼はそのまま黙り、テーブルを挟んで座っていた私に近づいてきた。そしてその大きな手で、私の頬に触れる。温かい感触が伝わってきた。だがその手はぎゅっとほっぺたを摘んだ。
「いたっ。」
「誰に入れ知恵されたんだ。」
「痛い。痛い。」
 やっと離されて、私は頬をさする。
「……昔のことなどどうでもいい。大切なのは今からだ。とりあえずあと二年待つ。」
「二年?」
「あと二年で卒業するんだろう。それ以上は待たない。」
「……はい。」
 だけど私は何故かもやもやした気分になる。うまく誤魔化されたような気がしたから。
「桜。その「虹」というところの奴らに俺のことでも聞いたのか。悪い評判だろう。」
「……何でそれを?」
「そうか。やはりな。あいつらは多分、葵のことも悪くいっていただろう。」
「松秋さんが一度、葵さんにコーヒーを習いたいといったのに、それを拒否されたといわれてました。」
「どうして拒否されたのか。その理由も考えないバカだ。」
「……だったらどうして私には……。」
「半分は下心。」
「下心ですか?」
「そうだ。未だに葵はお前を狙っている。本当ならあの店で二人きりにはさせたくない。」
 彼はそういって私の唇にキスをする。何度も軽く唇を合わせて、そして唇を割ってきた。そして私の肩に手を置いて力を入れてくる。
 くる。
 覚悟した。ベッドの上に押し倒され、彼が上に覆い被さり何度も唇を重ねる。唇を離して、彼の目を見る。
「もう半分は?」
「今聞くか?それ。俺の意外の男の話、今しないでもいいだろう。」
「……怖いから。」
 正直怖かった。影絵でしかわからないその行為を、私たちはしようとしている。何も知らないまま、今の彼しか知らないまま。
 これでいいの?
 わからない。だけど目の前には好きな人がいる。確実に言えることだ。私は彼が好きなのだ。だけど彼の気持ちは分からない。
「柊さん。」
「どうした。」
「私……あなたのことが……好きで。」
「あぁ。」
「でも私はあなたのことを何も知らないんです。もしかしたら、私は私の想像の中のあなたを好きなのかもしれないって思って。だからすごく怖くて……。」
 目の端から涙がでそうになった。イヤ。もう多分泣いている。横になっているから、涙が横に流れていった。
「桜。」
 彼はその濡れているところに手を伸ばした。
「好きだ。こんなに好きになったのは、久しぶりだった。だから俺も戸惑っていた。こんなに歳の違う子供といってもおかしくない女を好きになるなんて思ってなかった。」
 彼の顔が徐々に赤くなっている。あまり表情が変わらない彼だ。そこまで言うのにも勇気が必要だったのだろう。
「柊さん。聞きたいことが沢山あります。でも今は、こうしていたいんです。」
「いいのか?」
 ゆっくりと頷く。すると彼はまた唇を重ねた。
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