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一年目
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外はまだ明るいけれど、時計を見ればもう十八時になる。竹彦は女装した姿から、ここに着た格好に戻り私と一緒に店を出た。
ビルを出るともう居酒屋なんかの匂いがたちこもっていて、お腹が空きそうだ。だけど私の頭の中は、それどころじゃない。
柊さんに前科があるのは知っている。母から聞いたからだ。でもその理由は母ですら言いたがらない。だから私も表だって柊さんにその理由を聞いたことはなかった。
ただ母は葵さんにも前科があると言っていた。それにその罪状は詐欺だという。
「桜さん。」
急に竹彦に声をかけられた。ふと見ると彼は立ち止まっている。いつの間にか先に行っていたらしい。
「何?」
彼の方に駆け寄ると、彼は少し笑う。
「今日言ったことは気にしない方がいい事と、気にした方がいいところがあるよ。」
「……あなたのこと?」
「僕のことは気にしないでいい。まだ君に恋愛感情があるかどうか、まだわからないんだ。僕は……昔からあまり執着しない方だから。君に対して、そういう気持ちがあるかもしれない。そう思っただけ。早とちりしたんだ。梅子さんは。」
「恋愛をしたことがないって言ってたね。」
「まだ高校生だから、「恋愛」がわからない人もいる。奥手だからっていうこともあるんだろうね。」
そういうこともあるんだろうな。私も柊さんに会うまではそんな感情になったことはなかったんだもの。
「柊さんのことは気にした方がいいこと?」
「今日、会うんだろう?聞いてみたら?」
「迷ってるわ。」
私が迷ってるのは、柊さんのことを柊さん自身の口から聞くのが怖いんじゃない。真実を知るのが怖いのだ。もしも私の知らないことがあったら。初めて好きになった人が、人道に外れているような人だったら。
「迷っているんだったら別れてよ。」
「え?」
「中途半端だ。隠しながら、聞けないことも聞かないで、そんなのが君の恋人なの?」
「……大人の人だもの。私よりも十個以上も年上だし何があってもおかしくはないわ。」
彼は少しため息をついて苦笑いを浮かべる。呆れたようだった。
「もし、何かあったら連絡をして。」
そういって彼はさっきもらったレシートを取り出して、そこに何か書いた。それは携帯電話の番号のようだった。
「携帯持ってないわ。」
「公衆電話でも繋がるんだよ。」
「それくらいは知ってるわ。」
そのまま私たちは駅に向かい、家に帰る途中で竹彦は別の道へ行ってしまった。多分葬儀屋の自分の家に帰って行くのだろう。彼の行った道には、看板が立っている。「深田家 葬儀場」。今日も一人、人が死んだ。
一度家に帰り、制服をハンガーに吊す。そしてそのまま家を出た。アパートの裏に出ると、そのままその小さなアパートへ向かう。その途中、近所のおばさんたちが立ち話をしていた。
「このアパート、何とか基準法に引っかからないのかしら。」
「そうよねぇ。柄の悪い人ばかりいて、困るわー。」
そんな彼女らの視線を後目に、私は風呂敷に包まれたタッパーを手にアパートに近づいた。私が入っていくのを驚いたような目で見て、それでもその噂話は止まらない。
私もあんなおばさんになってしまうのだろうか。真実を想像でしか考えられないような人に。
なるかもしれない。
私は柊さんからまだ何も聞けていないから。
ピンポーン。
ザラッとした音の玄関のチャイムが鳴り、ドアが開く。柊さんは少し眠そうな顔で私を見ていた。
「寝てましたか。」
「うとうとしてた。」
髪をほどいている彼を見るのは久しぶりだった。
「すいません。ちょっと手間取ってしまって遅くなってしまいました。」
「夜になると言っていたから、もっと遅くなると思ってた。ん?何だそれは。」
手に持っている風呂敷が気になったのだろうか。彼はそれに視線を送る。
「母から持たされました。今日私が休みだからきっとあなたの所へ行くのだろうと。」
「用意のいい人だ。」
部屋の中にはいると、エアコンが利いていてひんやりとはしたが、相変わらず殺風景な部屋がある。CDだけが棚に収まりきらず、外まで積み重なっているのが唯一異質ではあった。そのジャンルは様々で、ヘビーメタルもあればクラシックまである。
風呂敷包みをテーブルに置いて、CDの方に目をやった。棚に入っているCDは外国のものが多いのに、外に出ているものはこの国の人のものが多い。おそらく最近この国の人のものが好きになったのかもしれない。
「CDを聴きたいのか。レコードもあるのに。」
「いいえ。どんなものがあるのか気になっただけです。」
彼はお茶の入ったコップをテーブルに置いて、私の側に来た。
「だいぶ買い直した。それでもまだまだだが。」
「一度手放したんですか。」
「あぁ……。」
彼はそれに言葉に詰まったようだった。あまり昔のことは話したくないようだったが、少し時間をおいて話し出した。
「ムショに入っていたのは知っているだろう。」
ドキリとした。
「えぇ。葵さんから。」
「そのときいったん全部手放した。惜しいことをしたものだ。今では手に入らないものもあったのに。」
もしかして、今チャンスじゃない?聞けるチャンスかもしれない。私は後ろにやってきた柊さんを振り返った。すると彼は私の後ろ頭に手を置いてくる。
「柊さん。どうして……。」
「どうして?今更、イヤなんていうのか?」
「いえ……そうではなく……。」
「いいから目を瞑れ。お前に触れたくて気が狂いそうだ。」
そういって彼は私に顔を近づけてくる。私は目を閉じて、それに甘んじた。軽く触れたあと、彼は舌を入れてくる。私もそれに答えるように、舌を絡ませた。
彼の長い髪からふっと煙草の匂いがする。
ビルを出るともう居酒屋なんかの匂いがたちこもっていて、お腹が空きそうだ。だけど私の頭の中は、それどころじゃない。
柊さんに前科があるのは知っている。母から聞いたからだ。でもその理由は母ですら言いたがらない。だから私も表だって柊さんにその理由を聞いたことはなかった。
ただ母は葵さんにも前科があると言っていた。それにその罪状は詐欺だという。
「桜さん。」
急に竹彦に声をかけられた。ふと見ると彼は立ち止まっている。いつの間にか先に行っていたらしい。
「何?」
彼の方に駆け寄ると、彼は少し笑う。
「今日言ったことは気にしない方がいい事と、気にした方がいいところがあるよ。」
「……あなたのこと?」
「僕のことは気にしないでいい。まだ君に恋愛感情があるかどうか、まだわからないんだ。僕は……昔からあまり執着しない方だから。君に対して、そういう気持ちがあるかもしれない。そう思っただけ。早とちりしたんだ。梅子さんは。」
「恋愛をしたことがないって言ってたね。」
「まだ高校生だから、「恋愛」がわからない人もいる。奥手だからっていうこともあるんだろうね。」
そういうこともあるんだろうな。私も柊さんに会うまではそんな感情になったことはなかったんだもの。
「柊さんのことは気にした方がいいこと?」
「今日、会うんだろう?聞いてみたら?」
「迷ってるわ。」
私が迷ってるのは、柊さんのことを柊さん自身の口から聞くのが怖いんじゃない。真実を知るのが怖いのだ。もしも私の知らないことがあったら。初めて好きになった人が、人道に外れているような人だったら。
「迷っているんだったら別れてよ。」
「え?」
「中途半端だ。隠しながら、聞けないことも聞かないで、そんなのが君の恋人なの?」
「……大人の人だもの。私よりも十個以上も年上だし何があってもおかしくはないわ。」
彼は少しため息をついて苦笑いを浮かべる。呆れたようだった。
「もし、何かあったら連絡をして。」
そういって彼はさっきもらったレシートを取り出して、そこに何か書いた。それは携帯電話の番号のようだった。
「携帯持ってないわ。」
「公衆電話でも繋がるんだよ。」
「それくらいは知ってるわ。」
そのまま私たちは駅に向かい、家に帰る途中で竹彦は別の道へ行ってしまった。多分葬儀屋の自分の家に帰って行くのだろう。彼の行った道には、看板が立っている。「深田家 葬儀場」。今日も一人、人が死んだ。
一度家に帰り、制服をハンガーに吊す。そしてそのまま家を出た。アパートの裏に出ると、そのままその小さなアパートへ向かう。その途中、近所のおばさんたちが立ち話をしていた。
「このアパート、何とか基準法に引っかからないのかしら。」
「そうよねぇ。柄の悪い人ばかりいて、困るわー。」
そんな彼女らの視線を後目に、私は風呂敷に包まれたタッパーを手にアパートに近づいた。私が入っていくのを驚いたような目で見て、それでもその噂話は止まらない。
私もあんなおばさんになってしまうのだろうか。真実を想像でしか考えられないような人に。
なるかもしれない。
私は柊さんからまだ何も聞けていないから。
ピンポーン。
ザラッとした音の玄関のチャイムが鳴り、ドアが開く。柊さんは少し眠そうな顔で私を見ていた。
「寝てましたか。」
「うとうとしてた。」
髪をほどいている彼を見るのは久しぶりだった。
「すいません。ちょっと手間取ってしまって遅くなってしまいました。」
「夜になると言っていたから、もっと遅くなると思ってた。ん?何だそれは。」
手に持っている風呂敷が気になったのだろうか。彼はそれに視線を送る。
「母から持たされました。今日私が休みだからきっとあなたの所へ行くのだろうと。」
「用意のいい人だ。」
部屋の中にはいると、エアコンが利いていてひんやりとはしたが、相変わらず殺風景な部屋がある。CDだけが棚に収まりきらず、外まで積み重なっているのが唯一異質ではあった。そのジャンルは様々で、ヘビーメタルもあればクラシックまである。
風呂敷包みをテーブルに置いて、CDの方に目をやった。棚に入っているCDは外国のものが多いのに、外に出ているものはこの国の人のものが多い。おそらく最近この国の人のものが好きになったのかもしれない。
「CDを聴きたいのか。レコードもあるのに。」
「いいえ。どんなものがあるのか気になっただけです。」
彼はお茶の入ったコップをテーブルに置いて、私の側に来た。
「だいぶ買い直した。それでもまだまだだが。」
「一度手放したんですか。」
「あぁ……。」
彼はそれに言葉に詰まったようだった。あまり昔のことは話したくないようだったが、少し時間をおいて話し出した。
「ムショに入っていたのは知っているだろう。」
ドキリとした。
「えぇ。葵さんから。」
「そのときいったん全部手放した。惜しいことをしたものだ。今では手に入らないものもあったのに。」
もしかして、今チャンスじゃない?聞けるチャンスかもしれない。私は後ろにやってきた柊さんを振り返った。すると彼は私の後ろ頭に手を置いてくる。
「柊さん。どうして……。」
「どうして?今更、イヤなんていうのか?」
「いえ……そうではなく……。」
「いいから目を瞑れ。お前に触れたくて気が狂いそうだ。」
そういって彼は私に顔を近づけてくる。私は目を閉じて、それに甘んじた。軽く触れたあと、彼は舌を入れてくる。私もそれに答えるように、舌を絡ませた。
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