夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
16 / 355
一年目

16

しおりを挟む
 家に帰り、制服を脱いだ。そして部屋着に着替えていると、家の電話が鳴った。急いでリビングにやってきて電話をとる。
「もしもし。」
「あぁ。やっと繋がった。あんたどこ行ってたの?」
 母親の声だ。時計を見ると、バイトが本当に終わる時間くらいになっている。
「バイトだけど。」
「嘘言って。今日はお客さんが閑散としてたから、早く閉めたって葵から聞いたのよ。」
 げっ。そんなことまで知ってたのか。
「んーちょっと。コンビニとか行ってた。」
「早く帰りなさいよ。」
「それ言いたくて電話したの?」
「じゃないのよ。仕事用の携帯、テーブルの上にない?」
「あ……あるわ。」
 ピンク色の通話とメール専用の携帯電話。それが母の携帯電話だった。
「あ、良かった。やっぱりそこにあったのね。ちょっと必要だから、今から取りに行かせるから。」
「誰が来るの?」
「うちの黒服が行くわ。頼んだわよ。」
 そういって電話を切った。黒服ねぇ。誰が来るんだろう。若い人だろうな。
 携帯を用意して、母が作ってくれたおかずを温めなおしていた。今日は生姜焼きらしい。それとポテトサラダ。ほうれん草のお浸し。豆腐とわかめの味噌汁。生姜焼きにもポテトサラダにもタマネギが入っている。シーズンなのか、タマネギが安くておいしい。
 そうこうしていると、家の玄関のチャイムがなかった。おそらく黒服の人だろう。
「はい。」
 玄関の扉を開けると、若い男が一人立っていた。オールバックの髪型があまりまだ似合っていない。どこかのヤンキーのようにも見えた。
「すいません。携帯電話を取りに来たんですけど。」
「ちょっと待ってください。」
 温めなおした味噌汁の火を消して、テーブルに置いてあったその携帯電話を手にした。
「これです。」
「ありがとうございます。」
 その男はこっちをいぶかしげな目で見ていた。ママと言ってもまだ三十代前半の母に、女子高生の娘は若すぎるとでも思ったのかもしれない。
「あなた。本当にママの娘ですか。」
「えぇ。そうですけど。」
「妹とかじゃなくて?」
「違いますけど。」
 なんか失礼な人だな。早く帰ればいいのに。
「一人でいるの寂しくないですか。俺、ついてやってあげてもいいけど。」
「結構です。」
 追い払おうとした。でもいつの間にかその人は玄関の中にまで入っている。気がつけば手を伸ばしてきて、壁に体を押しつけられていた。
「そんな格好で客を迎え入れるなんて、誘ってるんだろ?」
「やめて!」
 ここでそんなことをするのはやめて!柊さんと最初にキスをした場所で、ほかの男に触られたくはない。
 すると彼はすっとそのシャツの隙間から、手を入れようとしてきた。
「や!」
 そのとき玄関のドアが開いた。思わずそちらをみる。そこには葵さんの姿があった。
「葵さん……。」
「何をしてるんですか。」
 すると彼はひきつった笑顔で、葵さんに頭を下げた。
「すいません。ついつい。」
「ついついなんですか?」
 笑顔のまま、葵さんは彼に近づいてくる。その笑顔が返って怖い。
「何でもないっす。」
 そういって彼は私から手を離し、逃げるように出て行ってしまった。
「全く……何を考えているんだか。」
 何で葵さんがここに来てるのだろう。どうしてここに?訳が分からない。
「どこか触られたりしてませんか。」
「何も……。あの……ありがとうございました。」
「不用心ですよ。」
 そういって彼は私が着ているシャツの襟元を指さす。はっ。確かに。白いシャツの襟元がかなりあいている。
 寝るときはその方が楽だから、そればかり着てたけど、男の人には目の毒だったのかも。まぁ、そのシャツの奥の膨らみはわずかだから、男の子と変わらないのかもしれないけど。
「どうしてここに?」
「何てことはないですよ。あなたの母親のところに用事があって行ってたときに、さっきの黒服が軽口を叩いてましたから。」
「なんて?」
「女子高生の娘が一人でいる部屋に行くと言ってましたか。年頃の男性が言うと、どうしても別の意味にとらえてしまうので。」
「……そんなものなんですか。」
「えぇ。そんなものです。子供の頃とは違う。簡単に家に上がらせてはいけません。」
 簡単に男の部屋に上がり込んだ、私はどうなんだろう。股の緩い女ととらえられたのだろうか。ううん。柊さんに限って、そんなことを思うはずはない。……と思う。
 まだ信用するには、彼について知らないことの方が多い。だからまだ信用できないのかもしれない。
「……桜さん?どうしました?」
 ふっと顔を上げた。すると心配そうな葵さんの表情が飛び込んできた。
「何でもないんです。ちょっと考え事を。」
「ショックだったのかもしれないと思いましたよ。あなたにはそんな思いをさせたくなかったのに。」
「……大丈夫です。思ったよりもショックはありません。多分、彼の方があのまま進んでいたらショックだったでしょうね。」
「何故?」
「私は少年のような体ですから。」
 凹凸のない体で、多分女として何も感じないだろう。母のようにボリュームのある体ではないのだし。
「そんなことは気にしませんよ。」
 すると彼は私の手首を掴んだ。細くても力強い手だった。
「ほら。こんなに細い。男性にはないものですよ。それに、柔らかい。触ってみますか。男性を。」
 そういって彼は私の手を自分の胸に持ってくる。柊さんとは違う細い体が手から伝わってくる。
 柊さんと違う細い男の体。だけど女とは違って硬い。でもそれ以上何も思わない。柊さんのようなときめきはない。
「そうですね。」
 私はそれだけ言うと、手を引っ込めようとした。しかしそれを彼は離すことはなかった。胸に置かれた手を自分の唇に持ってくる。
「ひゃっ!」
 手のひらに温かくて、ぬめっとした感触が伝わり、思わず声がでてしまった。
「葵さん。酔っているなら、やめてください。」
「酔ってませんよ。今日はね。」
 彼は掴んでいるその手と逆の手で、私の肩を掴んだ。逃げようとしたのに、もう彼の足の間に挟まれて身動きがとれなかった。
「やめてください。」
「どうして?柊にはさせているのに。私にはさせないんですね。」
 どうして知ってるんだろう。
 後ろめたさから、私は視線を外した。
「……彼は……。」
「あいつに惚れてはいけないんですよ。桜さん。きっとあなたが傷つく。私にしておきなさい。あなたのことは昔から知っている。幻滅はさせません。」
「柊さんも幻滅はしません。どんな彼であっても……。」
 好き。そうか。私は、彼が好きなんだ。
 だが葵さんはそれを拒否するように、私の唇にキスをした。コーヒーの香りがするキスは、望んだものではなかった。だがねっとりと舌を舐められ頭を押さえられると、逃げられなかった。心は拒否をしているのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます

柚木ゆず
恋愛
 ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。  わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?  当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。  でも。  今は、捨てられてよかったと思っています。  だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...