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一年目
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昼休み。竹彦は相変わらずクラスの男子たちにからかわれているように見えた。私は向日葵やほかの女子たちと弁当を食べながら、雑談をしている。騒がしいクラスの中。ちらりと校庭を見る。
誰もいない校庭は、静かなのだと思う。
「あたしバイト始めようと思ってさぁ。」
「あー、あのカフェ?超イケメンだったね。あの店員。」
「そうそう。彼女いると思う?」
「いるんじゃない?あれだけのイケメンだったら。」
雑談は本当に雑談。下らないお喋りばかりを繰り返している。あぁ。そんな場合じゃないのになぁ。どうやったら竹彦と話が出来るだろう。子猫のこと言わないといけないのに。
「どうしようかなぁ。」
卵焼きをつつきながら、私はため息をついた。その様子に向日葵が声をかける。
「どうしたの?桜。さっきからため息ばっかついてる。」
「んー。別になんでもないんだけどさ。」
「言ってよ。友達じゃん。」
「あ、そうか。生理痛がきついんだ。」
「んー。」
まぁ。生理なんか来てないんだけどな。そういうことにしておこう。
「食べたら保険室行ったら?薬もらえるよ。」
「そうしようかな。」
弁当箱を片づけて、私は保健室に向かおうとした。待てよ。そっか。竹彦に話をするんだったら、あの校舎裏で待ってればいいんだ。猫に会いに来るんだろうから。そうしよう。そうしよう。
そう思い、一階まで降りると靴に履き替えた。そして校舎裏に回る。するとそこには、柊さんの姿があった。煙草を口にくわえて、一服しているようだった。
「何だ。お前、ここに来るの好きだな。」
「そんなことないです。ちょっと用事があって。」
「男か?」
「そんなんじゃないですから。」
「青春楽しめよ。若者なんだから。」
ずいぶん大人のようなことを言う人だ。さっき抱きしめたのはなんだったんだってくらい、余裕のある発言だな。まぁ、実際大人の男の人だけど。
「柊さんこそ、こんなところで煙草吸うなんて、不良みたいな事するんですね。」
「学校に派遣されているだけだからな。煙草くらい好きに吸わせてほしいものだ。」
そういって彼はポケットから携帯灰皿を取り出して、その中で火を消した。
「どうせ、彼女いるんですよね?」
「え?」
「慣れてるみたいでしたし。」
「まぁ……この歳になればな。いろんな事もあるさ。」
そういって彼は作業着の上を脱いだ。白いTシャツの左側。肩のあたりに何かが見える。なんだろう。模様みたいな。
「柊さん。それ、何ですか?」
私が指さす方を、彼は今気がついたようにその袖をまくった。そこには花の入れ墨がある。
「本物?」
「本物だよ。椿の木。」
「椿?」
ドキリとした。椿の名前が出たから。
「そう。あぁ、知らないかもしれないが、葵にも彫り物はある。あいつの彫り物……。」
そのとき後ろから草を踏む音がした。振り返ると、そこには竹彦の姿があった。
「竹彦君。」
「……誰?」
「あぁ。別に何でもない。」
柊さんはそういって私の横を通り、竹彦の肩をぽんと叩いて行ってしまった。
「誰?」
「用務員の人。」
「え?」
竹彦は驚いて、私の前を行く。するともうそこには段ボールごと猫の姿はなかった。それを見て彼はうつむく。
「ごめん。竹彦君。私が言ったの。子猫がいるって。」
「そう。で、処分されるの?」
「ううん。飼い主を捜してもらうようにお願いしたから。」
「探しても見つからなかったら?」
「それは……。」
「処分の方法はわかってる。保健所に連れて行かれて、ガス室に入れられて、焼かれる。僕の家でするようにね。」
どう言えばいいのか言葉が見あたらない。そうしたのは、私。見つかればいいと思ったけど、見つかるとは限らないんだから。
「ごめん。一言相談できれば良かったんだけど。」
「いいよ。別に。」
「一匹はいなかった。どこかへ行っちゃったのかな。」
「……。」
鳶にさらわれたのか、カラスの餌になったのかわからない。だけど、生きていてほしいと願ってしまう。甘いとわかっているけど、そうしないといけないような気がするのだ。
「桜さん。」
「何?」
「今の人、知り合い?」
「うん。まぁ、そうね。バイト先のお客さんだから。」
それ以上、何が言えるだろう。
「そう。」
「何で?」
「恋人かと思った。」
「違うわ。」
否定をしながらも、私の頬が赤くなる。やっぱり意識しているんだな。無意識にでも。
「大人の人だもの。高校生に手を出すなんて事はしないわよ。」
高校生にいい大人が手を出したら、どんな目に合うか知っているはずだ。そのリスクを犯してまで、柊さんは私をモノにしようとは思わないだろう。
ん?モノにしよう?
イヤイヤ。そんなバカな。意識するなって。あんな抱擁。ただの行為だって。
「バイトってどんなバイト?」
「喫茶店。学校終わっていつもいってる。」
「今日も?」
「そうね。」
「行こうかな。」
「高校生が来るようなチャラい喫茶店じゃないわよ。」
「そうなんだ。」
そのとき予鈴がなった。ヤバい。行かないと。
「教室戻ろうか。」
「あ、私保健室寄って行くから。」
「どっか悪いの?」
「ちょっとね。じゃあ、また。」
玄関で別れて、私は一階にある保健室に向かっていた。本当に頭が痛くなってきたからだ。
そのとき、化学室の前を通った。そこにはまだ柊さんがエアコンを修理している姿が見える。私は少し手を振って、その場を去ろうとした。
「桜。」
不意に呼ばれて、私は振り返った。そのときぐわんと世界が回った。
「あれ?」
足下がふわっとした。まるで雲の上を歩いているような感覚になる。
「桜。どうしたんだ。」
遠くで椿さんの声が聞こえる。そんな気がした。
誰もいない校庭は、静かなのだと思う。
「あたしバイト始めようと思ってさぁ。」
「あー、あのカフェ?超イケメンだったね。あの店員。」
「そうそう。彼女いると思う?」
「いるんじゃない?あれだけのイケメンだったら。」
雑談は本当に雑談。下らないお喋りばかりを繰り返している。あぁ。そんな場合じゃないのになぁ。どうやったら竹彦と話が出来るだろう。子猫のこと言わないといけないのに。
「どうしようかなぁ。」
卵焼きをつつきながら、私はため息をついた。その様子に向日葵が声をかける。
「どうしたの?桜。さっきからため息ばっかついてる。」
「んー。別になんでもないんだけどさ。」
「言ってよ。友達じゃん。」
「あ、そうか。生理痛がきついんだ。」
「んー。」
まぁ。生理なんか来てないんだけどな。そういうことにしておこう。
「食べたら保険室行ったら?薬もらえるよ。」
「そうしようかな。」
弁当箱を片づけて、私は保健室に向かおうとした。待てよ。そっか。竹彦に話をするんだったら、あの校舎裏で待ってればいいんだ。猫に会いに来るんだろうから。そうしよう。そうしよう。
そう思い、一階まで降りると靴に履き替えた。そして校舎裏に回る。するとそこには、柊さんの姿があった。煙草を口にくわえて、一服しているようだった。
「何だ。お前、ここに来るの好きだな。」
「そんなことないです。ちょっと用事があって。」
「男か?」
「そんなんじゃないですから。」
「青春楽しめよ。若者なんだから。」
ずいぶん大人のようなことを言う人だ。さっき抱きしめたのはなんだったんだってくらい、余裕のある発言だな。まぁ、実際大人の男の人だけど。
「柊さんこそ、こんなところで煙草吸うなんて、不良みたいな事するんですね。」
「学校に派遣されているだけだからな。煙草くらい好きに吸わせてほしいものだ。」
そういって彼はポケットから携帯灰皿を取り出して、その中で火を消した。
「どうせ、彼女いるんですよね?」
「え?」
「慣れてるみたいでしたし。」
「まぁ……この歳になればな。いろんな事もあるさ。」
そういって彼は作業着の上を脱いだ。白いTシャツの左側。肩のあたりに何かが見える。なんだろう。模様みたいな。
「柊さん。それ、何ですか?」
私が指さす方を、彼は今気がついたようにその袖をまくった。そこには花の入れ墨がある。
「本物?」
「本物だよ。椿の木。」
「椿?」
ドキリとした。椿の名前が出たから。
「そう。あぁ、知らないかもしれないが、葵にも彫り物はある。あいつの彫り物……。」
そのとき後ろから草を踏む音がした。振り返ると、そこには竹彦の姿があった。
「竹彦君。」
「……誰?」
「あぁ。別に何でもない。」
柊さんはそういって私の横を通り、竹彦の肩をぽんと叩いて行ってしまった。
「誰?」
「用務員の人。」
「え?」
竹彦は驚いて、私の前を行く。するともうそこには段ボールごと猫の姿はなかった。それを見て彼はうつむく。
「ごめん。竹彦君。私が言ったの。子猫がいるって。」
「そう。で、処分されるの?」
「ううん。飼い主を捜してもらうようにお願いしたから。」
「探しても見つからなかったら?」
「それは……。」
「処分の方法はわかってる。保健所に連れて行かれて、ガス室に入れられて、焼かれる。僕の家でするようにね。」
どう言えばいいのか言葉が見あたらない。そうしたのは、私。見つかればいいと思ったけど、見つかるとは限らないんだから。
「ごめん。一言相談できれば良かったんだけど。」
「いいよ。別に。」
「一匹はいなかった。どこかへ行っちゃったのかな。」
「……。」
鳶にさらわれたのか、カラスの餌になったのかわからない。だけど、生きていてほしいと願ってしまう。甘いとわかっているけど、そうしないといけないような気がするのだ。
「桜さん。」
「何?」
「今の人、知り合い?」
「うん。まぁ、そうね。バイト先のお客さんだから。」
それ以上、何が言えるだろう。
「そう。」
「何で?」
「恋人かと思った。」
「違うわ。」
否定をしながらも、私の頬が赤くなる。やっぱり意識しているんだな。無意識にでも。
「大人の人だもの。高校生に手を出すなんて事はしないわよ。」
高校生にいい大人が手を出したら、どんな目に合うか知っているはずだ。そのリスクを犯してまで、柊さんは私をモノにしようとは思わないだろう。
ん?モノにしよう?
イヤイヤ。そんなバカな。意識するなって。あんな抱擁。ただの行為だって。
「バイトってどんなバイト?」
「喫茶店。学校終わっていつもいってる。」
「今日も?」
「そうね。」
「行こうかな。」
「高校生が来るようなチャラい喫茶店じゃないわよ。」
「そうなんだ。」
そのとき予鈴がなった。ヤバい。行かないと。
「教室戻ろうか。」
「あ、私保健室寄って行くから。」
「どっか悪いの?」
「ちょっとね。じゃあ、また。」
玄関で別れて、私は一階にある保健室に向かっていた。本当に頭が痛くなってきたからだ。
そのとき、化学室の前を通った。そこにはまだ柊さんがエアコンを修理している姿が見える。私は少し手を振って、その場を去ろうとした。
「桜。」
不意に呼ばれて、私は振り返った。そのときぐわんと世界が回った。
「あれ?」
足下がふわっとした。まるで雲の上を歩いているような感覚になる。
「桜。どうしたんだ。」
遠くで椿さんの声が聞こえる。そんな気がした。
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