夜の声

神崎

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一年目

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 バイトが終わって家に帰ると、二十一時十五分。そこから食事を作った。夕食だけは母さんが作ってくれている。白身の魚の煮付けと、それに炊き合わせたタケノコ。ほうれん草のお浸し。キャベツとタマネギの味噌汁。あんな派手な人でも、和食が好きというのだからどこか滑稽に見える。
 店を出るとき、葵さんが言ってくれた。

”処分って言う言葉に引っかかっているのかもしれないけれど、余り考えない方がいいかもしれませんね。それはそれで運命なのでしょうから。”

 運命か。運命なんかわからないけど、もしあの猫たちがいなくなったら、竹彦はなんて思うんだろう。あんな風に笑うこともなくなるのかな。それがちょっと、いや、かなり嫌だった。
 お風呂に入ってもそれが頭を駆けめぐって、ついついのぼせてしまいそうになってしまった。お風呂からでて、冷蔵庫から水を取り出し、それを口に含む。そして自分の部屋に戻ると、ラジオをつけた。
 椿さんの放送まではまだ時間がある。それまでラジオをつけっぱなしにしながら、学校の課題を始めた。勉強は嫌いじゃない。数学や化学なんかは答えがあらかじめ決まっているし、国語や英語、歴史や地理なんかは覚えればすむ話だ。
 苦手なのは、答えのない芸術系。絵、下手なんだよなぁ。何で美術選んだんだろう。高校一年の自分に問いたいよ。全く。
 そんなことを思いながら、私は課題を椿さんの放送までに終わらせた。
 二十三時。いつもの音楽から始まる。低い男性特有の声で、彼は語った。

”運命は変えられる。というのは表向きの話であり、変えられないこともあります。重要なのは、自分がそれまでに何をしてきたか。そして、それによって運命が変わる可能性はあるのです。”

 まるで私のことをいっているような言葉だった。そして音楽が流れる。
 子猫たちは、柊さんたちに見つけられて保護されるのか。引き取り手がいなかったら、処分される。そこまで放置して、その場でミルクをあげ、無条件にかわいがるだけかわいがっていたのは、私たちの責任だ。
 誰か飼える人はいないか。とか飼い主を捜したり全くしなかった。竹彦と私と、子猫と、戯れてただけだ。
 たぶん、そんなことを柊さんもいいたかったのかもしれない。
 私は机に張っている時間割を見た。明日の一現は体育。抜けられないことはないだろう。
 よし。頑張ろう。

 次の日。男子は隣のクラスで着替えて、私たちはそのクラスの中で体操服に着替えた。水色のジャージはダサくて、みんな文句言っている。
「今日バレーだって。」
 向日葵は中学生の時バレー部だったらしく、わくわくしているようだった。
「アタック禁止ー。」
「えー?マジでぇ?」
 ほかの女子たちも笑いながら着替えていた。
 体育は隣のクラスの子たちもいるから、たぶんわからないかもしれない。よし。
 授業をさぼるなんて、初めてだけど出来る。絶対。
 ジャージに着替え終わると、校庭を見た。そこには二つの影。その一つは柊さんだった。

 体育館でバレーボールを取り出して、みんなパスの練習をしていた。その隙を見た。
「あれ?桜ぁ。どうしたの?外行くの?」
 すると体育教官が、こちらを見た。私は少し前屈みになる。
「トイレ行ってもいいですか。」
「えぇ。でもここにもトイレあるけど、校舎にはいるの?」
「急に生理が始まったみたいで。」
「仕方ないわね。」
 そういうと教師は無理をしないでと言って、私を校舎に送りだした。やった。抜けられた。
 そして私は校舎を走り、柊さんがいるところまで走った。さっき見たもん。化学室のエアコンの修理してた。
「柊さん。」
 化学室を開けると、柊さんは驚いたように私を見た。
「桜。どうしたんだ。まだ授業中だろう?」
「子猫。いるの知ってます。だから……。」
「落ち着け。」
 彼は私に近づいて、両肩を掴んできた。うつむいていた顔を上げると、柊さんの端正な顔が正面にある。それがますます顔を赤くさせた。
「……どこにいる?」
「校舎裏。お願いします。いい飼い主見つけてください。」
「あぁ。葵も協力するって言ってたしな。」
 ぽんと背中をたたいて、私は柊さんを後ろにつれて校舎裏に向かった。影にひっそりと置かれた段ボール。その中には三匹の子猫がいた。
「あれ?白いのがいたのに。」
「連れて行かれたか。まぁ。仕方ないな。」
 柊さんはモノを掴むように、黒猫の首根っこを捕まえた。猫は苦しそうににゃあと一声あげる。
「そんな持ち方……。」
「親猫は子猫をこうやって運ぶんだ。別に苦しくはないだろう。うん。よく慣れている猫だ。いい飼い主が見つかるといいな。」
「そうですね。」
 段ボールを横にして、彼はその子猫たちを入れた。そして私を見下ろす。
「どうしました?」
「授業中だろう?行かなくていいのか。」
「あ、そうでした。すいません。私、もう行きます。」
 体育館に戻ろうとした私だったが、グンと、腕を捕まれた。
「え?」
 目の前に灰色の布が飛び込んできた。それは彼が来ていた作業着の色だった。そしてその堅く温かな体の感触が体に伝わってくる。
 だがそれは一瞬だった。
「頑張ったな。」
 頭を撫でられる。まるで小さな子供にするように。
「バカにして!」
「はは。さっさと戻れ。」
 大人の人ってこんな事当たり前なのかな。抱きしめるなんて事。走って体育館に戻っている私は、その温もりが消えないように願っていた。そしてそのときめきも消えないようにと。
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