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一年目
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まさかね。私が習慣にしているラジオ番組のDJが学校の用務員さんなんて、あり得るんだろうか。
でも、でも声は似てたしなぁ。わかんない。うーん。
シャープペンでノートを取っているふりをしながら、ノートのはしにグジャグジャと落書きをしていた。とその時だった。
「楽しそうだねぇ。」
声をかけられて上を見上げた。そこには若い男性教師がいる。
「あ……。」
「落書きもいいけど、ちょっと授業に集中しようか。」
周りの生徒たちの笑いが耳に触る。くぅ。恥ずかしい。
授業が終わると、教科書やノートをまとめる。すると向こうから向日葵が近寄ってきた。
「桜、大丈夫?」
「え?」
「授業を聞いてないなんて、桜らしくないなって思って。」
「大丈夫。大丈夫。何でもないの。」
さすがにラジオの声に似ている人がいたから、なんてミーハーなことは言えないな。そんなことを思いながら、私は席を立った。
化学室を出て、自分の教室に帰ろうとした私は、はっとまた目を留めてしまった。
「……。」
騒がしい廊下には生徒が溢れている。紺色のブレザーの中に、灰色の作業着をきた背の高い人が目に留まった。くせっ毛で、長い髪。それを無造作に一つに結んだ男の人。
肩には脚立を抱えている。
「……背、高いね。あの人。」
「うん。」
私が余りにも凝視していたからかもしれないけれど、向日葵が気を利かせて声をかけてくれた。
でも彼は私に目もくれずに通り過ぎてしまう。目を追ってしまいそうになるけれど、向日葵にばれれば「ねらってるの?」と大騒ぎするに違いない。そういう女子のごたごたは面倒だ。それに「応援するから」とかそういう事を言われ、折角の出会いが不自然な出会いになってしまうだろう。
彼が本当に椿さんなら。
ううん。ただのファンだから。それ以上にはならない。
昼休み。私は校舎裏にやってきた。そこには子猫が四匹いる。誰かが捨てた猫なのかもしれない。まだ生まれてそんなにたっていない子猫は、真っ白や真っ黒、キジ猫までいて本当に兄弟なのだろうかと思っていた。
購買で牛乳を買って、足取り軽くそこへ行ってみた。にゃあ、にゃあと子猫たちはじゃれ合いながら遊んでいる。まだ四匹。よかった。あまりにも小さいから、鳶とか、カラスとかにさらわれるのではないかと心配だったのだ。
ふとその子猫たちのそばをみる。そこには段ボールを横にしてそこにタオルを敷いた簡易的な小屋があったのだ。
「……誰が?」
すると後ろから気配がして、振り向いた。そこには竹彦の姿があった。彼の手にも牛乳が握られている。
そっちも驚いたようにこちらを見ていた。
「驚いた。まさか桜さんがこんな事をしてたなんて。」
お皿を持ってきたのは私。段ボールで簡易的な小屋を造っていたのは竹彦。
そのまま牛乳をあげようとした私に、竹彦は「そのままあげるとお腹を壊すよ。水で薄めるといいから。」といってその牛乳を水で薄めて、猫たちに与えていた。
「あなたが捨てたの?」
「ううん。偶然見つけた。」
言葉を一つ、二つ、投げかけて、でも会話は続かなくて、そのうち会話をするのを諦めて子猫をじっと見ていた。子猫たちは何の心配もなさそうに、寝転がっている。
「今日、ありがとう。」
「何が?」
意を決したように彼が私にお礼を言う。だけど私はお礼を言われるようなことをしたのだろうか。
「桜さんがあのあと教室出たあと、教室は僕のことなんかどうでもいいみたいに笑ってたから。あれ以上、匠君も何も言わなくて。」
「あぁ。あのときの。」
やっと思い出した。体毛の話をしていたんだ。私は猫に視線を戻して、ぽつりという。
「別に、あなたの為じゃないわ。私が気になったから聞いたのよ。彼、体毛濃そうじゃない?」
「ははっ。」
そのときやっと竹彦の笑い顔を見た気がする。きっと猫を見ているときもこんな顔をしているのだろうと思うと、私のそのどうでもいい一言が彼を笑わせたのだと自信になる。
そう、いつも椿さんが言っていることだ。
”自分にとってどうでもいい一言が、他人を傷つけることも、救うことも出来ます。”
「竹彦君って、猫好きなの?」
「好きだよ。」
好きという言葉で、ドキリとした。だけどそれを悟られないように、私は彼から視線をそらせた。
「将来、動物に関わる仕事をするの?」
「どうだろう。動物は好きだから、そういう学校にも行きたいと思ったこともあったけど。」
「けど?」
その否定的な言葉に、彼はいいにくそうに答える。
「僕の家、葬儀屋なんだ。」
「葬儀屋?」
「男は僕一人だからね。」
もしもこの子猫が死んだら、彼は自分の葬儀場で式を挙げるのか。そして火葬場に持って行くのだろうか。
肉が焼け、骨になるまでをじっと見ているのだろうか。
そういう一連の行動を、彼はきっと幼い頃から見ているんだろう。
「そっか……。」
「桜さんは?」
「あ、私?公務員試験を受けるようにしているわ。」
「公務員?」
「えぇ。高卒じゃあ難しいかもしれないけれど。」
「そうだね。でも桜さんなら出来るんじゃないかな。」
きっとこれも彼の何気ない一言なのだ。何気ない一言が、どれだけ私を救ってくれるだろう。
でも、でも声は似てたしなぁ。わかんない。うーん。
シャープペンでノートを取っているふりをしながら、ノートのはしにグジャグジャと落書きをしていた。とその時だった。
「楽しそうだねぇ。」
声をかけられて上を見上げた。そこには若い男性教師がいる。
「あ……。」
「落書きもいいけど、ちょっと授業に集中しようか。」
周りの生徒たちの笑いが耳に触る。くぅ。恥ずかしい。
授業が終わると、教科書やノートをまとめる。すると向こうから向日葵が近寄ってきた。
「桜、大丈夫?」
「え?」
「授業を聞いてないなんて、桜らしくないなって思って。」
「大丈夫。大丈夫。何でもないの。」
さすがにラジオの声に似ている人がいたから、なんてミーハーなことは言えないな。そんなことを思いながら、私は席を立った。
化学室を出て、自分の教室に帰ろうとした私は、はっとまた目を留めてしまった。
「……。」
騒がしい廊下には生徒が溢れている。紺色のブレザーの中に、灰色の作業着をきた背の高い人が目に留まった。くせっ毛で、長い髪。それを無造作に一つに結んだ男の人。
肩には脚立を抱えている。
「……背、高いね。あの人。」
「うん。」
私が余りにも凝視していたからかもしれないけれど、向日葵が気を利かせて声をかけてくれた。
でも彼は私に目もくれずに通り過ぎてしまう。目を追ってしまいそうになるけれど、向日葵にばれれば「ねらってるの?」と大騒ぎするに違いない。そういう女子のごたごたは面倒だ。それに「応援するから」とかそういう事を言われ、折角の出会いが不自然な出会いになってしまうだろう。
彼が本当に椿さんなら。
ううん。ただのファンだから。それ以上にはならない。
昼休み。私は校舎裏にやってきた。そこには子猫が四匹いる。誰かが捨てた猫なのかもしれない。まだ生まれてそんなにたっていない子猫は、真っ白や真っ黒、キジ猫までいて本当に兄弟なのだろうかと思っていた。
購買で牛乳を買って、足取り軽くそこへ行ってみた。にゃあ、にゃあと子猫たちはじゃれ合いながら遊んでいる。まだ四匹。よかった。あまりにも小さいから、鳶とか、カラスとかにさらわれるのではないかと心配だったのだ。
ふとその子猫たちのそばをみる。そこには段ボールを横にしてそこにタオルを敷いた簡易的な小屋があったのだ。
「……誰が?」
すると後ろから気配がして、振り向いた。そこには竹彦の姿があった。彼の手にも牛乳が握られている。
そっちも驚いたようにこちらを見ていた。
「驚いた。まさか桜さんがこんな事をしてたなんて。」
お皿を持ってきたのは私。段ボールで簡易的な小屋を造っていたのは竹彦。
そのまま牛乳をあげようとした私に、竹彦は「そのままあげるとお腹を壊すよ。水で薄めるといいから。」といってその牛乳を水で薄めて、猫たちに与えていた。
「あなたが捨てたの?」
「ううん。偶然見つけた。」
言葉を一つ、二つ、投げかけて、でも会話は続かなくて、そのうち会話をするのを諦めて子猫をじっと見ていた。子猫たちは何の心配もなさそうに、寝転がっている。
「今日、ありがとう。」
「何が?」
意を決したように彼が私にお礼を言う。だけど私はお礼を言われるようなことをしたのだろうか。
「桜さんがあのあと教室出たあと、教室は僕のことなんかどうでもいいみたいに笑ってたから。あれ以上、匠君も何も言わなくて。」
「あぁ。あのときの。」
やっと思い出した。体毛の話をしていたんだ。私は猫に視線を戻して、ぽつりという。
「別に、あなたの為じゃないわ。私が気になったから聞いたのよ。彼、体毛濃そうじゃない?」
「ははっ。」
そのときやっと竹彦の笑い顔を見た気がする。きっと猫を見ているときもこんな顔をしているのだろうと思うと、私のそのどうでもいい一言が彼を笑わせたのだと自信になる。
そう、いつも椿さんが言っていることだ。
”自分にとってどうでもいい一言が、他人を傷つけることも、救うことも出来ます。”
「竹彦君って、猫好きなの?」
「好きだよ。」
好きという言葉で、ドキリとした。だけどそれを悟られないように、私は彼から視線をそらせた。
「将来、動物に関わる仕事をするの?」
「どうだろう。動物は好きだから、そういう学校にも行きたいと思ったこともあったけど。」
「けど?」
その否定的な言葉に、彼はいいにくそうに答える。
「僕の家、葬儀屋なんだ。」
「葬儀屋?」
「男は僕一人だからね。」
もしもこの子猫が死んだら、彼は自分の葬儀場で式を挙げるのか。そして火葬場に持って行くのだろうか。
肉が焼け、骨になるまでをじっと見ているのだろうか。
そういう一連の行動を、彼はきっと幼い頃から見ているんだろう。
「そっか……。」
「桜さんは?」
「あ、私?公務員試験を受けるようにしているわ。」
「公務員?」
「えぇ。高卒じゃあ難しいかもしれないけれど。」
「そうだね。でも桜さんなら出来るんじゃないかな。」
きっとこれも彼の何気ない一言なのだ。何気ない一言が、どれだけ私を救ってくれるだろう。
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