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罠
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車の中で圭太は頭をかく。こんな女ではなかった。自分をしっかり持っている女だと思っていたのに、一馬の影響なのかこんなに人に頼るような女になってしまった。頼るのが悪いのではない。ただ、それは真子と少しかぶる。
「話は終わり。帰るわ。」
響子はそう言ってくるマのドアを開けようとした。だがそれを圭太が止める。
「待てよ。」
「何?これ以上何を話すの?」
「騒がしくて気が紛れるからここに住んでるのか?多少危なくてもお前が危険だと思ったら助けてくれるような人が居るから。」
「そうよ。」
「それだって裏切ることはあるだろ?この町の人をそんなに信用しているのか?お前、自分に合わないと思ったら繋がりを切るじゃん。」
「……そうね。でも心底信用しているわけじゃない。里村さんだって表面的な付き合いだからやっていけるのよ。詳しいことは聞かない。それでやっていけるから。」
「表面的?」
その言葉に圭太は違和感を持った。自分も表面的な付き合いしかしていないのだろうか。確かに自分がやったことは最低かもしれない。だが付き合っていた時期もあるのだ。結婚だって視野に入れていた。それなのにすでに響子は表面的な付き合いしかしていないというのだろうか。
「付き合わないといけない人って居るわ。でも深く付き合いたくない人とはそれなりにしか付き合わない。」
「俺ともそう思ってる?」
「オーナーは違うわ。……私……ね……。」
コレを言うのはどうかと戸惑った。だが圭太は少し誤解をしている。それを解くためには必要な言葉かもしれない。
「感謝以上の感情があのときはあったの。」
「感謝以上?」
「普通に過ごしたら、普通に誰も疑わず、多分バリスタになろうとも思わないで普通の一般企業なんかに勤めて、そこで出会った人と結婚したり子供を産んだりするのでしょうね。でもそれを全部ぶち壊されたわ。あのときの出来事で。」
拉致をされた。それがきっかけで響子の人生は大きく狂ったのだ。
「人に触れられることも嫌だった。見た目だけで近づいたりする人も居たわ。でもその中でも私が好きだと想う人だって居たはずなのよ。だけど手に触れられることも嫌だった。それを全部あなたが壊してくれた。」
初めてキスをしたときのことを思い出していた。口の中が切れていた。それが痛いと思ったのに止められなかったのだ。何よりもこの人が欲しかったから。
「今は一馬がいるわ。」
「そんなに良いのか?」
「えぇ。」
違う。響子のその感情は別のモノに思えた。思わず圭太は響子の手に触れた。すると響子はそれを振り払う。
「やだ。」
背中を向けると、出て行こうとドアに触れた。すると圭太はそれを止めるように、響子の体を自分に引き寄せた。
「や……。」
懐かしい柔らかさだった。そして温かい。離したくないと思う。だが響子は首を横に振る。
「駄目……。オーナー駄目。」
「響子。ずっとこうしたかったんだ。俺……。」
「駄目。」
「俺、まだ好きだから。」
すると響子はその手を避けると、車のドアを開けてすぐに出て行ってしまった。逃げるようにかけだした響子の背中を見て、圭太はふと我に返る。
「俺……何を……。」
響子があんなに怯えていた。なのに、止められなかったのだ。
まだ響子は自分の店にいる。そして明日も顔を合わせるのだ。気まずい雰囲気など出したくない。なのにあの目を見たら止められなかった。
一馬のモノだというのもわかる。一馬にきっと響子は先ほどのことを言うのだろう。そして一馬から罵られることもわかる。
それでも自分に引き寄せたかった。
今度あるライブの練習だった。ダブルベースを手にして、曲を弾いていく。夜からスタートだったので、今日は帰れるかどうかわからないと思っていた。だが案外あっさりと練習は終わった。
主役である女性は役者が主な仕事だ。そして春からあるドラマに主人公の母親役として出るらしい。だから夜が遅いのは困るのだ。あまり若くはないので、肌の調子や喉の調子を整えるために、夜は遅くまで起きないのだという。それもまた自己努力だろう。
それでも終電は終わってしまった。タクシー代を渡されて、同じ方向の人たちと帰る。一馬がK町に住んでいるというのは知られたくないので、その近くのコンビニで卸してもらった。多少歩くが、住んでいるところを特定されるよりはましだ。
そう思いながらダブルベースを背負った一馬は、タクシーが言ってしまったのを見てからK町の方へ足を進める。
いくら何でももう響子は寝ているだろう。そう思いながら、携帯電話を取りだしてメッセージをチェックしていた。そしてK町に入ると、いつも通りの光景が広がる。ポン引きをしている男。ホスト。外国人のパブ。一馬にとってはお馴染みの光景で、そんな男や女は一馬を見て誘おうとはしない。この近くに住んでいる人くらいは覚えているのだろう。
そんな中、一馬はバーから出てくる人に目を留めた。それは圭太だった。
どうやらだいぶ飲んでいるらしく、顔が赤いし足下もおぼついていない。ふらふらと響子が住んでいるアパートの方へ向かおうとしていた。だが電信柱にぶつかりそうになる。それに思わず一馬は声をかける。
「オーナー。」
一馬の声に、圭太は少し笑いながら一馬を見る。
「あー。一馬さん。」
電信柱に手を置いて、一馬を見上げるように圭太は少し笑った。
「どうしたんだ。そんなに飲んで。明日も仕事だろう?」
「仕事だけどさ……飲まないとやってられなくて。」
その言葉に一馬は少しため息をつく。何があったのかはわからないが、まともに今日は帰れるのだろうか。そもそももう終電は終わっている。どうやってここに来たのかわからない。
「帰れるか?水でも買ってきてやろうか?」
「優しいよな。一馬さん……だから響子が好きになったのかなぁ。」
その言葉に一馬は違和感を覚えた。そしてため息をつく。響子がらみのことなのだろう。そう思うと放置したくなるが、そうも言っていられない。
「誰か知り合いでもいないのか。泊めてくれるような……。」
自分の部屋でもかまわない。だがそこは響子の部屋でもある。そして響子がらみのことだったら、行くのも躊躇ってしまうだろう。
「真二郎さんに連絡をしてみるか。近くだしな。」
一馬が住もうと思っていたところなのだ。場所はわかる。そして時間的にもうウリセンの仕事があると言っても終わっている時間だろう。
そう思って一馬は携帯電話を取り出すと、真二郎に連絡をしてみた。すると真二郎はすぐにここへやってきた。その間、圭太は地べたに座り込み、眠り込んでしまった。いい大人になってこんなになるまでの無比とを久しぶりに見たと思う。
「すごい酔っ払いだね。」
「そうだな。真二郎さん。あんたの家に連れて行っても大丈夫か?」
「良いけどね。俺、布団の予備とか無くてさ。」
「……それもそうか。男二人で並んで寝るわけにもいかないか。」
「響子の家には布団があるよ。」
「そうだった。そこに連れて行こう。俺一人では抱えきれないし。」
「そうだね。ダブルベースを二台背負っているようなモノか。」
真二郎は少し笑って、圭太を起こす。そして二人で抱えるように圭太を連れて行った。
「しかし……大学生みたいな飲み方をするな。」
「そうだね。もう三十代になったんだから、飲み方くらいはわかると思うけど。どうしてこんなに飲んでたのかな。」
「響子がらみのことだろう。」
「響子?」
「さっき、響子のことを口走っていたからな。」
それなのに助けるというのだろうか。案外お人好しなのだ。そしてそのお人好しが身を滅ぼさなければ良いがと、真二郎は思っていた。
「話は終わり。帰るわ。」
響子はそう言ってくるマのドアを開けようとした。だがそれを圭太が止める。
「待てよ。」
「何?これ以上何を話すの?」
「騒がしくて気が紛れるからここに住んでるのか?多少危なくてもお前が危険だと思ったら助けてくれるような人が居るから。」
「そうよ。」
「それだって裏切ることはあるだろ?この町の人をそんなに信用しているのか?お前、自分に合わないと思ったら繋がりを切るじゃん。」
「……そうね。でも心底信用しているわけじゃない。里村さんだって表面的な付き合いだからやっていけるのよ。詳しいことは聞かない。それでやっていけるから。」
「表面的?」
その言葉に圭太は違和感を持った。自分も表面的な付き合いしかしていないのだろうか。確かに自分がやったことは最低かもしれない。だが付き合っていた時期もあるのだ。結婚だって視野に入れていた。それなのにすでに響子は表面的な付き合いしかしていないというのだろうか。
「付き合わないといけない人って居るわ。でも深く付き合いたくない人とはそれなりにしか付き合わない。」
「俺ともそう思ってる?」
「オーナーは違うわ。……私……ね……。」
コレを言うのはどうかと戸惑った。だが圭太は少し誤解をしている。それを解くためには必要な言葉かもしれない。
「感謝以上の感情があのときはあったの。」
「感謝以上?」
「普通に過ごしたら、普通に誰も疑わず、多分バリスタになろうとも思わないで普通の一般企業なんかに勤めて、そこで出会った人と結婚したり子供を産んだりするのでしょうね。でもそれを全部ぶち壊されたわ。あのときの出来事で。」
拉致をされた。それがきっかけで響子の人生は大きく狂ったのだ。
「人に触れられることも嫌だった。見た目だけで近づいたりする人も居たわ。でもその中でも私が好きだと想う人だって居たはずなのよ。だけど手に触れられることも嫌だった。それを全部あなたが壊してくれた。」
初めてキスをしたときのことを思い出していた。口の中が切れていた。それが痛いと思ったのに止められなかったのだ。何よりもこの人が欲しかったから。
「今は一馬がいるわ。」
「そんなに良いのか?」
「えぇ。」
違う。響子のその感情は別のモノに思えた。思わず圭太は響子の手に触れた。すると響子はそれを振り払う。
「やだ。」
背中を向けると、出て行こうとドアに触れた。すると圭太はそれを止めるように、響子の体を自分に引き寄せた。
「や……。」
懐かしい柔らかさだった。そして温かい。離したくないと思う。だが響子は首を横に振る。
「駄目……。オーナー駄目。」
「響子。ずっとこうしたかったんだ。俺……。」
「駄目。」
「俺、まだ好きだから。」
すると響子はその手を避けると、車のドアを開けてすぐに出て行ってしまった。逃げるようにかけだした響子の背中を見て、圭太はふと我に返る。
「俺……何を……。」
響子があんなに怯えていた。なのに、止められなかったのだ。
まだ響子は自分の店にいる。そして明日も顔を合わせるのだ。気まずい雰囲気など出したくない。なのにあの目を見たら止められなかった。
一馬のモノだというのもわかる。一馬にきっと響子は先ほどのことを言うのだろう。そして一馬から罵られることもわかる。
それでも自分に引き寄せたかった。
今度あるライブの練習だった。ダブルベースを手にして、曲を弾いていく。夜からスタートだったので、今日は帰れるかどうかわからないと思っていた。だが案外あっさりと練習は終わった。
主役である女性は役者が主な仕事だ。そして春からあるドラマに主人公の母親役として出るらしい。だから夜が遅いのは困るのだ。あまり若くはないので、肌の調子や喉の調子を整えるために、夜は遅くまで起きないのだという。それもまた自己努力だろう。
それでも終電は終わってしまった。タクシー代を渡されて、同じ方向の人たちと帰る。一馬がK町に住んでいるというのは知られたくないので、その近くのコンビニで卸してもらった。多少歩くが、住んでいるところを特定されるよりはましだ。
そう思いながらダブルベースを背負った一馬は、タクシーが言ってしまったのを見てからK町の方へ足を進める。
いくら何でももう響子は寝ているだろう。そう思いながら、携帯電話を取りだしてメッセージをチェックしていた。そしてK町に入ると、いつも通りの光景が広がる。ポン引きをしている男。ホスト。外国人のパブ。一馬にとってはお馴染みの光景で、そんな男や女は一馬を見て誘おうとはしない。この近くに住んでいる人くらいは覚えているのだろう。
そんな中、一馬はバーから出てくる人に目を留めた。それは圭太だった。
どうやらだいぶ飲んでいるらしく、顔が赤いし足下もおぼついていない。ふらふらと響子が住んでいるアパートの方へ向かおうとしていた。だが電信柱にぶつかりそうになる。それに思わず一馬は声をかける。
「オーナー。」
一馬の声に、圭太は少し笑いながら一馬を見る。
「あー。一馬さん。」
電信柱に手を置いて、一馬を見上げるように圭太は少し笑った。
「どうしたんだ。そんなに飲んで。明日も仕事だろう?」
「仕事だけどさ……飲まないとやってられなくて。」
その言葉に一馬は少しため息をつく。何があったのかはわからないが、まともに今日は帰れるのだろうか。そもそももう終電は終わっている。どうやってここに来たのかわからない。
「帰れるか?水でも買ってきてやろうか?」
「優しいよな。一馬さん……だから響子が好きになったのかなぁ。」
その言葉に一馬は違和感を覚えた。そしてため息をつく。響子がらみのことなのだろう。そう思うと放置したくなるが、そうも言っていられない。
「誰か知り合いでもいないのか。泊めてくれるような……。」
自分の部屋でもかまわない。だがそこは響子の部屋でもある。そして響子がらみのことだったら、行くのも躊躇ってしまうだろう。
「真二郎さんに連絡をしてみるか。近くだしな。」
一馬が住もうと思っていたところなのだ。場所はわかる。そして時間的にもうウリセンの仕事があると言っても終わっている時間だろう。
そう思って一馬は携帯電話を取り出すと、真二郎に連絡をしてみた。すると真二郎はすぐにここへやってきた。その間、圭太は地べたに座り込み、眠り込んでしまった。いい大人になってこんなになるまでの無比とを久しぶりに見たと思う。
「すごい酔っ払いだね。」
「そうだな。真二郎さん。あんたの家に連れて行っても大丈夫か?」
「良いけどね。俺、布団の予備とか無くてさ。」
「……それもそうか。男二人で並んで寝るわけにもいかないか。」
「響子の家には布団があるよ。」
「そうだった。そこに連れて行こう。俺一人では抱えきれないし。」
「そうだね。ダブルベースを二台背負っているようなモノか。」
真二郎は少し笑って、圭太を起こす。そして二人で抱えるように圭太を連れて行った。
「しかし……大学生みたいな飲み方をするな。」
「そうだね。もう三十代になったんだから、飲み方くらいはわかると思うけど。どうしてこんなに飲んでたのかな。」
「響子がらみのことだろう。」
「響子?」
「さっき、響子のことを口走っていたからな。」
それなのに助けるというのだろうか。案外お人好しなのだ。そしてそのお人好しが身を滅ぼさなければ良いがと、真二郎は思っていた。
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