彷徨いたどり着いた先

神崎

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謝罪

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 真二郎はあの部屋を出たという。一人で住むには広すぎる部屋だ。そして同時期に同じアパートに住んでいる男がいる。それはベーシストだ。体格が良く長髪で、どこかのAV男優のような容姿をしている。
 同じ部屋に入る姿は見れない。だが圭太と別れるその以前から噂はあった。良く二人で歩いているところを見たことがある人もいる。そして何よりその男の家族はまるで響子が嫁のようだと可愛がっているらしい。
 こんなに条件が揃っているのに、否定する方がおかしいだろう。
「ベーシストだと言っていたか。」
 信也は響子を見上げて言う。響子の方が階段の上に立っているからだ。すると響子は目をそらして言う。
「何のことだか。」
 この期に及んでまだしらを切るつもりか。思わず響子に詰め寄った。
「いつかお前を守るように歩いていた。そんな男が好きなのか?」
「関係ないです。もうオーナーとは別れ、オーナーには家の都合の良い女性を見合いさせて結婚させる。家の存続のためにそうしたいと仰った。自由恋愛なんかを認めない。そうさせたのはあなた。傷跡だらけで火傷の跡だらけの淫乱な女を嫁にするつもりはない。そう仰ったでしょう?私には私に見合った人がいますから。」
 確かにそう言って圭太と別れさせた。だが響子自身にも興味があるのだ。信也はそう思いながら、響子が立っている階段の段に立つ。すると響子はその体を避けるようにまた階段を上がっていく。
 電車が来たようだ。オルゴールのような音が流れたあと、アナウンスが流れる。
「電車に乗りたいので、失礼します。」
「そのベーシストはお前を守れない。」
 すると響子は足を止めて言う。
「守って欲しいなど思いません。あちらにはあちらの都合があります。それに無理を言えませんから。」
 そう言って階段を上がろうとした。だがグンと体が後ろに引っ張られる。それを感じて、その腕を避けようとした。だがバランスを崩して、その体に倒れ込む。煙草と香水の匂いがしたと同時に、男特有の堅さや温かさが伝わってくる。行き交う人たちが、高い口笛を吹いた。それに嫌気を刺した響子は、その手を振り払う。
「やめてください。」
 体を避けて階段を駆け上がる。そして急ぎ足で電車に乗り込んだ。ちょうどドアが閉まるところだった。ギリギリで電車に乗り込むと、ドアが閉まろうとしている。そこへ信也も駆け上がってその車内に乗り込んできた。響子の前で信也は息を整えて、響子に向かい合う。
「着いてこないでください。」
「強情なお嬢さんだ。そんなことでは男からも捨てられる。その時は俺に任せてもらえないか。」
「結構です。大体既婚者でしょう?」
 その言葉に信也は少し笑う。
「そう言えばうちの妻も知っていたのだな。子供も……。まぁ、俺の子供ではないかもしれないが。」
「……え?」
「子供を家政婦に預けて遊び回っているような妻だ。誰の子供だかもわからない。大体、俺は子供は出来にくいと言われているのにすぐに子供が出来たのだから、本当に誰の子供だったのか。または圭太の子供かもしれないな。」
 皮肉を一つ。そして自分で苦笑いをした。
 あの絶望感をきっと響子はわからないだろう。
 大学生の時、愛した女性がいた。卒業と同時に結婚も視野に考えていたが、両親からは反対された。普通の一般家庭の娘だからだ。
 信也には何が悪かったのかわからない。だが結婚をするのに文句を言わせない方法がある。それはその女性に子供が出来ることだ。子供が出来れば学生結婚でも出来ると思っていた自分が甘かったのかもしれない。だが子供は出来なかった。
 周期に合わせてセックスをしても、女にはきっちり月のモノが来る。一年たち、少しいおかしいと思った信也はそのまま女とともに病院へ行ってみた。
 そこで意思から告げられたのは絶望だった。
「……女には全く異常はない。異常だったのは俺の方だ。」
 精液を調べてみると極端に精子の数が少なかったのだ。全くいなくはない。だがそれも普通の精子のようではなく、おそらくこれでは子供が出来にくいだろうという話だったのだ。
 自分の子供は愛する人に宿すことは出来ない。それがわかった女とは結局どちらともなく別れることになった。
 だが親のすすめで大学を卒業した信也は言われるがままに結婚をした。それが小百合だった。小百合も愛する人がいたが親のすすめで結婚したようなモノだ。
「自分には子供が出来ないと言った。しかし妻はそんなことは気にしなくても良いと言った。だから子供を望んでいないのだと思ったのだったが違う。俺の子供だと言いながらも、違う男の子供をきっと……。」
 苦しそうな表情だった。それが少し圭太とかぶる。だが響子の表情は変わらない。だからといって信也に同情など出来ないのだ。それにこれも信也の手の内かもしれない。弱いところを見せて同情を誘う。そういう手を使う男は卑怯だ。
「オーナーの子供ではないでしょう。オーナーはあぁ見えて潔癖ですし。」
「お前の妹と繋がりがあるのに?恋人ではないのにセックスは出来る男だ。しかも……変態のようなプレイをな。あいつが好きだった女もそんなことをしていたのだろうか。それともお前もそんなプレイが好きなのか?」
 すると響子は首を横に振った。
「オーナーはあくまで優しい人でした。私があんな目に遭ったとわかって、嫌がることは一切しませんでしたし、私の意見を尊重してくれました。」
 見せかけだけの優しさだ。それに響子はずっと惹かれていたのだろうか。恋愛に対しては年相応ではない。あまりにも幼いのは、過去にレイプされたと主張しているからだろうか。
「それでも別れた。他人から言われただけで別れるほどもろい絆だったようだ。そのもろさを今度の男にも求めているのか。だったらすぐに別れは来る。」
 その言葉に響子は首を横に振った。そして信也を見上げる。
「別れは来ません。離れていても繋がれる。それを教えてくれた人です。」
 たいした自信だと思う。こういう女を屈服させたい。そしてそれを邪魔するのはあの男だ。あの男には隙がない。元バンドメンバーだという堀口文樹の保証人にも全くなっていないし、その兄も風俗やキャバクラが好きな男だが借金をしてまで遊びにつぎ込むような男でもない。
 他のメンバーには繋がりをもてたというのに。
「たいした男だな。そんなに別れたくないか。」
「はい。」
 自信を持って言える。真二郎でもこんなに心を惹かれたことはなかった相手なのだ。そして明日はおそらく二人で出掛けられる。もう隠す必要も無くなったのだ。その分危険もつきまとうだろう。それは自分だけではなく一馬にも。
「一つ聞きたいことがあります。」
 響子から聞かれると思ってなかった。信也は響子を見下ろすと、僅かに微笑んだ。
「何だろうか。」
「奥様の子供のことをオーナーに言ったことがあるんですか?」
「ない。特に調べてもないし……。だが俺はあいつが嫌いなのはわかるだろう?」
「……何となく。」
 それは圭太が真子に発した言葉だ。それをおそらく信也も知っているのだろう。「俺の子供?」と真子に聞いたのだ。自分には出来ないことを弟である圭太がやってのけて、暴言を真子に発したのだ。それが許せない。
「オーナーが死んだ恋人に発した言葉は確かに頭が悪いことかもしれません。でも誰もが傷つかないで生きていけるわけがない。それにその真子さんも気がつかなかった。だから一番信用しているであろう恋人に祝えてもらえなかったのが悔しかったんでしょう。でもオーナーはちゃんと謝っている。それを許せなければもっと違う形もあったんだろうに、それも見えないくらい真子さんも錯乱していた。もっとオーナーも誠心誠意謝罪すればこんなことにはならなかったかもしれないのに。」
 次の日に平気な顔をして食事を作っていた。だから許してもらえたと思ったのが甘かったのだろう。
「謝罪の形は金で何とかなることもあるだろう。実際、あちらの家族には圭太が失礼したと言って、多額の金を渡した。」
「だから誤解をしているんですよ。お金で片付けられる問題ではない。だからオーナーはせめてもの形を今でも取っているんです。」
 それは功太郎だった。功太郎を「clover」に入れたのは、そのためだったのかもしれない。
「甘い男だ。相変わらずな。」
「……そちらこそオーナーに嫉妬しないでください。」
「俺が?」
「父親はオーナーに甘くて、オーナーが好きなことをしてもバックアップするようなことをしている。そう見えますから。」
 その時電車が急に揺れた。その拍子に、思わず響子は側にあった棒に捕まる。だがそのちょうど上の荷台から、紙袋が響子めがけて落ちてきた。
「危ない。」
 反射的に信也が響子をかばうように抱き寄せた。信也にその紙袋が当たる。中には箱か何かが入っていたらしく、堅い感触がした。
「す……すいません。」
 椅子に座っていた中年の女性が、信也と響子に謝ってきた。
「かまわない。中身は大丈夫か?」
 信也は響子の体を抱きしめたまま、女性に言うと女性はその中身を確認する。
 だが一刻も早くその腕を避けたかった。なのに信也はゴタゴタが終わっても響子を離さない。
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