彷徨いたどり着いた先

神崎

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譲歩

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 響子は日をまたぐと寝ていることが多い。今日も日をまたいでしまったので、寝ているだろうと思って一馬は家に帰ってきた。するとやはりリビングの明かりは消えていたが、ベッドルームから明かりが漏れている。
 エレキベースをスタンドに置くと、そのままベッドルームへ向かった。すると響子は、ベッドの布団にくるまったまま本を読んでいるようだった。漫画などでは無く活字が好きなのは、響子らしいと思う。
「ただいま。」
 一馬が声をかけると響子はベッドから体を起こして、一馬を見上げる。
「お帰り。」
「まだ寝ていなかったのか?」
「この本が面白くて。」
 それは一馬が家から持ってきた本だった。その作家は響子があまり興味がなさそうだったようだが、読んでみると面白かったのだろう。
「アイドル作家だと思ってた。けれど、本の内容はすごく良いのね。それに誰が犯人なのかってドキドキしながら見るのは面白いわ。」
「お前が持っていた本も面白かった。レコーディングの待ち時間に読んでいたが、退屈をしのぐことが出来たし。」
 女性作家のモノは趣味では無かった。だが響子が持っていた本は、遊郭で起こる殺人事件がベースに猟奇殺人をするもので、その中には男女のセックスのシーンもあれば女性同士や男性同士のセックスのシーンもある。その中にある女性同士のセックスのシーンで、思わず響子に「興味があるのか」と聞いてしまったほどだ。
 それを思い出し、一馬はベッドに腰掛けると響子の唇に軽くキスをする。そして耳元で囁いた。
「そのまま読んでいろ。」
「何?」
「シャワーを浴びてくるから。」
「え?」
「しばらくしてないからな。」
「明日仕事なんだけど。」
「一度くらいなら良いだろう?」
「この間も一度って言って、何度……。」
「そんなことを言うな。」
 一度だけで良いと言ったのに、響子の表情を見ているとまた入れ込みたくなる。物足りなさそうだからだ。
「飲み会だったんでしょう?」
 ベッドから立ち上がってクローゼットの中から下着を取り出す。そしてバスルームへ行こうとした一馬に響子が声をかけたのだ。
「あぁ。」
「飲んでると立ちが悪くなるって真二郎が言ってたけど。」
「考えたことも無かったな。」
 飲んでセックスをすることもあったのだ。そんなことは気にしないのだろう。どうすれば諦めて大人しく寝るだろう。響子はそう考えていたのに一馬はすぐに気がついて、ベッドにまた腰掛けた。
「嫌か?」
「嫌じゃ無いの……。あの……。」
 戸惑っている。それがわかり一馬は響子の頬をなでた。
「嫌なら今日は大人しく寝るが。」
 すると響子は少し黙ったあと、一馬に言う。
「嫌じゃ無いの。私も……欲しいとは思うわ。でも……もう来年三十になるの。さすがに疲れた顔をして店に立つのは功太郎に示しも付かないし、何より店に迷惑がかかるようで……。」
「そうか……。だったら今日は抱きしめて寝るだけにするか?」
 しかし響子は首を横に振った。
「あの……。そうじゃ無くて。」
「どうした。」
「……欲しいのは欲しいの。だからどうしたら良いのかわからない。」
 そういった響子の顔は赤く染まっていた。その反応に、一馬は少し笑うとベッドにまた近づいて響子を寝かせる。
「寝てたら起こさない。起きていたら抱く。それでいいか?」
 すると響子はその言葉に少し頷いた。眠気が勝つのか、性欲が勝つのかはまだわからない。

 響子は明るくても寝れるタイプだ。だからシャワーを浴びて髪を乾かしてもベッドルームから光が漏れているのを見ても、起きているとは限らない。一馬はそう思いながらベッドルームのドアを開けた。
 すると響子は静かな寝息を立てて寝ているようだった。やはり眠気が勝ったか。そう思いながら、ベッドに近づいて電気を薄い明かりにした。遮光カーテンを引かなければ、この部屋は明るくて眠れないだろう。防音は効いていて、外の雑音はほとんど聞こえない。当然、ここで響子がいくら喘いでも外に聞こえることは無いのだ。
 響子を大事にしたいと思う。だからバンドという形を取るのは一番良いのかもしれない。売れるとは限らないが、売れないとも言えないのだ。それに今の方がずっと食べれなく可能性の方が高いかもしれない。
 自分よりも腕があって、コミュニケーション能力が高ければそっちが良いという人も居るだろう。今は人間性では無く、純粋に腕を見られて取られているのだから。だったら少し我慢をしてでもまたバンドを組むのも悪くないのかもしれない。それは一馬の響子のための妥協だった。
 ぎゅっと響子の体を後ろから抱きしめる。すると響子は少し寝ぼけたように、声を少し上げる。
「ん……。」
 苦しかったのかもしれない。そう思ってそっと体を抱きしめる手の力を緩めた。すると響子は寝返りを打って、一馬の方へ体を向ける。その時一瞬目を開けた気がした。だがすぐに目は閉じられる。
 そろそろとシャツの中に手を入れた。すべすべした肌と、僅かに当たる肌とは違う感触。それは傷跡や火傷の跡だ。
 更にシャツの中に手を入れると、柔らかくて暖かい感触が手に伝わった。響子は最近、苦しいからと言って寝るときに下着を付けていない。少し胸が成長したのかもしれないと冗談のように言っていたが本当にそうだ。最初の時よりも胸が大きくなっているような気がした。
 そしてその乳首の先に触れようとしたときだった。
「や……。嫌……。」
 響子の声がした。思わず夢中になってしまったが、響子の顔を見るとその顔は寝ながら怯えているように見える。
「響子。」
 思わずそこから手を離して名前を呼んだ。すると響子の目が開いて、ほっとした表情になる。
「ごめん……。変な夢を見て……。」
 ずいぶん見ていなかった、拉致されたときの夢だった。寝ているところを襲われたときもあって、そのことを思い出したのだ。
「……いいや。俺もつい……。」
「え?」
「お前が可愛くて……つい、襲いそうになった。思い出させたか?」
 すると響子は一馬の体に抱きついて言う。
「忘れようと思っていたの。だけど……駄目ね。あなただとわかっていてもこんな風になってしまって。」
 守ってやりたい。だから今日は出来ない。一馬はそう思いながら響子を抱きしめる。
「明日は朝から雨みたいだな。」
「え?」
 そんなニュースは見ていない。だから驚いたように響子は聞き返したのだ。
「ランニングは出来ない。だから、ランニング代わりに運動をしよう。」
 するとその意味がわかって響子は一馬の胸をどんと叩く。
「もうっ……。朝から?」
「駄目か?」
「駄目って……。」
「触れたいんだ。今は我慢をするから、明日の朝な。」
 顔を赤らめて、響子は言う。
「仕事が出来るくらいの手加減をしてくれる?」
「あぁ。それは保証をしない。コンドームの余裕はあったかな。」
 無くても良い日のために、響子以外の人を信じる日が来たのかもしれない。一馬はそう思いながら、眠りについた。
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