彷徨いたどり着いた先

神崎

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 片付けが終わって、真二郎は新作のケーキを取り出した。イチゴのムースケーキは評判が良い。なのでそれとは別のケーキを作ってみたのだ。夏までを見通してブルーベリーのムースケーキをタルト生地に流し込んだモノだった。それを功太郎と響子は口にする。
「美味い。すごい良いな。」
「そうね。ブルーベリーの酸味が良く利いている。紅茶ともコーヒーとも合いそうね。少し濃いめで食べると良いかも。」
 それを遠巻きに見ていた圭太は、その二人の感想を参考に売り込もうとしていた。本人は一口も口にしないのに。
「そういってもらえると作ったかいがあるよ。ブルーベリーってこの国ではジャムくらいしか使わないしね。」
 笑顔になる真二郎だが少しその表情は引きつっているように見えた。それはおそらく栗山遙人が来てからだろう。その様子に圭太が声をかける。
「真二郎さ。夕方くらいに来てた……あの一馬さんと一緒に来てた男は知り合いか?」
 すると真二郎の表情がまた固まる。その様子に功太郎がからかうようにいった。
「手を出した男とかか?節操ないな。」
「違うよ……。そんなんじゃ無い。」
 響子もケーキを手にして少し首をかしげる。
「私もどこかで見たことがあると思っていたのよね。どこだったかしら。」
 ケーキをつつきながら響子も首をかしげている。そして思い出したように真二郎を見た。
「お客様ね。」
「お客様?」
「「古時計」の。」
 祖父がしていた喫茶店での常連だった。
 雨の日。暗い顔をしてひっそりと奥まった「古時計」に暗い顔をした栗山がやってきた。絵に描いたような美少年が、そんな表情をしているのを見て祖父は一杯のコーヒーを差し出したのだ。どんな気持ちでこの店のドアをくぐったのかはわからない。だがその表情は、レイプされたときの響子とかぶったように見えたのだろう。
 それから足繁く栗山は「古時計」にやってきていたが、ある日から突然来なくなったのだ。
「まぁ……詳しい事情は知らないし聞かなかったけれど、歌を歌っていたとは知らなかったわ。」
「あいつ、アイドルだよな。」
 圭太はそういってペンを置いた。功太郎と響子のケーキの感想をメモしていたのだ。自分では口にしないので、そうやって客に売り込もうとしていたのだろう。
「アイドル?」
「十年以上前だよ。歳は俺と変わらない。確か、クラスの女子がキャアキャア言ってたのを覚えてる。テレビなんかでもよく見たし。」
「ふーん。やっぱ芸能人か。そんな感じしたよ。」
 功太郎は食べ終わったケーキの皿をカウンターに持って行く。そして響子もそれを片付けた。
「でも二十歳くらいの時に、急にグループを脱退して事務所も辞めたって言ってたかな。まぁ、何かすごい癖がある歌い方してたし。アレ、何かほら、民謡とか演歌とか歌ったら上手そうだ。」
「そういう歌い方をしていたのに、一馬が今度誘われているバンドのジャンルはハードロックって言ってたわ。歌えるの?」
「こぶしが入ってそうだよな。一馬さんに受け入れられるか。」
 三人で話している間も、真二郎は黙って居るままだった。音楽のことでは無い。あの男は信じられない一言を発したのだ。
 二度とここに来て欲しくないし、顔も見たくない。それは圭太と通じるモノがある。出来れば圭太だって顔も見たくなかったのに、もうここへ来て数年が過ぎようとしていたのだ。

 真二郎はウリセンの仕事を終えると、K町に戻ってきた。今日の客はいつも指名してくれる客で、会ったときから準備万端にしている。時間いっぱいまで真二郎を求め、すっきりした顔で帰って行ったのだ。それでもあの客には妻も子供も居る。もちろんゲイだとカミングアウトをしていない。家の事情があって、ゲイだとは言えないらしい。だからこういうところで性を発散させるしか無かったのだ。
 真二郎だっていずれは見合いを進められるだろう。家は桜子が継ぐ。外国から帰ってきたら、見合いをするらしい。桜子はレズビアンだがそれを隠して男と一緒になるのかもしれない。家に言われるがまま男を婿入りさせて子供を作る。そうやって家を存続させるのだ。真二郎がその役目に立たなかったのは、真二郎がゲイであることをカミングアウトしたから。それでも体裁が悪いと見合いをさせられる。形だけでも良いから妻が居ないといけないらしい。
 三十一にもなって、今度三十二になる。女と寝るのは悪くないが、その相手は響子以外に考えられないのだが、それを口にすることは無かった。
 嫌な気分になる。こんな日は、少し酒を入れて帰ろう。そう思って、真二郎は繁華街の片隅にあるバーのドアを開いた。そこはゲイバーであるが、ストレートもレズビアンも入り交じったところで、どう見ても男性に見える女性も女性に見える男性もいるのだ。
「おー。真ちゃん。いらっしゃい。久しぶりじゃ無い?」
 ひげ面の男がコップを拭きながら、真二郎を迎え入れる。そして真二郎もそれに答えてカウンターの席に座った。
「忙しかったからね。たまには息抜きしたくてさ。」
「ふっくん。良かったねぇ。真ちゃんはたまにここに来るよって言ってたから、ずっと待ってたのに。」
 同じカウンター席にいる男が、真二郎を見て少し笑った。その男は真二郎よりも少し年下くらいの男で、真二郎を見て頬を赤らめている。ずっと憧れだったのかもしれない。そう思って真二郎は少し微笑みかけた。すると男はますますぽっと頬を赤らめる。
「バーボンもらえる?軽く飲みたい気分なんだ。」
「いつもので良い?」
「あぁ。」
 隣の男はますますぽっと顔を赤らめながら、真二郎を見ている。それに気がついて真二郎も少し笑顔で答えた。
「俺の顔に何か付いてる?」
「いや……やっぱかっこいいなって思って。ハーフなんですか?」
「クォーターだよ。」
「ハーフとかクォーターとか結構見てきたけど、ここまでかっこいい人は居なかったから。」
「本当?ありがとう。ふっくんもかっこいいよ。」
「いや……俺なんて。」
 恥じらう姿が可愛らしい。こういうタイプもいじめたくなるモノだ。少し味わってみても良いかと思う。
「俺、今日は仕事をしてきたばかりなんだ。君みたいなタイプをいじめたくなるけど、ちょっと今日は無理かもね。」
「いや……真さんにそんな……俺……。」
 ますます顔が赤くなる。そんな表情をされたらたまらない。出された酒を口に入れて、少し笑った。
「連絡先を交換しておこうか?都合が良かったら連絡をするよ。」
「本当ですか?」
 ぱっと顔が明るくなる。そして携帯電話をいそいそと取りだした。そして満足そうに男は帰っていく。するとマスターが真二郎に声をかける。
「本当に連絡をするの?」
「気が向いたらね。性病とか無ければ良いけど。」
「アナ○はバージンらしいよ。」
「へぇ。初物か。たまには良いね。」
 酒を口にして、真二郎は少し笑う。だがその様子が少しおかしいのも、マスターは知っていた。本当に真二郎の好みだったら、今日、仕事があっても一回くらいは寝るはずだから。
「真ちゃん。何かあった?」
「ん?」
「いつもより暗いと思ってね。」
 すると真二郎はナッツを口にして、苦笑いを浮かべる。
「遙人って言う男に会ってさ。」
「遙人?あぁ……店を出禁にした男?」
「……昔を思い出した。」
 ここに栗山がやってきたことがある。その時口にした言葉を忘れない。そして同じような言葉を口にした圭太も許せなかった。
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