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カモフラージュ
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レコーディングが終わり、一馬はバッグの中から携帯電話を取り出す。メッセージが数件入っていて、そのうちの一つに目を留めた。それは響子からのメッセージで、時間が空いたら店に来て欲しいというモノだった。
これからの予定は無い。特に行ってもかまわないだろうと返信をしたときだった。一馬に先ほどのプロデューサーから声をかけられた。
「花岡さん。ちょっと聞いて欲しい音源があるんですよ。」
女性のプロデューサーで、いつか「clover」のケーキを持っていったら相当喜んでいた人だ。この人はアイドルなんかの曲をプロデュースすることが多い。男のアイドルは、女が手がけた方が人気が出やすいのだ。
「何ですか?」
そういってその女性は携帯電話を手にして、動画を一馬に見せる。その映像はライブハウスのようで、音があまり良くない。それにバンドのメンバーのレベルも違いすぎる。ジャンルはハードロックのようで、ボーカルだけが群を抜いて上手だった。高い声のシャウトも外すこと無く、むしろまだ余裕があるように思えた。
「カバーですね。「flipper's」の。」
「どうですか?」
「んー……。ボーカルはともかく、ハードロックの花形はギターの早弾きなのに、全く指がついていっていないですね。ドラムもベースもキーボードもまぁ……素人ならそんなモノでしょうか。」
「えぇ。このボーカルなんですけどね。」
「はぁ。」
「アイドルグループの元一員なんですよ。ほら。」
別の動画を見せてくる。それには絵に描いたような美男子が五,六人ほど集まり、歌やダンスをしている。だがいくら集まって歌っても、その男の声はすぐにわかった。独特な節回しがあるからだ。
「おかしいですね。さっきの「flipper's」の画像ではこんな歌の癖は無かったのに。」
「アイドル路線で行くのは本人の意向じゃ無かったんですよ。今の方がやりたかったことみたいで。」
「はぁ。それが何か?」
「バンドでデビューさせたいと思ってましてね。他にギターやベースを探しているんですよ。」
またバンドの話か。そう思って先に一馬は断った。
「俺はしませんよ。今の方が……。」
「まぁ、話は最後まで聞いてください。」
改めてソファに一馬を座らせると、そのプロデューサーも隣に腰掛けた。
「寄せ集めで作りたいと思ってましてね。バンド活動をしていて、まぁ……みんなが同じ考えならかまわないと思いますよ。でもやっぱりバンド活動していても、お互いの気持ちがすれ違うことは多々あると思います。」
「……えぇ。心当たりが無いわけじゃないですね。」
「flower children」だってそんなところで解散したのだ。もうあんな気持ちはしたくない。だからバンドを断っていたのだ。
「だから、まぁ……元々知らない間柄であればそれからの付き合いはどうにでもなると思うんですよ。花岡さんのように、あまり人と関わりたくないという人も居れば、一つ屋根の下で生活するほど仲良くならないといけないという人も居ると思います。こういう人だったのか、あぁいう人だったのかとわかるとそれがプラスに働くことも多いんですよ。お見合いのような感じですね。」
その言葉に一馬は納得したように頷いた。だがそれ以上にバンドでまた傷つきたくない。どんなことをいわれても断ろうと思っていたのだ。
「いや……。でも俺は……。」
「でしたら、ライブだけしませんか?」
「ライブ?」
「こちらで集めた人選で、ライブだけしてみたらどうですか?この男がボーカルは決定していますが、あとはまた人を見てからという話になりますが。」
ここまで譲歩しているのだ。それに合わないと思えば断ることも出来る。というかもうこの時点で断りたい。だがこのプロデューサーには世話になっている。一度くらいのライブなら仕方が無いと思っていたのだ。
「わかりました。そうしましょう。」
「ライブは春を予定しています。」
「急ですね。」
「ライブといっても対バンで、しかも持ち時間は十五分ほどですから。」
「三曲くらいですね。わかりました。連絡をください。」
「はい。」
一馬はそういうと席を立ち、立てかけているベースを手にするとそれを背負った。ベースも見える位置にずっとあった。それは目の届かないところにベースを起きたくなかった一馬の思惑からだろう。
楽器は自分の生活の全てだ。コレが無くなれば食いっぱぐれる。だから目の届かないところに起きたくなくて、海外へ行くのも咳を余分に一つ取り、そこにベースを置いていたのだからベーシストとはそんなモノなのかもしれない。だが一馬は少し異常だ。
それでも世の中は広い。もっと信用していい人間はいるのだが、それすら拒否しているのは惜しい気がしていたのだ。
やっと「clover」へやってきたときには、もう日が暮れていた。閉店ギリギリになっていたが、それでも圭太は悪い顔をしない。
「無理言ったんじゃないのかと思ったけど。大丈夫か?」
「いいや。スタジオを出るときに、プロデューサーから声をかけられてな。」
響子はカップにコーヒーを注ぐと、カウンターを出てきた。
「コーヒーよ。」
「悪いな。」
カップを受け取ると、一馬はそれに口をつける。この一杯がとても恋しかった。
「ったく……。一馬さん言ってやれよ。」
しかし圭太は不機嫌そうに言う。
「何かあったのか?」
「一馬さんが来るからって、前の客のコーヒー単品は断ったんだよ。豆が切れたとか言ってさ。」
「響子。」
一馬は驚いて響子に詰め寄る。すると響子は手を振って言う。
「そうじゃ無いわ。もう切れたと思ってたけど、断ったあとに一杯分くらいはありそうだって。」
「来るとわかってて避けてたんだったら、確信犯だよな。このやろ。商売に私的な感情を入れるんじゃ無いっての。」
その言葉に一馬は少し笑ってコーヒーに口をつける。
「無理して残さなくても、別のコーヒーでもかまわない。そうだ。今度はレモネードが飲んでみたいと思っていたんだ。」
「レモネード?」
すると今度は圭太が響子に詰め寄る。
「お前、今度はレモンを取っておくとか言うなよ。」
「わかってるって。」
カップルのように見えるが、こちらの方が恋人なのだ。一馬は少しそう思いながらまたコーヒーに口をつけた。
「一馬さん。コレ。預かったんだよ。」
圭太はカウンターに入り、紙袋を一つ持ってきた。それは小さな紙袋で、何か匂いがするように思える。その紙袋を受け取って一馬はその中身を見て納得した。どうやら入浴剤のようなモノだ。
「誰から?」
「兄さんから。」
その名前に一馬は思わずコーヒーを吹きそうになった。あんな事を言う人がお詫びの品を持ってくるのだろうかと思ったのだ。
「響子さんはわかるが、俺にまで包みを?」
「わざわざあの繁華街を送っていったばかりに巻き込んだって。兄があんたにも渡しておいてくれと。」
「必要ない。」
「そうか?断るのもどうかと思うけど。それにほら、コレ有名店のヤツで。」
「盗聴器付きだ。」
「え?」
驚いて圭太はその包みをまた受け取ると、その中身を取り出す。するとその包装紙は僅かによれていた。
「響子。そっちもか?」
響子もカウンターの下に置いてあったその包みを取り出した。そしてその中の箱を取り出して、包装紙を丁寧に剥いでいった。すると綺麗な入浴剤の入った箱が出てくる。
「盗聴器付きだって?」
功太郎もレジを終えて、その騒ぎに便乗してきた。そしてその箱を開ける。もう客が居ないので、気を使うことは無いと思ったのだろう。ふっと入浴剤の花の香りがする。
固形の入浴剤が綺麗に箱に入っていたが、その底にある紙を避けると、小さな豆粒のようなモノが赤く光っていた。
「コレ?」
一馬に聞くと一馬は少し頷いた。まさか身内にもそんなことをしていたというのに、圭太はまた呆れたようにその様子を見ていた。
これからの予定は無い。特に行ってもかまわないだろうと返信をしたときだった。一馬に先ほどのプロデューサーから声をかけられた。
「花岡さん。ちょっと聞いて欲しい音源があるんですよ。」
女性のプロデューサーで、いつか「clover」のケーキを持っていったら相当喜んでいた人だ。この人はアイドルなんかの曲をプロデュースすることが多い。男のアイドルは、女が手がけた方が人気が出やすいのだ。
「何ですか?」
そういってその女性は携帯電話を手にして、動画を一馬に見せる。その映像はライブハウスのようで、音があまり良くない。それにバンドのメンバーのレベルも違いすぎる。ジャンルはハードロックのようで、ボーカルだけが群を抜いて上手だった。高い声のシャウトも外すこと無く、むしろまだ余裕があるように思えた。
「カバーですね。「flipper's」の。」
「どうですか?」
「んー……。ボーカルはともかく、ハードロックの花形はギターの早弾きなのに、全く指がついていっていないですね。ドラムもベースもキーボードもまぁ……素人ならそんなモノでしょうか。」
「えぇ。このボーカルなんですけどね。」
「はぁ。」
「アイドルグループの元一員なんですよ。ほら。」
別の動画を見せてくる。それには絵に描いたような美男子が五,六人ほど集まり、歌やダンスをしている。だがいくら集まって歌っても、その男の声はすぐにわかった。独特な節回しがあるからだ。
「おかしいですね。さっきの「flipper's」の画像ではこんな歌の癖は無かったのに。」
「アイドル路線で行くのは本人の意向じゃ無かったんですよ。今の方がやりたかったことみたいで。」
「はぁ。それが何か?」
「バンドでデビューさせたいと思ってましてね。他にギターやベースを探しているんですよ。」
またバンドの話か。そう思って先に一馬は断った。
「俺はしませんよ。今の方が……。」
「まぁ、話は最後まで聞いてください。」
改めてソファに一馬を座らせると、そのプロデューサーも隣に腰掛けた。
「寄せ集めで作りたいと思ってましてね。バンド活動をしていて、まぁ……みんなが同じ考えならかまわないと思いますよ。でもやっぱりバンド活動していても、お互いの気持ちがすれ違うことは多々あると思います。」
「……えぇ。心当たりが無いわけじゃないですね。」
「flower children」だってそんなところで解散したのだ。もうあんな気持ちはしたくない。だからバンドを断っていたのだ。
「だから、まぁ……元々知らない間柄であればそれからの付き合いはどうにでもなると思うんですよ。花岡さんのように、あまり人と関わりたくないという人も居れば、一つ屋根の下で生活するほど仲良くならないといけないという人も居ると思います。こういう人だったのか、あぁいう人だったのかとわかるとそれがプラスに働くことも多いんですよ。お見合いのような感じですね。」
その言葉に一馬は納得したように頷いた。だがそれ以上にバンドでまた傷つきたくない。どんなことをいわれても断ろうと思っていたのだ。
「いや……。でも俺は……。」
「でしたら、ライブだけしませんか?」
「ライブ?」
「こちらで集めた人選で、ライブだけしてみたらどうですか?この男がボーカルは決定していますが、あとはまた人を見てからという話になりますが。」
ここまで譲歩しているのだ。それに合わないと思えば断ることも出来る。というかもうこの時点で断りたい。だがこのプロデューサーには世話になっている。一度くらいのライブなら仕方が無いと思っていたのだ。
「わかりました。そうしましょう。」
「ライブは春を予定しています。」
「急ですね。」
「ライブといっても対バンで、しかも持ち時間は十五分ほどですから。」
「三曲くらいですね。わかりました。連絡をください。」
「はい。」
一馬はそういうと席を立ち、立てかけているベースを手にするとそれを背負った。ベースも見える位置にずっとあった。それは目の届かないところにベースを起きたくなかった一馬の思惑からだろう。
楽器は自分の生活の全てだ。コレが無くなれば食いっぱぐれる。だから目の届かないところに起きたくなくて、海外へ行くのも咳を余分に一つ取り、そこにベースを置いていたのだからベーシストとはそんなモノなのかもしれない。だが一馬は少し異常だ。
それでも世の中は広い。もっと信用していい人間はいるのだが、それすら拒否しているのは惜しい気がしていたのだ。
やっと「clover」へやってきたときには、もう日が暮れていた。閉店ギリギリになっていたが、それでも圭太は悪い顔をしない。
「無理言ったんじゃないのかと思ったけど。大丈夫か?」
「いいや。スタジオを出るときに、プロデューサーから声をかけられてな。」
響子はカップにコーヒーを注ぐと、カウンターを出てきた。
「コーヒーよ。」
「悪いな。」
カップを受け取ると、一馬はそれに口をつける。この一杯がとても恋しかった。
「ったく……。一馬さん言ってやれよ。」
しかし圭太は不機嫌そうに言う。
「何かあったのか?」
「一馬さんが来るからって、前の客のコーヒー単品は断ったんだよ。豆が切れたとか言ってさ。」
「響子。」
一馬は驚いて響子に詰め寄る。すると響子は手を振って言う。
「そうじゃ無いわ。もう切れたと思ってたけど、断ったあとに一杯分くらいはありそうだって。」
「来るとわかってて避けてたんだったら、確信犯だよな。このやろ。商売に私的な感情を入れるんじゃ無いっての。」
その言葉に一馬は少し笑ってコーヒーに口をつける。
「無理して残さなくても、別のコーヒーでもかまわない。そうだ。今度はレモネードが飲んでみたいと思っていたんだ。」
「レモネード?」
すると今度は圭太が響子に詰め寄る。
「お前、今度はレモンを取っておくとか言うなよ。」
「わかってるって。」
カップルのように見えるが、こちらの方が恋人なのだ。一馬は少しそう思いながらまたコーヒーに口をつけた。
「一馬さん。コレ。預かったんだよ。」
圭太はカウンターに入り、紙袋を一つ持ってきた。それは小さな紙袋で、何か匂いがするように思える。その紙袋を受け取って一馬はその中身を見て納得した。どうやら入浴剤のようなモノだ。
「誰から?」
「兄さんから。」
その名前に一馬は思わずコーヒーを吹きそうになった。あんな事を言う人がお詫びの品を持ってくるのだろうかと思ったのだ。
「響子さんはわかるが、俺にまで包みを?」
「わざわざあの繁華街を送っていったばかりに巻き込んだって。兄があんたにも渡しておいてくれと。」
「必要ない。」
「そうか?断るのもどうかと思うけど。それにほら、コレ有名店のヤツで。」
「盗聴器付きだ。」
「え?」
驚いて圭太はその包みをまた受け取ると、その中身を取り出す。するとその包装紙は僅かによれていた。
「響子。そっちもか?」
響子もカウンターの下に置いてあったその包みを取り出した。そしてその中の箱を取り出して、包装紙を丁寧に剥いでいった。すると綺麗な入浴剤の入った箱が出てくる。
「盗聴器付きだって?」
功太郎もレジを終えて、その騒ぎに便乗してきた。そしてその箱を開ける。もう客が居ないので、気を使うことは無いと思ったのだろう。ふっと入浴剤の花の香りがする。
固形の入浴剤が綺麗に箱に入っていたが、その底にある紙を避けると、小さな豆粒のようなモノが赤く光っていた。
「コレ?」
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