彷徨いたどり着いた先

神崎

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カモフラージュ

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 部屋に帰ってきた響子はまだ泣いていた。電気とエアコンを付けた一馬は、すぐに響子の体を抱きしめる。
「本当だったらこれからが俺たちの時間だったのにな。」
 響子は細かく震えていた。思い出したのかもしれない。それに見られたくない画像を見られたのだ。
「一馬……。幻滅しない?」
「幻滅?どうしてだ。」
「だって……。」
 すると一馬は抱きしめたままその頭をなでる。
「どんな過去があっても関係ないだろう?さっきも言った。大事なのはこれからだ。」
 その言葉に響子は一馬の体に手をのばす。だが一馬はその頭にキスをすると、響子の体を離した。
「泊まっていきたいが……今日は無理かもしれないな。」
 部屋の窓に近づく。ベランダへ続くそのドアの遮光カーテンから外を見た。すると信也では無いが、怪しげな男が煙草を吹かしながらずっと道路に立っている。おそらく部屋を監視しているのか、一馬が出てきたところを見たいのかもしれない。圭太の周りを嗅ぎ回って響子の事を調べているのであれば、一馬がここから出てこないというのはおかしな話になるだろう。
「せっかくお前を抱けると思っていたのに。お前も監視されているのかもしれないな。圭太さんと付き合っているのだと信じていた。という事は、俺が間男のような感じに受け取られるかもしれない。そうなれば、あの男は力ずくでここに入ってこようとするかもしれないし。」
「オーナーに連絡をしてみるわ。」
「あぁ。そうした方が良い。とりあえず、今日は帰らないといけないな。くそ。こんな時間はあまりないのに。」
 不安そうに響子が一馬の方を見る。
「家を出るといってんじゃないの?実家に部屋はあるの?」
「まだ荷物を出していないからな。徐々に運ぼうと思っていたんだが……どうするかな。話をしなければ、ここに荷物も運べないだろう。」
「早めにオーナーに話をするわ。」
「そうしてくれ。けど、その前にしたい事がある。」
 そう言って一馬はまた響子を抱き寄せた。そしてその唇にキスをする。ずっと触れたかったモノだ。外の国に居る事を少し後悔していて、やっと戻ってこれたのだ。この小さな温もりを離したくない。

 何か怒っているような声がして、功太郎はそのまま目を覚ました。そして自分の置かれている立場を見る。ここは圭太の部屋だ。そして自分が寝ているのはソファ。ここで何年か前まで寝泊まりしていたので、寝にくいとかそういったことは無い。体が慣れているのだろう。
「何でそんなモノを見せたんだ。バカじゃ無いのか。」
 圭太は珍しく怒っているようだ。そう思いながら功太郎はあくびを一つすると、窓辺にいる圭太を見た。そして圭太は電話を切ると、不機嫌そうにため息をついた。
「何かあった?」
 功太郎はそう声をかけると、圭太は苦笑いをして功太郎の方を見る。
「起こしたか?」
「んー。眠かったら自分の家に行くよ。」
「気分は?」
「悪くないな。水、飲んで良い?」
「あぁ。水じゃ無くて白湯にしておけよ。」
「うん。」
 そう言って功太郎はソファから降りると、キッチンへ向かった。綺麗に片付けている。夕べ片付けも何もかもきっと響子たちがしたのだ。自分は酔い潰れて寝ていただけに少し申し訳ないと思う。
 マグカップに水を注いで、それをレンジで温める。その間も圭太はまだ不機嫌そうに携帯電話を当たっていた。
「何かあった?」
「兄さんがさ。」
「あぁ。居るって言ってたっけ。店にも来た事があるんだっけ。一度見たっけ?」
 すらっとしていて圭太に似ていると思った。女にもてそうだと思う。だが確か妻や子供が居るはずだ。
「響子にいらない事を言った。ネットでほら、響子の画像が流れているの知ってるだろ?」
「アレだろ?エロ目的のサイトの餌みたいな。まぁ、それじゃ無くても最近響子がそういう女だって、うちの店を検索したら出てくる事もあるな。」
「そういうのは先に手を打っておくんだけどさ。削除要請とか出して。でも……響子はそれを見てないだろ?」
「そりゃそうだよ。何が悲しくて自分が輪姦されてる画像なんか見るかよ。」
 カップをレンジから取り出すと、それを手に持った。器ごと暖かくなって指先が温まるようだ。
「それをネタに、夕べ兄さんが響子を脅したらしいんだ。それを俺に知られたくなかったら別れろって言ったらしい。」
「マジで?」
 待てよ。圭太とはもう別れていると聞いている。どうしてそれを今更脅すネタにするのだろう。
「それを一馬さんから聞いて、兄さんに連絡してみたんだ。そしたら「別れる」って言ったから別のお見合いをしろって言ってきたんだよ。」
「バカじゃねぇの?あんたの兄貴。っていうかもう別れてるじゃん。今更響子を脅してどうするんだよ。」
「まだ付き合っているって思ってるところがあるな。でも別れているから、もう関係ないとは言えない。あいつがいなきゃ、うちの店は傾くから。」
 白湯を飲んで、少し気分が晴れた。だが酔いは覚めても、気持ちが冷めない。
「……画像を見せたって事は、あんたの兄貴は響子が拉致された事も知っているんだな。」
「望んで行くような女だと言ってた。夏子の姉という事も知っているし、夏子は兄さんの愛人だし。」
「性欲が服を着てるような女だよな。だから響子もそうだって思ってるのか?」
「かもしれない。」
「そんなわけねぇじゃん。響子は潔癖だっての。あんたが一番知ってんじゃ無いの?」
 その通りだ。響子と初めてキスをしようとしたとき、響子はひどく怯えていた。それは昔の事が頭を過ったからだ。それだけでは無い。圭太よりも前に付き合っていた男に対してもそんな態度だったと聞いている。それは真二郎がよく知っていた。
 容姿だけ見て、響子と付き合おうと思った男ばかりだ。だからひどくセックスに恐怖を覚えている響子に、あまつさえ襲いかかろうとした男もいたのだという。激しく拒絶して別れたらしい。
 だから圭太とセックスできたのは、恐怖以上の愛情があったからだ。そしてその愛情は、もう圭太が相手ではなく一馬に移っている。それを知られて良いのかと思っていた。
「そうだよ。響子はそんな女じゃ無い。」
「だったらもうすでに別れてるって言えば良いんじゃ無いの?それで一馬さんと付き合ってるって。」
「……でもそれは少しまずいんだよな。」
「え?」
「俺、正月に兄さんに言ったんだよ。響子と付き合ってるって。あのときはまだ付き合ってたし、それから何ヶ月も経ってない。なのにもう別れたのかって思われるし、それで兄さんが手を出さないとも限らないんだ。」
「手を出すって……。響子をレイプしようとかそんな事を思ってんのか?」
「かもしれない。あの言い方だったら、多分兄さんはネットの噂の方を信じてる。つまり、響子が中学生の頃に男に進んで付いていって乱交騒ぎを起こしたって。そうだったら……。」
「響子がやっぱりそんな女だったって思うかもしれないのか。それかとてつもなく尻軽だとか。」
「だから困ってるんだよ。くそ。どうすれば良いんだろうな。」
 イライラする。こんな時は煙草が欲しくなるが、もう禁煙して大分経つ。ライターすらどこにいったのかわからないのだ。
「でも別れろって言ってきたんだろ?だったら別に別れたって言うのって別に問題ないんじゃ無いのか?」
「それはそうだけど……。」
「……それで一馬さんとはまだ付き合っていない体でいたら問題ないだろ?どうせ近所に住んでるんだから、たまたま電車で一緒になったりする事もあるって事もあるし。そんな事は付き合う前も今まであったんだろ?」
「だって聞いてるけど……。」
「それでいいじゃん。あんたはその兄貴が怖いんだったら、その兄貴の言うとおりにどっかのヤクザの女と結婚すれば?」
 功太郎もイライラしている。その理由は二日酔いだけでは無い。響子が好きだった時期もあるのだ。なのに圭太は相変わらず響子をぞんざいに扱っている。それがいらつく一番の原因なのだ。
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