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疾走
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成形したチョコレートの見本をショーケースに並べ、イートイン用にもチョコレートを打ち出した。そしてドリンクにもホットショコラを打ち出す。それが割と評判が良い。それに響子にしては珍しく、そのホットショコラも見た目を重視しているようだ。SNSにあげると、瞬く間にホットショコラのオーダーが入ってくる。
鍋をかき混ぜながら、響子の耳に待っている客の声が入ってくる。
「チョコレートも可愛いね。」
「こういうの鹿島係長って好きかもよ。」
「まぁそうなんだけどね。あの人めっちゃ女癖悪いって言うし、本気にはなれないな。」
「瑠美子って結婚願望強いもんね。」
「女癖の悪い人は無理でしょ?」
その辺は一馬はあまり心配はないようだ。見た目は悪くないし、体も大きいので言い寄られることは多いようだが全く相手にしていないようだし、何より「絶倫」という単語が、女を一歩引かせている。
しかし、その「絶倫」の噂も真実味があると思う。あれだけ求めてくる人なのだ。普通の人なら意識が無くなるほど感じ、何より体力が持たないだろう。
「はい。テイクアウトのホットショコラがツー。」
「はいよ。」
功太郎がそれを持って行き、レジカウンターに置く。
「ホットショコラ二つです。二つで一千百円です。」
「じゃあ、五百五十円ずつね。」
「ありがとう御座いました。」
女たちはどこかのOLなのだろう。昼休みを利用してやってきてくれたのだ。
「この辺ってどっか会社があったっけ?」
「奥へ行けば工場があるの。この辺はベッドタウンね。」
「そっか。じゃあ事務員かなにかかな。」
「かもね。」
響子はそう言ってキッチンへ入っていく。パフェの注文があったからだ。今、真二郎は休憩に入っている。その間響子ができる限りのことをするのだ。功太郎はまだ喫茶や、ケーキの盛り付けだけでまだ一杯一杯なのだからその辺は響子がカバーをしないといけない。それでも真二郎を呼ぶことはある。
「いらっしゃいませ。」
フロアで声がした。だが今は手が離せない。響子はそう思いながら、パフェグラスにフレークを入れていた。
「持ち帰りでコーヒーをもらえるだろうか。」
まるでヤクザのような感じがする。功太郎はそう思いながら男を見ていた。
「あ……少し、いや……少々お待ちいただけますか。そちらの椅子にかけてください。」
入り口近くの椅子に案内すると、男は大人しくそこにかけた。
黒いトレンチコートをすらっと着こなして、足も長く感じる。どこか圭太に似た感覚があった。いいや。今は考えない。今はそんなに忙しい時間帯でもない。パフェと一緒に頼まれたコーヒーを淹れようと、カウンターの中に功太郎は入る。お湯を沸かしている間にコーヒー豆をミルで潰し始めた。
その間、バックヤードでは圭太と真二郎が食事を終えて話をしている。真二郎は、今度の休みに引っ越しをするのだ。
「いい物件でね。そっちに移り住もうと思ってて。」
「って言うかさ。お前、俺の時はあの家を出ないってずっと言ってたのに、何で一馬さんならすぐに家を出る気になったんだよ。」
すると真二郎は首を横に振った。
「オーナーと一緒になることはないと思ってたから。」
「は?」
携帯電話を見ながら、住所をメモ紙に書いていく。新しい住所は、響子が住んでいるところからあまり離れていないようだ。
「オーナーも結構不安定だし、がっちり響子を支えられるとは言いがたい気がするから。」
「俺が不安定?」
「まだ死んだ女性のことを思い出すこともあるんだろ?」
その言葉に言葉を詰まらせた。
正直、響子と真子はあまり似ていない。なのにふとしたところで真子を思い出すことがあったのだ。例えば、自分が起きる前に真子は起き出して朝食を作っていたり、美味しいモノを口にすればふと笑顔になったりすること。思わずもうどこにも行かないで欲しいと、抱きしめたくなるのだ。
「……俺、まだ忘れてないのかな。」
「だとしたらすごい響子にも失礼なことをしてたなって思うし。」
「出来るだけ忘れたいと思って、家具とか全部処分したはずなのに。」
「家を変えることは出来ないの?前から思ってたけど、あの場所にいたら忘れたいことも忘れられないんじゃないのか。」
「いいや。こっちにはこっちの事情が……。」
その時バックヤードに功太郎が入ってきた。そして圭太を見る。
「オーナー。客が来てるよ。」
「俺に?」
「兄さんだって言ってたけど。」
その言葉に動揺したのは真二郎の方だった。手に持っていたお茶を落としそうになる。
「え……。」
だが圭太も功太郎も気がついていなかったのだろう。素早くそのコップを手にする。
「兄さんか。面倒だな。まぁいいや。コーヒーでも飲みに来たのか?甘い物はあまり好きじゃないって言ってたし。」
「だと思う。今響子がコーヒーを淹れてるよ。」
パフェを作った響子は、入り口近くに座っている男を見てどこかで見た男だと思っていた。そして思い出して功太郎にバックヤードにいる圭太を連れてくるように言ったのだ。
その間コーヒーを淹れる準備をする。ネルドリップを用意して、コーヒー豆を棚から持ってきた。そしてその豆を計りミルで挽いていく。すると男が立ち上がって、カウンターに近づいてきた。
「手間のかかるコーヒーだ。」
「恐れ入ります。」
圭太の兄は既婚者ではあるが、割とモテる方だ。ここまで近づけば頬を赤らめる女が多いのに、響子は表情一つ変えない。それは圭太がいるからなのかはわからないが、そうあればあるほど自分の手に落としたくなる。
「お嬢さんは結婚式の時に会ったことがあるな。」
「やはりオーナーのお兄様でしたか。あのときよりも髪が短くなって印象が変わっていたので、わかりませんでしたが。」
「あぁ、ちょっとうっとうしくなって、年末に思い切って切ったんだ。」
その時バックヤードから圭太がやってきた。そしてカウンターの近くに居る兄に声をかける。
「兄さん。」
「圭太。何だ。そういう格好も割と似合っているな。」
「前の仕事場と変わらない格好だよ。この近くに仕事か?」
「あぁ。近くに来たからついでにコーヒーでも飲んでいこうと思ってな。小百合は結構来ているのか。」
「昨日来たばっかだよ。家にケーキがなかったか?」
「夕べは帰っていなくてな。そうか。息子の誕生日だったな。プレゼントだけは用意していたが。」
子供の誕生日よりも仕事を優先する男なのだ。それなのにまだ祖母には頭が上がらないらしい。
「良い香りだな。普通のコーヒーとは違う。どこかで嗅いだような匂いだ。」
「結婚式の時だろ?」
「そうじゃ無い。どこかで……。」
コーヒーを淹れている響子を改めてみる。そして思い出した。
「君は……。」
「どうかしたか?」
慌てて口に出しそうになった。遅れて戻ってきた真二郎が驚いて信也を見る。
「……「古時計」の?」
その言葉に響子は目だけで信也を見た。そしてまたお湯をコーヒーに垂らし抽出していく。
鍋をかき混ぜながら、響子の耳に待っている客の声が入ってくる。
「チョコレートも可愛いね。」
「こういうの鹿島係長って好きかもよ。」
「まぁそうなんだけどね。あの人めっちゃ女癖悪いって言うし、本気にはなれないな。」
「瑠美子って結婚願望強いもんね。」
「女癖の悪い人は無理でしょ?」
その辺は一馬はあまり心配はないようだ。見た目は悪くないし、体も大きいので言い寄られることは多いようだが全く相手にしていないようだし、何より「絶倫」という単語が、女を一歩引かせている。
しかし、その「絶倫」の噂も真実味があると思う。あれだけ求めてくる人なのだ。普通の人なら意識が無くなるほど感じ、何より体力が持たないだろう。
「はい。テイクアウトのホットショコラがツー。」
「はいよ。」
功太郎がそれを持って行き、レジカウンターに置く。
「ホットショコラ二つです。二つで一千百円です。」
「じゃあ、五百五十円ずつね。」
「ありがとう御座いました。」
女たちはどこかのOLなのだろう。昼休みを利用してやってきてくれたのだ。
「この辺ってどっか会社があったっけ?」
「奥へ行けば工場があるの。この辺はベッドタウンね。」
「そっか。じゃあ事務員かなにかかな。」
「かもね。」
響子はそう言ってキッチンへ入っていく。パフェの注文があったからだ。今、真二郎は休憩に入っている。その間響子ができる限りのことをするのだ。功太郎はまだ喫茶や、ケーキの盛り付けだけでまだ一杯一杯なのだからその辺は響子がカバーをしないといけない。それでも真二郎を呼ぶことはある。
「いらっしゃいませ。」
フロアで声がした。だが今は手が離せない。響子はそう思いながら、パフェグラスにフレークを入れていた。
「持ち帰りでコーヒーをもらえるだろうか。」
まるでヤクザのような感じがする。功太郎はそう思いながら男を見ていた。
「あ……少し、いや……少々お待ちいただけますか。そちらの椅子にかけてください。」
入り口近くの椅子に案内すると、男は大人しくそこにかけた。
黒いトレンチコートをすらっと着こなして、足も長く感じる。どこか圭太に似た感覚があった。いいや。今は考えない。今はそんなに忙しい時間帯でもない。パフェと一緒に頼まれたコーヒーを淹れようと、カウンターの中に功太郎は入る。お湯を沸かしている間にコーヒー豆をミルで潰し始めた。
その間、バックヤードでは圭太と真二郎が食事を終えて話をしている。真二郎は、今度の休みに引っ越しをするのだ。
「いい物件でね。そっちに移り住もうと思ってて。」
「って言うかさ。お前、俺の時はあの家を出ないってずっと言ってたのに、何で一馬さんならすぐに家を出る気になったんだよ。」
すると真二郎は首を横に振った。
「オーナーと一緒になることはないと思ってたから。」
「は?」
携帯電話を見ながら、住所をメモ紙に書いていく。新しい住所は、響子が住んでいるところからあまり離れていないようだ。
「オーナーも結構不安定だし、がっちり響子を支えられるとは言いがたい気がするから。」
「俺が不安定?」
「まだ死んだ女性のことを思い出すこともあるんだろ?」
その言葉に言葉を詰まらせた。
正直、響子と真子はあまり似ていない。なのにふとしたところで真子を思い出すことがあったのだ。例えば、自分が起きる前に真子は起き出して朝食を作っていたり、美味しいモノを口にすればふと笑顔になったりすること。思わずもうどこにも行かないで欲しいと、抱きしめたくなるのだ。
「……俺、まだ忘れてないのかな。」
「だとしたらすごい響子にも失礼なことをしてたなって思うし。」
「出来るだけ忘れたいと思って、家具とか全部処分したはずなのに。」
「家を変えることは出来ないの?前から思ってたけど、あの場所にいたら忘れたいことも忘れられないんじゃないのか。」
「いいや。こっちにはこっちの事情が……。」
その時バックヤードに功太郎が入ってきた。そして圭太を見る。
「オーナー。客が来てるよ。」
「俺に?」
「兄さんだって言ってたけど。」
その言葉に動揺したのは真二郎の方だった。手に持っていたお茶を落としそうになる。
「え……。」
だが圭太も功太郎も気がついていなかったのだろう。素早くそのコップを手にする。
「兄さんか。面倒だな。まぁいいや。コーヒーでも飲みに来たのか?甘い物はあまり好きじゃないって言ってたし。」
「だと思う。今響子がコーヒーを淹れてるよ。」
パフェを作った響子は、入り口近くに座っている男を見てどこかで見た男だと思っていた。そして思い出して功太郎にバックヤードにいる圭太を連れてくるように言ったのだ。
その間コーヒーを淹れる準備をする。ネルドリップを用意して、コーヒー豆を棚から持ってきた。そしてその豆を計りミルで挽いていく。すると男が立ち上がって、カウンターに近づいてきた。
「手間のかかるコーヒーだ。」
「恐れ入ります。」
圭太の兄は既婚者ではあるが、割とモテる方だ。ここまで近づけば頬を赤らめる女が多いのに、響子は表情一つ変えない。それは圭太がいるからなのかはわからないが、そうあればあるほど自分の手に落としたくなる。
「お嬢さんは結婚式の時に会ったことがあるな。」
「やはりオーナーのお兄様でしたか。あのときよりも髪が短くなって印象が変わっていたので、わかりませんでしたが。」
「あぁ、ちょっとうっとうしくなって、年末に思い切って切ったんだ。」
その時バックヤードから圭太がやってきた。そしてカウンターの近くに居る兄に声をかける。
「兄さん。」
「圭太。何だ。そういう格好も割と似合っているな。」
「前の仕事場と変わらない格好だよ。この近くに仕事か?」
「あぁ。近くに来たからついでにコーヒーでも飲んでいこうと思ってな。小百合は結構来ているのか。」
「昨日来たばっかだよ。家にケーキがなかったか?」
「夕べは帰っていなくてな。そうか。息子の誕生日だったな。プレゼントだけは用意していたが。」
子供の誕生日よりも仕事を優先する男なのだ。それなのにまだ祖母には頭が上がらないらしい。
「良い香りだな。普通のコーヒーとは違う。どこかで嗅いだような匂いだ。」
「結婚式の時だろ?」
「そうじゃ無い。どこかで……。」
コーヒーを淹れている響子を改めてみる。そして思い出した。
「君は……。」
「どうかしたか?」
慌てて口に出しそうになった。遅れて戻ってきた真二郎が驚いて信也を見る。
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