彷徨いたどり着いた先

神崎

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疾走

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 試食が終わり、いつもよりも遅い時間に駅へ向かう。と言っても圭太と功太郎は、そのまま街に残り家に帰っていくが真二郎を除いた五人は、同じ路線の電車に乗るのだ。
 一馬と響子は手前のK町の駅で降り、弥生と俊と香はそのまま電車に乗り続けた。
「美味しかったねぇ。チョコレート。ホワイトチョコも美味しかったし。」
「本当。羨ましい体質だわ。」
 弥生はコーヒーに口は付けなかった。「clover」のコーヒーが美味しいのは知っているが、夜に飲むと眠れないこともあるからだった。夜勤の時には景気づけで飲むことも有るが、今日は日勤で明日は夜勤。なので今日は眠っておきたいのだ。
 だが香はそんな時間とかに縛られず夜でもコーヒーを飲んでいることもある。それでも夜は普通に寝ているのだ。
「俊君は、春から二年でしょう?」
「はい。」
「二年だと進路を言われない?」
「だから当初の予定通り、国立文系に絞ってます。」
「走るのは?」
 すると俊は少し暗い顔をしていった。
「多分、走る事では大学に行けないと思うし。まぁ、無理をしない程度にやりますよ。」
「えー?俊君。大会は?」
「出れないと思う。校内予選でも選ばれないかな。」
「そっかぁ。」
 足は治っているはずだ。なのにそれに無理を出来ないというのは、恐らく俊の気持ち次第だろうと思う。
 ホストの父親と化粧品会社に勤める母親。どちらにしても自分を強く持っていないとやっていけないような人だ。そんな中で育った俊は、少し強い人が現れると引くところが有る。それは自分が損をするだけなのにと、弥生は思っていた。
 それは恋に対してもそうかもしれない。引っ込み思案で、うじうじしている感じがする。もっと積極的にならなければ、奪われてしまうのに。
「あ!そうだった。」
 弥生は携帯電話を取りだして、その画面を見る。
「どうしました?」
「瑞希の所に届けないといけないモノが有ったんだ。あたし、この次の停車で乗り換えるわ。」
「え?瑞希君のところ?」
 香は驚いたように聞くと、弥生はバッグからサックス用のリードケースを取り出した。
「瑞希の店じゃ無いみたい。どこだったかな。」
 瑞希は今日仕事が休みなのだが、瑞希のジャズプレーヤーとしての腕を見込まれてたまに演奏に呼ばれることもあるのだ。その店をチェックすると、どうやらK町のようだ。
「ってことで、あたし降りるね。俊君。ちゃんと家に届けてあげてね。時間も時間だし、警察官に呼び止められたらあたしの番号を教えて良いから。」
「良いんですか?」
「良いよ。」
 電車が停まり、弥生は手を振ってその電車を降りていく。その後ろ姿を見て、俊はため息をついた。
「未成年を二人置いていくなんてなぁ。」
「別に良いんじゃ無い?ほら、あそこの人も未成年だよ。」
 香はそう言って視線を向こうに送る。そこには明らかに学習塾か何かの帰りの、制服姿の男の子がいた。自分たちのようにジャージ姿では無い。
「香は最近ジャージ?」
「ううん。さすがに学校にジャージはね。」
 私服で通学しても良い学校だからジャージでもかまわないのだろうが、香は足が露出するようなショートパンツやミニスカートが好きだ。それに最近はタイツを穿いている。寒いからだろう。
「中学校へ行ったら、制服だろ?この間合わせたって言ってたじゃん。」
「うーん。そうなんだけどね。」
「どうした?」
「似合わないって言われたの。」
「誰に?」
「功太郎に。」
 その言葉に俊は驚いて香を見る。功太郎がそんなことを言うのだろうか。それにどうして功太郎に見せたのだろうか。
「功太郎さんに?どうして?」
「別に初めて着たし、どんなもんかと思って功太郎にメッセージで送ったの。そしたら似合わないって言われてさ。ひどくない?」
 確かにこの姿で制服なんか着たら、コスプレをしている風俗嬢に見えないことも無い。しかし香が通う中学は、ジャンパースカートの学校だ。セーラー服では無いだけましだろう。
「似合うと思うけどな。」
「見る?」
 香はそう言って携帯電話を取りだして、写真を見せる。そこには笑顔で、その学校の制服を着ている香が居た。俊もここの学校に通ったのだが、ここまで発育の良い女子生徒はいなかったのでやはり違和感はある。だがそれを正直に口にした功太郎の無神経さがいらついた。
「良いじゃん。でもあまりスカートの丈を短くすると怒られるからな。」
「膝から上は駄目なんだって。でもなんかアレンジしたくなる制服だよね。男の子の制服は学ランだし。」
「そういう制服をチェックする先生がいるんだ。すごい怖いよ。体育教官でさ。俺、柔道の授業で頭打ったし。」
「えー?怖いなぁ。」
「高校だと更にすごい先生居るよ。」
 言い合いながら、二人は最寄り駅で降りる。向こうに居た男子生徒も同じ学校だったのだろう。電車を降りていった。

 駅から暖地まではそこまで離れていない。その敷地内に入ってしまえば警察に問われることは無いのだ。だからそこまでは少し緊張感はある。
「あ、ねぇ。ジュース買ってもいい?」
「駄目。自販機が有るじゃん。アパートの側に。そこで買いなよ。」
「新製品入ってないじゃん。」
「それでも駄目だって。」
 香は口をとがらせて、団地の方へ向かう。こういう所は年相応だ。だから意識することなんか無い。俊はそう思いながら、その隣を歩いていた。
 そしてその団地の中に入ると、自販機の前に立つ。
「どれが良いんだよ。」
 足を止めて香に聞くと、香は嬉しそうに近づいてきた。
「奢ってくれるの?」
「良いよ。俺も水でも買っていこうと思ったし。」
 小銭を入れると、俊はそのまま水を手にする。そしてまた小銭を入れると、香は嬉しそうに炭酸のジュースのボタンを押した。
「コレも美味しいんだよね。」
「あぁ。走ったあととか飲みたくなるなぁ。でもまぁ、ちょっと俺は控えるよ。」
「あぁ。一馬君に言われたの、気にしてる?」
「少しね。」
 一馬は本当に自分の体のことを気にしている。体一つで稼ぐ仕事だから、もし弾けなくなったりすれば別の仕事を探さないといけない。その前にそんな事態にならないように、最低限の健康管理は自分でして居るのだ。
「一馬君って、響ちゃんより年下なんだって。」
「へぇ。そうなんだ。」
「だから別にそこまで気にすること無いのにって、響ちゃんは言ってたけど。」
「自分がしたいようにすれば良いのに。」
 水とジュースを手にしてアパートへ戻っていく。古いアパートだが、当番制で掃除をしているので割と綺麗だ。埃一つ、蜘蛛の巣一つ張っていない。
 そして部屋の前に立つと、俊は香に声をかける。
「そう言えば、母さんから香にあげてほしいものが有るって言ってた。」
「え?何?」
「ちょっと待ってて。」
 鍵を開けて、部屋に上がる。すると香もその部屋に入ってきた。
「待ってろって言ったじゃん。」
「良いじゃん。うちにはいつも上がってるのに。」
 そんな問題では無い。そう思いながら俊は電気を付けた。
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