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疾走
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甘い匂いが立ちこめているそのカウンターで、響子は鍋をかき混ぜている。鍋の中には濃い茶色の液体が熱を加えられて、湯気を立ち上らせていた。
「焦げないようにかき混ぜて、溶けきったと思ったらアーモンドプードルを加えて、よくかき混ぜる。それから牛乳を加えて一煮立ち。それで完成。」
「今年も手間がかかってるな。それにアーモンドプードルねぇ。確かにチョコレートとアーモンドってすごい合うけど。」
「あらかじめ炒ってあるし、香ばしい香りがするから。でもあまり加えすぎるとチョコレートの香りが消されるの。量は加減して。」
「あぁ。」
功太郎はそう言いながら、メモを取っている。響子が居ないときは自分がしないといけないからだ。
バレンタインデー限定のホットショコラを、響子は今年も考えていた。そしてキッチンでは真二郎が型にはめていたチョコレートをパットに打ち出す。今年も二種類だが、今年はホワイトチョコレートも作ってみた。真二郎が厳選して入れたホワイトチョコレートは、功太郎や響子にも評判はいい。
だが功太郎や響子だけでは意見が偏る。なので子供の意見や女の意見を聞きたいと、圭太が呼び出したのはフロアに炒る弥生と香、そして俊だった。あとから一馬もやってくるらしい。その三人と圭太は話をしている。
「足はどうだよ。俊。」
すると俊は少し苦笑いをして言う。
「違和感がありますね。タイムも落ちたし。休んでいる間に筋力が落ちてるみたいだから、今はマシンを使って筋トレとかしてて。」
「でもお前あまり筋肉なさそうなのに。」
「体質かな。両親もあまりがっちりしているタイプではないし。香は、筋肉付いたよな。」
「太ったもん。」
すると弥生は少し笑って言う。
「太ったって言うか、筋肉が付いたって感じ。脂肪よりも筋肉の方が重いから。」
「でもおっぱいは大きくなったみたい。やだな。走るとき邪魔だもん。」
俊はその言葉に少し顔を赤らめる。こんな所でもうぶな男なのだ。
「筋肉の付け方は一馬さんに聞くといいかもな。」
「花岡さん?来るの?」
「近くにスタジオが出来て、そっちに今は行っているみたいだ。終わり次第来るって言っていたけど。」
圭太と響子が別れて、響子は一馬と付き合うようになったと弥生は聞いたとき、やっぱりそうなったかと思った。響子は少し不安定なところがあるのはわかっていたし、それを圭太ががっちりと支えてあげるというには、圭太自身も不安定なところがある。いまだに甘い物を口にしようとしない。それは真子が死んだことをまだ根に持っているからだ。
強烈な過去かもしれない。響子にしても圭太にしても、のうのうと楽にここまで生きてきたわけでは無いのだ。それは自分だってそうなのだから、人のことは言えない。
弥生が香くらいの頃。弥生は他の人よりも体が小さく、中学生の頃でも制服が歩いているようだと言われたくらい幼い感じがした。それを当時の母親は良いことに、借金の返済に娘を売ったのだ。つまり裏のAVに出演させた。いまだにそれはインターネットの違法のコンテンツから見ることが出来るらしい。それがばれて、何度か病院を変える羽目になったのだ。今の病院もそれは知っている。だが院長がいい人だったのが幸いなのか、それとも弥生のように夜勤だったり日勤だったりしても文句を言わないで働いてくれる人材が貴重なのかわからないが、職員も看護師も、そして医師もそのことを口に出そうとはしない。感謝をするべきなのだろう。
そして瑞希もそれを口にしようとしない。響子ほどでは無いが、弥生もその経験からセックスに恐怖があった。だが瑞希は「してもしなくても良い」というスタンスだし、抱くときだって無理矢理ということはない。
あとは瑞希の浮気癖が直っていると確信できれば、このまま結婚するだろう。押しに弱い男なのだから、そのへんばバシッと断って欲しいと思う。
「先にホットショコラと、コーヒーね。」
響子はそう言ってカップをテーブルに置いた。
「ココアとは違うの?」
ホットショコラには生クリームをのせている。それでさらにクリーミーさが増すのだ。
「チョコレートの味がするわ。もう少しでチョコレートも来るだろうけど、先に飲んでみてね。なんだかんだでチョコレートだから、冷えると固まるし。」
「そっか。」
香はそう言ってそのホットショコラに口を付ける。
「あまり甘くないね。でも美味しい。」
「本当。チョコレートの本来の味かな。アーモンドみたいなナッツの香りもするし。コンビニやうちでは絶対作れない味だわ。」
「コレって売れそうですね。」
「やだ。俊君は商売人みたいね。」
響子がそう言って笑ったとき、ドアベルが鳴る。そちらを見るとエレキベースを担いだ一馬が入ってきた。
「賑やかだな。」
「良いタイミングね。今ホットショコラが入ったの。」
響子も少し笑って一馬を迎え入れる。
「そうか。外は冷えるから、そういうモノが良いな。雪が降りそうなくらい寒い。」
「あら。本当?雪なんか降ったら電車が止まるのに。」
「そこまで豪雪じゃ無い。」
一馬はそう言っていったんベースを下ろして、皮のジャンパーを脱ぐ。そしてまたベースを抱えると、今度は弥生たちの席に座ると脇にベースを置いた。
「アーモンドの風味がするな。美味いし、暖まる。」
その様子を俊は見ていて、少し笑って一馬に声をかける。
「花岡さんって、すごい筋トレとかしてますか?」
すると一馬はカップを置いて、首を横に振る。
「毎日走っているが、マシンを使っての筋トレは週に一度有るか無いかくらいだな。別に体を売りにしているわけでは無いし。」
「腹って割れてます?」
「あぁ。」
「俺、割れなくて。」
「食うモノを変えたらどうだろう。体を作るのは良質なタンパク質で……。」
元々剣道をしていたのだ。運動は苦手ではないし、体を動かすのは趣味の範囲だ。音楽のように饒舌にはなれないだろうが、答えれることは答えている。一馬は人との距離を取りたがる男だが、こうやって聞かれれば自分の知っている限りのことを教えたりする男なのだ。人間としてやはり自分にはないものだと、圭太は思っていた。
「チョコレート。出来たよ。」
皿にチョコレートを乗せたモノを二つ持ってきた真二郎は、カウンターを出てそのテーブルに置く。
「こっちは、アルコール入り。こっちはノンアルコール。ホワイトチョコにはアルコールは入っていないよ。」
「わぁ。美味しそう。」
「アルコールって結構入ってますか?」
俊は不安げに真二郎に聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「アルコールに耐性が有れば、大丈夫だと思う。子供は食べると酔っ払うかもね。香ちゃんはノンアルコールの方だけ食べなよ。」
「えー?こっちも美味しそうなのに。」
「駄目。あたしも食べれないから。」
弥生はそう言うと香は少し頬を膨らませる。
「俺しか食べれないのか。」
一馬はそう言うと、そのアルコール入りのチョコレートを手にする。確かにこのチョコレートからは、ブランデーのようなアルコールの匂いがした。
「コニャックを使っているんだ。」
「高いチョコレートだな。」
「一口サイズのあのチョコレートとは全く別物。コーヒーと一緒に食べてみて。」
すると圭太は真二郎に文句が有るように言う。
「そのチョコレートはいくらで売るつもりなんだよ。コニャックなんか、普通のブランデーとは違って……。」
アーモンドプードルにしろコニャックにしろ、右から左に食べれるものでは無い。それを圭太は危惧していたのだ。
真二郎も響子も職人としては一流かもしれないが、商売っ気が全くない。やはり圭太がそこに居てくれなければ、商売として成り立たないのだろう。
「焦げないようにかき混ぜて、溶けきったと思ったらアーモンドプードルを加えて、よくかき混ぜる。それから牛乳を加えて一煮立ち。それで完成。」
「今年も手間がかかってるな。それにアーモンドプードルねぇ。確かにチョコレートとアーモンドってすごい合うけど。」
「あらかじめ炒ってあるし、香ばしい香りがするから。でもあまり加えすぎるとチョコレートの香りが消されるの。量は加減して。」
「あぁ。」
功太郎はそう言いながら、メモを取っている。響子が居ないときは自分がしないといけないからだ。
バレンタインデー限定のホットショコラを、響子は今年も考えていた。そしてキッチンでは真二郎が型にはめていたチョコレートをパットに打ち出す。今年も二種類だが、今年はホワイトチョコレートも作ってみた。真二郎が厳選して入れたホワイトチョコレートは、功太郎や響子にも評判はいい。
だが功太郎や響子だけでは意見が偏る。なので子供の意見や女の意見を聞きたいと、圭太が呼び出したのはフロアに炒る弥生と香、そして俊だった。あとから一馬もやってくるらしい。その三人と圭太は話をしている。
「足はどうだよ。俊。」
すると俊は少し苦笑いをして言う。
「違和感がありますね。タイムも落ちたし。休んでいる間に筋力が落ちてるみたいだから、今はマシンを使って筋トレとかしてて。」
「でもお前あまり筋肉なさそうなのに。」
「体質かな。両親もあまりがっちりしているタイプではないし。香は、筋肉付いたよな。」
「太ったもん。」
すると弥生は少し笑って言う。
「太ったって言うか、筋肉が付いたって感じ。脂肪よりも筋肉の方が重いから。」
「でもおっぱいは大きくなったみたい。やだな。走るとき邪魔だもん。」
俊はその言葉に少し顔を赤らめる。こんな所でもうぶな男なのだ。
「筋肉の付け方は一馬さんに聞くといいかもな。」
「花岡さん?来るの?」
「近くにスタジオが出来て、そっちに今は行っているみたいだ。終わり次第来るって言っていたけど。」
圭太と響子が別れて、響子は一馬と付き合うようになったと弥生は聞いたとき、やっぱりそうなったかと思った。響子は少し不安定なところがあるのはわかっていたし、それを圭太ががっちりと支えてあげるというには、圭太自身も不安定なところがある。いまだに甘い物を口にしようとしない。それは真子が死んだことをまだ根に持っているからだ。
強烈な過去かもしれない。響子にしても圭太にしても、のうのうと楽にここまで生きてきたわけでは無いのだ。それは自分だってそうなのだから、人のことは言えない。
弥生が香くらいの頃。弥生は他の人よりも体が小さく、中学生の頃でも制服が歩いているようだと言われたくらい幼い感じがした。それを当時の母親は良いことに、借金の返済に娘を売ったのだ。つまり裏のAVに出演させた。いまだにそれはインターネットの違法のコンテンツから見ることが出来るらしい。それがばれて、何度か病院を変える羽目になったのだ。今の病院もそれは知っている。だが院長がいい人だったのが幸いなのか、それとも弥生のように夜勤だったり日勤だったりしても文句を言わないで働いてくれる人材が貴重なのかわからないが、職員も看護師も、そして医師もそのことを口に出そうとはしない。感謝をするべきなのだろう。
そして瑞希もそれを口にしようとしない。響子ほどでは無いが、弥生もその経験からセックスに恐怖があった。だが瑞希は「してもしなくても良い」というスタンスだし、抱くときだって無理矢理ということはない。
あとは瑞希の浮気癖が直っていると確信できれば、このまま結婚するだろう。押しに弱い男なのだから、そのへんばバシッと断って欲しいと思う。
「先にホットショコラと、コーヒーね。」
響子はそう言ってカップをテーブルに置いた。
「ココアとは違うの?」
ホットショコラには生クリームをのせている。それでさらにクリーミーさが増すのだ。
「チョコレートの味がするわ。もう少しでチョコレートも来るだろうけど、先に飲んでみてね。なんだかんだでチョコレートだから、冷えると固まるし。」
「そっか。」
香はそう言ってそのホットショコラに口を付ける。
「あまり甘くないね。でも美味しい。」
「本当。チョコレートの本来の味かな。アーモンドみたいなナッツの香りもするし。コンビニやうちでは絶対作れない味だわ。」
「コレって売れそうですね。」
「やだ。俊君は商売人みたいね。」
響子がそう言って笑ったとき、ドアベルが鳴る。そちらを見るとエレキベースを担いだ一馬が入ってきた。
「賑やかだな。」
「良いタイミングね。今ホットショコラが入ったの。」
響子も少し笑って一馬を迎え入れる。
「そうか。外は冷えるから、そういうモノが良いな。雪が降りそうなくらい寒い。」
「あら。本当?雪なんか降ったら電車が止まるのに。」
「そこまで豪雪じゃ無い。」
一馬はそう言っていったんベースを下ろして、皮のジャンパーを脱ぐ。そしてまたベースを抱えると、今度は弥生たちの席に座ると脇にベースを置いた。
「アーモンドの風味がするな。美味いし、暖まる。」
その様子を俊は見ていて、少し笑って一馬に声をかける。
「花岡さんって、すごい筋トレとかしてますか?」
すると一馬はカップを置いて、首を横に振る。
「毎日走っているが、マシンを使っての筋トレは週に一度有るか無いかくらいだな。別に体を売りにしているわけでは無いし。」
「腹って割れてます?」
「あぁ。」
「俺、割れなくて。」
「食うモノを変えたらどうだろう。体を作るのは良質なタンパク質で……。」
元々剣道をしていたのだ。運動は苦手ではないし、体を動かすのは趣味の範囲だ。音楽のように饒舌にはなれないだろうが、答えれることは答えている。一馬は人との距離を取りたがる男だが、こうやって聞かれれば自分の知っている限りのことを教えたりする男なのだ。人間としてやはり自分にはないものだと、圭太は思っていた。
「チョコレート。出来たよ。」
皿にチョコレートを乗せたモノを二つ持ってきた真二郎は、カウンターを出てそのテーブルに置く。
「こっちは、アルコール入り。こっちはノンアルコール。ホワイトチョコにはアルコールは入っていないよ。」
「わぁ。美味しそう。」
「アルコールって結構入ってますか?」
俊は不安げに真二郎に聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「アルコールに耐性が有れば、大丈夫だと思う。子供は食べると酔っ払うかもね。香ちゃんはノンアルコールの方だけ食べなよ。」
「えー?こっちも美味しそうなのに。」
「駄目。あたしも食べれないから。」
弥生はそう言うと香は少し頬を膨らませる。
「俺しか食べれないのか。」
一馬はそう言うと、そのアルコール入りのチョコレートを手にする。確かにこのチョコレートからは、ブランデーのようなアルコールの匂いがした。
「コニャックを使っているんだ。」
「高いチョコレートだな。」
「一口サイズのあのチョコレートとは全く別物。コーヒーと一緒に食べてみて。」
すると圭太は真二郎に文句が有るように言う。
「そのチョコレートはいくらで売るつもりなんだよ。コニャックなんか、普通のブランデーとは違って……。」
アーモンドプードルにしろコニャックにしろ、右から左に食べれるものでは無い。それを圭太は危惧していたのだ。
真二郎も響子も職人としては一流かもしれないが、商売っ気が全くない。やはり圭太がそこに居てくれなければ、商売として成り立たないのだろう。
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