彷徨いたどり着いた先

神崎

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僧侶

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 正月ともなれば豪華なおせちが食卓に上がる。エビやアワビなど普段は口にすることはないと、圭太はそれに箸を延ばす。
「圭太。酒は?」
「もらうよ。」
 兄である信也から日本酒を注いでもらう。この酒もどこかの酒蔵の良い酒のようで、するすると喉に入っていく。
「圭君。」
 着物を着た母が、不機嫌そうにリビングにやってきた。そして圭太と信也の前で先ほどの電話のことを告げる。
「牧野さんから正式に連絡があったわ。私にはもったいない相手でって事で。」
 やはりお見合いは断ってきたか。圭太はそう思いながら酒を口に運ぶ。良い酒だ。余裕があるなら持って帰りたい。響子が喜ぶだろう。
「断られたのか。あっちの繋がりも欲しかったのにな。」
 信也はそういってお猪口を圭太の前に差し出す。すると圭太もそのお猪口に酒を注いだ。
「そんなことをしなくても、あちらとは繋がりはもてる。信也が心配する事じゃない。」
 父はそういって少し笑った。父が言うことは絶対で、信也はそれに口を出すことは出来なかった。それは昔からのことで、なぜかいつも圭太には甘く、すんなりと店を出させたのも信也は面白くなかったのだ。
「圭君。良いお相手はいらっしゃらないの?」
 母は正月ごとにそう聞く。いい加減うんざりだ。だが今年は違う。響子のこともあって、連れてきたいとは思っていたが響子も響子の事情があるのだ。
「いずれ連れてくるよ。」
「言っておくけど、あのAV女優はくずだからな。」
 信也はそういって酒を口に運ぶ。夏子のことを言っているのだろう。夏子と結婚することはないし、恋人ではないのだから、ここに連れてくることはないだろう。
「AV?」
 母は口を押さえて、圭太を見下ろす。すると圭太は首を横に振った。
「心配しなくてもその人じゃないよ。うちの従業員の妹なんだ。だから知り合いではあるけどね。」
「まぁ。そんな人が身内にいるような人を従業員に?」
 ますます怪訝そうな顔になるが、圭太は首を横に振って言う。
「響子のコーヒーがなければ、うちは潰れるから。」
 その言葉に父が笑う。父もそのコーヒーを結婚式の時に飲んで、ほめちぎっていたからだ。
「圭太の所は二号店を出してもいいんじゃないのか。融資をしようか。」
「そのためには人を入れないといけない。せめてあともう一人くらいはね。」
「いたじゃない。あの若い子。」
 母がそう聞くと、圭太は首を横に振って言う。
「俊かな?俊はまだ高校生のバイトだから。年明けにはもう来ない。」
「愛想が良かったわ。あぁいう子が入ると良いわね。あぁ。あのバリスタの子に見習わせたい。」
 響子は愛想がない方だ。だから母が嫌がっているのだろう。だが圭太の所に嫁に来てもらうためには、母にも受けが良くなってもらわないといけないだろう。
 だが響子は人を選ぶところがある。母は間違いなく響子が嫌がるタイプだ。口も聞かないかもしれない。
「響子は響子で良いところもある。話してみればわかるよ。」
 その言葉に信也は首を傾げた。ただの従業員とオーナーの関係ではないように思えるほど、圭太は響子をかばっている。それはどういうことなのだろうか。
 圭太と響子が付き合っているのではないかと思って響子を見張りをさせたことがあるが、響子は圭太とは付き合っていない。別に男がいるようだ。
 それにあの本宮響子という女はどこかで見たことがある。思い出せないが、寝た女というわけでもなさそうだ。
 信也にはああいう女はストライクだ。仕事しかしていないし、プライドも高い。男など必要ないというような女を自分の前に屈しさせ、入れて欲しいと懇願するようにしたい。屈辱にまみれ、それでも生意気そうな目は治らない。根っからのサディストなのだ。
「ちょっと手を出したいタイプではあるな。」
 信也はそういうと、料理を運んで来た妻である小百合が咳払いをした。
「堂々と浮気宣言をしないでよ。」
「悪い。悪い。」
 口だけではそう言うが、この夫婦も変わっていると思う。小百合は別に男がいるし、信也も愛人なら何人もいる。だが両親の手前、そんなことは言えないのだろう。
「……兄さんこそ、相手をまた増やしたいの?」
「何人居ても良いと思うけどな。」
 そう言えば夏子とは切れていないはずだ。こんなところでも兄弟になったのだと、圭太は内心頭を抱えた。

 学生の時、圭太はこの家を離れた。高校にはここから少し離れた学校へ行くために、寮に住むことになったのだ。だからこの部屋が夏が恣意とはあまり思えない。
 モテる男は寮の中に女子生徒を連れ込んで、セックスをしていたこともあるが見つかれば停学になったりすることもある。ここはそんな場ではない。セックスがしたいなら、寮以外の所ですればいいのだとあのときの圭太は強がっていた。自分は童貞のくせに。
 バスケットばかりをしていて、クローゼットの中にはあのとき使っていたバーベルなんかがしまわれていた。今はそのバーベルも重く感じる。
 そしてその奥に手を伸ばすと、段ボールの中にテキストやノートが出てくる。そしてその下。ノートを避けると雑誌が数冊出てきた。
 それは思春期の男の子なら誰しも通る道だ。グラビアのページには、女子高生に扮した女優が胸をはだけさせてスカートを穿いたまま男優に入れ込まれている。女とはどんな感触なのだろうと、想像をした日々だった。
 そのとき、部屋のドアが開く音がした。圭太は慌ててその本をしまう。するとそこには信也が立っていた。
「こんなモノまで取ってるんだな。」
「母さんが取っていたんだろう。」
「処分していいのにな。」
「したいならして欲しいと言っておけ。それよりも……。」
 信也はベッドに腰掛けると、圭太を見据えた。
「お前の女って言うのは誰なんだ。」
「……兄さんは会ったことがあるよ。」
「まさか愛蜜だというオチはないんだろう?すっかりマゾヒストだな。この間、自分で濡らして入れてきたぞ。手間をかけなくて済むから楽だな。」
「違う。」
 段ボールを奥にしまい、圭太はそのクローゼットの扉を閉める。
「姉の方だ。」
「姉?まさか……お前、従業員に手を出しているのか。」
「そうだけど。」
「あの女……。」
 信也は一気によいがさめたように口走りそうになった。だがそれを言うわけにはいかない。
「どうしたんだ。」
「……別に男が居るだろう。」
 その言葉に圭太は首を横に振った。
「そんなわけ……。」
「そんなわけあるんだよ。毎日ランニングをしていて、そこで会う男が居るはずだ。その男と……。」
「違う。そんなわけがない。」
 ランニングを日課にしようとしているのは知っている。だがその先に男がいるとは考えたくなかった。
 そしてその男が誰なのか。圭太には安易に想像が付く。そしてその男に響子が惹かれたとしたら。それだけで恐怖だった。
 だが圭太はそれを響子に聞くことは出来ない。自分だって誤魔化さなければいけないことがあるからだ。
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