彷徨いたどり着いた先

神崎

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性癖

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 コンビニのスピーカーから年越しの音楽が流れている。圭太はそれを聞きながら、弁当を買い店に戻っていった。もう今年も数日だ。大晦日は店を開けるが、正月は三日から営業を開始する。
 正月には響子を実家に連れて行きたいと思っていたが、その響子は正月は夏子とともに実家に帰るといっていた。圭太も実家に帰ればなんだかんだと引き留められる。結局何も変わっていない。そう思いながら店に帰ってきた。店の中は少しゆっくりしている。カウンターには功太郎の姿があり、コーヒーを淹れながらも客を回すことが出来るようだ。
 今バックヤードにいるのは俊と響子。俊も響子も自作の弁当を持ってきているらしい。そして圭太も本当は作る予定だったが、夕べは夏子が来ていたので作る暇はなかった。
 結局流されるようにセックスをしている。面倒だと思いながらも、その体にはまっている自分がいた。そして響子とは体を重ねていない。このままだと夏子の方が経験が増えそうで、どっちが恋人なのかわからなくなってくる。
 そう思いながら、バックヤードのドアを開けた。すると二人は弁当を食べ終わり、何か話をしているように見える。だがそれは愉快な話とは思えない。響子はあからさまに嫌な顔をしているし、俊はあわてているように見えた。
「その弁解は辞めなさいよ。自分だけがいい子ぶらないで。」
「そんなつもりは……。」
「そんなつもりよ。若い子ってそんなものなのかしらね。」
 お茶を飲んで、ため息を付く。その様子に圭太も折りたたみのいすを出して、俊の方をみる。
「何かあったのか。」
「……若い子には付いていけないわね。」
「年寄りぶるなよ。」
「もう二十九ですからね。」
 圭太は弁当を取り出して俊の方をみる。すると俊はため息を付いた。
「たかがキスでしょ?」
「は?」
 誰かとキスをして響子が怒っているのだというのだろうか。俊が誰とキスをしても良いと思うのだが、それで響子が怒るのは筋違いだ。
「誰と?お前、彼女いないっていってなかったっけ?」
「いないですよ。ただ、どんなもんかと思って経験はしたいと思ってました。でも肩すかしっていうか。」
「肩すかし?」
「「白日」って小説があるんですよ。」
「あぁ。お前が好きな小説家の本だろ?」
 弁当の蓋を取って、割り箸を取り出す。そしてお茶も用意した。既製品だらけで嫌になる。今日は食事を作ろうと思った。
「「唇を合わせるだけで顔が赤くなる。軽く触れただけなのに電気が走るようだ。」って言うのがあって、それをしてみようと思ってたけど……まぁ、そんなことはなかったし。」
「それは感情の問題だろうな。俺、その本読んだことがあるけど、リアルな恋愛小説だなと思ったよ。ミステリーだけどな。」
 巧妙なトリックと、壊れた人間を描写するのが上手な作家だ。初期の頃は恋愛の要素が全くないような描写をしていたのに、結婚して子供が出来たら作品の幅が広がった気がする。その本は結婚してすぐに出した本だ。恋愛がなんたるかというのが実感してわかったのかもしれない。
「誰としたと思う?」
 不機嫌そうに響子が圭太に聞く。すると圭太は首をひねった。
「さぁ。お前、彼女とか居ないんだろ?高校の先輩とか同級生とか、そんなところじゃないの?」
 圭太もそんなものだった。高校の時のバスケ部の後輩が相手で、ロマンチックとは言い難かった。今の俊のように「こんなものか」と思ったくらいだ。
「香ちゃんだって。」
 その名前に圭太はお茶を噴きそうになった。まさか小学生相手にキスをしたというのだろうか。
「お前、ロリコンだったのか?」
「いや。そりゃ、歳は十二とかですけどね。そんな風に見えないじゃないですか。」
「そんな問題じゃないでしょ?」
 響子はそう言うと、俊は口を尖らせた。
「せめて中学まで待てなかったの?」
「そんなんじゃなくて。」
「っていうか、お前香のことが好きだったのか?」
「違います。」
「好きじゃないのにしたのか?」
 圭太もその答えに呆れたように聞いていた。若い男とはそんなものなのだろうか。
「あー……そうじゃなくて……何ていうか。」
 どうやら最近二人で食事をすることが多かったらしい。そのあとは、冬休みの宿題を二人でしているうちに父親が帰ってきたり、弥生が帰ってきたりする。そうなれば、俊は自分の家に帰るのだ。
 そのわずかな期間だった。香が急に俊に近づいてきたのだという。
「魅力の話をしててですね。自分に女としての魅力がないのかっていってきて。それで……まぁ、俺よくわかんなかったし、適当に答えてたら「キスしてみない?」って言ってきて。」
「それで好奇心からしてみたってことか。ふーん。まぁ、普通の高校生の発想だよな。」
「でも……。」
「響子は神経質になりすぎ。」
 響子はファーストキスも初体験も自分が望んでいない形で済ませてしまったのだ。だから望んで出来るのに、そんなに適当に済ませてしまった俊や香に腹が立っているのだ。
「それはともかくとしてね。それって絶対後悔するから。」
「俺、たぶん二度としないかもしれないですね。」
「は?」
「ぐいぐいこられるの苦手だってわかったし。」
 と言うことは香から迫ったということだろうか。しかし香ならやりかねないと、圭太は思っていた。あの天真爛漫さで、迫ったのだろう。
「せめて功太郎だったら良かったのにな。」
「淫行で捕まるわ。」
 響子はそう言って溜め息を付く。すると表から功太郎が声をかける。
「誰か出てきてくれねぇか。俊でも良いから。」
「あ、じゃあ俺行きます。」
「休憩はしっかりとれよ。」
「はい。」
 いすを片づけて俊は逃げるようにフロアに出ていく。その様子に響子はため息を付いた。
「本当に、若い子ってのは。」
「お前は若くねぇのか。」
「二十九よ。一般的にはおばさんと言われても仕方がない歳よね。うちにはいないけど、いとこなんかにはもう子供が居るから。」
「……でも功太郎は良い気持ちじゃないだろうな。」
「どうして?」
「あいつ、香のことが好きじゃん。」
「……嫌な感じね。」
 そう言った響子の手が震えている。響子が拉致されたとき、響子に入れ込んだ男たちの中には、十個以上年上の人もいた。それを思い出したのだろう。
「思い出すなよ。」
 圭太はその手に気が付いていた。響子はあのことを思い出すと、震えがくるのだ。
「……この間、雅さんが来たの。もう一人捕まりそうだって。正確には何人居たのかはわからないし、一度しかしていない人もいるのだからきりがないのかもしれないけれど。」
「首謀者ってのは捕まってないんだってな。」
「えぇ。」
「その首謀者が捕まったら、雅さんはもう捜査を切るつもりなのかな。」
「そうして欲しいと言ったわ。もう思い出したく無いし。」
「それに捕まったからってお前の病気が治る訳じゃないしな。その辺も含めて「もう捜査をしなくて良い」って言ったんだろう?」
「えぇ。」
「被害者はお前なんだから、お前がもう良いって言うんだったらそれで良いと思うけどな。俺も。」
 圭太なりの気を使うような言葉が辛くてお茶を飲んでも、圭太の方を向くことは出来なかった。圭太を裏切っているようだったから。
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