彷徨いたどり着いた先

神崎

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修羅場

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 コンビニでコーヒーを買ったあと、有佐はライブハウスの入り口で、一馬は加奈子と何か話をしているようだ。だがそれは一方的に加奈子が話しているように見えて、一馬は戸惑っているように思えた。
 有佐はそう思いながら、その二人に近づく。
「ちょっとコンビニが込んでたわ。花岡さん。お待たせしました。」
「水川さんと話が?」
「えぇ……。」
 すると加奈子は少し笑って言う。
「そう言えば水川さんも強い方なんですよね。」
「何が?」
「性欲。」
 夜の仕事をしていたらそんなものなのだろうか。有佐は少し呆れたように加奈子を見ている。おそらく一馬は噂が一人歩きしているようなところがあり、実際話してみればあまり一馬に経験がないのはだいたいわかる。
 だから絶倫という噂があっても、有佐が簡単に手は出さないのだ。
「えぇ、そうね。」
「花岡さんとも?」
「したことはないわ。スタッフとはしない主義なの。これから繋がりを大切にするなら、体の繋がりは持たない方が良い。二人とも覚えておいた方が良いわよ。」
 一馬もそれで失敗したのだ。だから簡単にこの業界の人とは繋がりを持ちたくなかった。
「でも……。」
「牧野さん。あまり波風は立てない方が良いわ。」
「……。」
「花岡さんがバイトもしないで音楽一本で食べていけるのが羨ましいのかもしれないけれど、それだけ花岡さんも努力をしているわ。いろんな音楽を聴いて、どんなジャンルにも染まろうとしている。ジャズは久しぶりかしら。」
「そうですね……。最近は音楽番組なんかに呼ばれることが多くて。こんなにスタンダードなジャズは久しぶりです。俺も、少しスタンドプレイなところがあるんで、本番はドラムに合わせますから。」
「頼もしいわね。」
 有佐はそう言って少し笑う。すると加奈子は悔しそうに、階段を下りていった。その後ろ姿を見て、有佐はため息を付く。
「前からよく共演をしていたと聞いたから、相性がいいのかと思ったらそうでもないわね。」
「この世界は足の引っ張りあいでしょう。特に、ピアノとなれば尚更で。」
「そうね。」
「……。」
 元々クラシックをしていて、その勉強がしたいと留学費用をためるのに水商売をしていた。そしてやっと留学し思ったように勉強できたはずなのに、肝心のコンクールでミスをして全てが水の泡になった。
 本当なら、外国のレーベルなんかに籍を置いても良さそうなのに。
 だから一馬のことがまぶしく見えたのかもしれない。
「スタンダードジャズを歌いたいってあの曲をセレクトしたみたいだけど、花岡さんから聞いてどう?」
「どうって言われても……。」
「合ってない?」
「……元々何か違うジャンルを歌っている人じゃないんですか?谷川さんは。」
 この世界のことをあまり知らない男の発言だ。有佐は少し言葉に詰まり、一馬に言う。
「そうね。元々谷川さんは、バンドを組んでいてね。ジャンルはブルースに近いものかしら。」
「ブルースか……。」
 だとしたらロック色が強いだろう。確かにジャズは畑違いだ。
「ベースを強くしてくれって言ったのもそのせいかもしれないわね。でも低音を強くすれば、元々低めの声なのに埋もれてしまうのよね。」
「そんなことはないでしょう。男性だったらともかく、女性の声なんだから。」
 その言葉に有佐はふと一馬を見る。
「そんなものなのかしら。」
「男と女ではキーも違うし、ベースに埋もれることはないと思いまどけどね。それで歌いやすいんだったら、そっちに切り替えた方が良いと思いますけど。」
「……ん……。」
 有佐は考えを巡らせながらコーヒーにまた口を付ける。
「最近のコンビニコーヒーも捨てたもんじゃないわね。結構いけるわ。」
「えぇ。」
 一馬もコーヒーに口を付ける。だが有佐はいたずらっ子のように言った。
「あれね。」
「何ですか?」
「それでも響子が淹れたものとは雲泥の差ね。」
 まさか響子の名前が出ると思ってなかった。一馬はせき込んで、有佐を忌々しそうに見る。
「何で……。」
「あら。あれから響子の店には行った?」
「響子さんの店じゃなくて……。オーナーの……。」
 すると有佐は一馬の方に手を乗せて声を潜めて聞く。
「した?」
 その言葉に一馬の頬が赤くなる。純情な男なのだ。セックスはスポーツ感覚だった有佐には新鮮に映る。
「高校生じゃあるまいし。」
「……慣れてないんですよ。そういう話題。」
「響子って案外体力あるでしょ?あたしよりも体力ありそう。」
「たぶん。」
「さっさとオーナーから奪いなさいよ。もたもたしてたら、響子が妊娠したりするわよ。」
 圭太との間に子供が出来る。それは考えもしないことだった。
 一度、響子からそのまま欲しいと言われたことはある。だが子供が出来るのをおそれた一馬が、それを拒否したのだ。
 だが圭太との間に子供は出来てもおかしくはない。その場合、反対しているという圭太との親も黙ってしまうだろう。そして一馬の出番はなくなってしまう。
「響子が……。」
「あのオーナーには、感謝をしないといけないかもしれない。ずっとセックスに消極的だったものね。体を開いたっていうのは、納得ができる。だけど家との問題だったら別。」
「……。」
「あんなぼんぼんの所に行ったところで響子が幸せになれるわけがないから。」
 圭太もすごい言われようだと思う。圭太に恨みでもあるのだろうか。
 そう言えば、この人は真二郎と繋がりがあったはずだ。恋人ではなくてもセックスをする仲だという。
「そう言えば、真二郎さんとは色々あるんでしょう?」
「えぇ。まぁ色々とね。」
「真二郎さんは、オーナーに何か恨みがありそうだった。」
 すると有佐はそれを口にする。するとさすがの一馬もその言葉に引いてしまった。
「マジですか……。それが真実だとしたら……。」
「そうでしょう?」
 ますます圭太から響子を奪わないといけない。一馬はそう思いながら、携帯電話をチェックする。まだ響子のメッセージは返ってこないし、既読も付いていない。
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