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修羅場
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詳しい事情は聞けなかったが、どうやら「clover」に逆恨みをした同業者がこの店の付け入る隙として、響子をターゲットにしたらしい。ここの従業員は叩けば埃が出てくるような人たちばかりだ。だがそれをあえて響子をターゲットにしたのは、世間体として一番話題として派手だし落としやすいと思ったのだろう。
だが響子にとって拉致されたことは、今でも心の傷として癒えることはない。いくら抱いても、愛の言葉を囁いても、全てを忘れさせる事は出来ないのだから。
そして未だにそれが話題に上るのは、その時の画像や映像がまだ流れている事にも言える。あまり公に閲覧できないようなサイトに、響子の今の写真と拉致されていたときの写真や動画が閲覧できるらしい。
「……。」
一馬はK町に住んでいる。繁華街として有名な町で、ホストやキャバクラ嬢、ホステスなど目にすることはいつものことだったし、その界隈の人たちは一馬の顔をみんな知っている。
だがそれは同時に、犯罪も多いと言うことになる。嫌がる女や男を無理矢理車に乗せてどこかに連れ去るのも日常だった。そのため警察官がいつも目を光らせているが、それでもそういう人たちは減らない。借金なんかにまみれている人たちなのだから、文句は言えないだろう。
そんな人たちが何をされているのかはわからない。だが、そんな人たちと並んで響子の昔の動画なんかが載っているのは腹が立つ。
「どうにかならないものかな。」
一馬はそう呟いて、家路を急ぐ。明日は、ライブがある。ジャズの有名ボーカリストがクリスマスライブをするのだ。半分ディナーショーみたいなもので、客は食事や酒と音楽に酔いしれる。響子はあまりジャズには興味がない。その場にいてもあまりぴんとこないだろう。
その時家の方向から、葉子が歩いてきていた。こんな時間に珍しいと、一馬は声をかける。
「葉子さん。」
「あら。一馬君。」
こちらもあまり元気が無さそうだ。また兄がキャバクラか何かに行ったのかもしれない。
「こんな時間にどうしたんですか。」
「ちょっと警察にね。」
「警察?」
物騒な話だ。何かあったのだろうか。
「うちの人がお客様に誘われて行ったお店で手入れが入ってね。引き取りに行くのよ。」
「何もなかったんでしょう?」
「えぇ。当然よ。何かあったら困るわ。一馬君、とりあえず家に戻ってくれる?子供たちだけだから。」
「わかりました。」
普段はおおらかだが、こういう時は割と弱い。元々この地域の人ではないし、手入れなんかは日常だった一馬には自然の光景だが葉子はそのたびに神経をすり減らしている。
それでも慣れてもらわないと困るのだ。ここに嫁としてきてもらったのだから。
やっと最後のケーキが仕上がったとき、もう日付をまたいでいた。くたくたになりながら、みんなはその最後の箱を閉じる瞬間を見ていた。
「これで予約分は終わりだね。」
「はー……。」
保管用の冷蔵庫も一杯で、ショーケースすらどうしても出るだろうというケーキ以外は、箱で詰められた。
「それから明日は、飛び込み客のためにまた焼くよ。」
「それはお前一人でもいけるのか?」
「大丈夫。」
「だったら、功太郎は明日は響子の手伝いをしろよ。」
「え?」
響子はその言葉に驚いて圭太を見る。
「私は大丈夫だから。」
「いいや。手伝ってもらえよ。去年だってイートインは割と出てるんだ。コーヒーだけじゃなくて、その他の飲み物だって結構出るんだし。ほら、ホットショコラとか。」
「……それもそうね。だったらお願いするわ。」
素直にそう言うと、功太郎は少し笑う。
「とりあえず着替えてくるか。響子。先に着替えろよ。」
「えぇ。」
響子はカウンターを出ると、バックヤードへ向かった。だが真二郎にはやはり響子が元気がなかったように思える。
「怖いんだな。やっぱり。」
「……。」
「仕事の時は集中していたから何の支障もなかったけど。」
「あのさ。真二郎。」
「ん?」
真二郎はカウンターを出ると、圭太の方を見る。
「前の店にいたときは、そんなことはなかったのか?」
「あぁ。あんな罵倒をいわれること?あったね。でもあんなに直球に言われることはなかった。それだけこの店が有名になってしまったからかもしれない。」
「……売り上げが上がって浮き足立ってる場合じゃないよな。」
圭太はそう言っていすに座ると、どうするべきなのかとため息を付く。インターネットの事情はあまりわからないし、何より響子がそれをも止めているのかもわからない。ただ言われて黙ったり頭を下げる位しかしていないのだから。
慰めることは出来る。だがそれでは根底での解決にはならない。
「なぁ。オーナー。」
功太郎がエプロンをとって圭太に話しかける。
「どうした。」
「そう言うのって弁護士とかに相談できないのか。石黒とか。」
圭太の大学の友人で、弁護士をしている男だ。確かに法律のプロなのだから、出来ないことはないだろう。石黒ではなくてもつてでIT南下に強い弁護士もいるかもしれない。
「無駄だよ。」
真二郎はそういって否定する。
「何で?」
「相談は結構したんだ。お祖父さんと一緒にその弁護士なんかにも相談したし、警察にも相談したことはある。だけど決まって「捕まえるとなるとどれくらいの人が関わっているかわからない。それに海外のサーバー経由になれば、国交にも問題が出る。個人的な事情で、そこまでは出来ない」と言われたこともあるんだ。」
だから泣き寝入りをしているのか。そして雅のような警察官が虱潰しに調べることくらいしかできないのか。
「んー……。」
これは店にも関わってくることだ。圭太はそう思いながら、背伸びをする。こういう事は兄が詳しいが、あまり兄には関わりたくなかった。何せ、あまりいい噂を聞かない男なのだから。
「うちで出来ることは、そういった客を入れないことだ。オーナーにはその見極めをしてもらわないといけない。だからあまり店を離れてもらったら困る。」
「そうだな。配達は、功太郎に任せるか。お前、だいたい道はわかるか?」
「地図アプリを活用するし。」
「……ナビ使って良いから。あと……。」
詳しい話をしている二人を後目に、真二郎はため息を付く。やはり頭の中はまだ脳天気なのだ。
もしかしたらその元凶は、自分の兄かもしれないのに。
だが響子にとって拉致されたことは、今でも心の傷として癒えることはない。いくら抱いても、愛の言葉を囁いても、全てを忘れさせる事は出来ないのだから。
そして未だにそれが話題に上るのは、その時の画像や映像がまだ流れている事にも言える。あまり公に閲覧できないようなサイトに、響子の今の写真と拉致されていたときの写真や動画が閲覧できるらしい。
「……。」
一馬はK町に住んでいる。繁華街として有名な町で、ホストやキャバクラ嬢、ホステスなど目にすることはいつものことだったし、その界隈の人たちは一馬の顔をみんな知っている。
だがそれは同時に、犯罪も多いと言うことになる。嫌がる女や男を無理矢理車に乗せてどこかに連れ去るのも日常だった。そのため警察官がいつも目を光らせているが、それでもそういう人たちは減らない。借金なんかにまみれている人たちなのだから、文句は言えないだろう。
そんな人たちが何をされているのかはわからない。だが、そんな人たちと並んで響子の昔の動画なんかが載っているのは腹が立つ。
「どうにかならないものかな。」
一馬はそう呟いて、家路を急ぐ。明日は、ライブがある。ジャズの有名ボーカリストがクリスマスライブをするのだ。半分ディナーショーみたいなもので、客は食事や酒と音楽に酔いしれる。響子はあまりジャズには興味がない。その場にいてもあまりぴんとこないだろう。
その時家の方向から、葉子が歩いてきていた。こんな時間に珍しいと、一馬は声をかける。
「葉子さん。」
「あら。一馬君。」
こちらもあまり元気が無さそうだ。また兄がキャバクラか何かに行ったのかもしれない。
「こんな時間にどうしたんですか。」
「ちょっと警察にね。」
「警察?」
物騒な話だ。何かあったのだろうか。
「うちの人がお客様に誘われて行ったお店で手入れが入ってね。引き取りに行くのよ。」
「何もなかったんでしょう?」
「えぇ。当然よ。何かあったら困るわ。一馬君、とりあえず家に戻ってくれる?子供たちだけだから。」
「わかりました。」
普段はおおらかだが、こういう時は割と弱い。元々この地域の人ではないし、手入れなんかは日常だった一馬には自然の光景だが葉子はそのたびに神経をすり減らしている。
それでも慣れてもらわないと困るのだ。ここに嫁としてきてもらったのだから。
やっと最後のケーキが仕上がったとき、もう日付をまたいでいた。くたくたになりながら、みんなはその最後の箱を閉じる瞬間を見ていた。
「これで予約分は終わりだね。」
「はー……。」
保管用の冷蔵庫も一杯で、ショーケースすらどうしても出るだろうというケーキ以外は、箱で詰められた。
「それから明日は、飛び込み客のためにまた焼くよ。」
「それはお前一人でもいけるのか?」
「大丈夫。」
「だったら、功太郎は明日は響子の手伝いをしろよ。」
「え?」
響子はその言葉に驚いて圭太を見る。
「私は大丈夫だから。」
「いいや。手伝ってもらえよ。去年だってイートインは割と出てるんだ。コーヒーだけじゃなくて、その他の飲み物だって結構出るんだし。ほら、ホットショコラとか。」
「……それもそうね。だったらお願いするわ。」
素直にそう言うと、功太郎は少し笑う。
「とりあえず着替えてくるか。響子。先に着替えろよ。」
「えぇ。」
響子はカウンターを出ると、バックヤードへ向かった。だが真二郎にはやはり響子が元気がなかったように思える。
「怖いんだな。やっぱり。」
「……。」
「仕事の時は集中していたから何の支障もなかったけど。」
「あのさ。真二郎。」
「ん?」
真二郎はカウンターを出ると、圭太の方を見る。
「前の店にいたときは、そんなことはなかったのか?」
「あぁ。あんな罵倒をいわれること?あったね。でもあんなに直球に言われることはなかった。それだけこの店が有名になってしまったからかもしれない。」
「……売り上げが上がって浮き足立ってる場合じゃないよな。」
圭太はそう言っていすに座ると、どうするべきなのかとため息を付く。インターネットの事情はあまりわからないし、何より響子がそれをも止めているのかもわからない。ただ言われて黙ったり頭を下げる位しかしていないのだから。
慰めることは出来る。だがそれでは根底での解決にはならない。
「なぁ。オーナー。」
功太郎がエプロンをとって圭太に話しかける。
「どうした。」
「そう言うのって弁護士とかに相談できないのか。石黒とか。」
圭太の大学の友人で、弁護士をしている男だ。確かに法律のプロなのだから、出来ないことはないだろう。石黒ではなくてもつてでIT南下に強い弁護士もいるかもしれない。
「無駄だよ。」
真二郎はそういって否定する。
「何で?」
「相談は結構したんだ。お祖父さんと一緒にその弁護士なんかにも相談したし、警察にも相談したことはある。だけど決まって「捕まえるとなるとどれくらいの人が関わっているかわからない。それに海外のサーバー経由になれば、国交にも問題が出る。個人的な事情で、そこまでは出来ない」と言われたこともあるんだ。」
だから泣き寝入りをしているのか。そして雅のような警察官が虱潰しに調べることくらいしかできないのか。
「んー……。」
これは店にも関わってくることだ。圭太はそう思いながら、背伸びをする。こういう事は兄が詳しいが、あまり兄には関わりたくなかった。何せ、あまりいい噂を聞かない男なのだから。
「うちで出来ることは、そういった客を入れないことだ。オーナーにはその見極めをしてもらわないといけない。だからあまり店を離れてもらったら困る。」
「そうだな。配達は、功太郎に任せるか。お前、だいたい道はわかるか?」
「地図アプリを活用するし。」
「……ナビ使って良いから。あと……。」
詳しい話をしている二人を後目に、真二郎はため息を付く。やはり頭の中はまだ脳天気なのだ。
もしかしたらその元凶は、自分の兄かもしれないのに。
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