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修羅場
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テンパリングが終わったチョコレートをまたチョコレート生地にチョコクリームなどが挟まったケーキに垂らしていく。このケーキもまたブッシュ・ド・ノエルとは違うケーキが欲しいという客がいるので焼いているものだ。
「我慢しなくてもいいって言ったのにね。」
真二郎はそう言って響子を見る。響子は俯いて涙を堪えているようだった。
「……そうだけど……やっぱり人の店だし。」
「オーナーも追い出すよ。あんな客は。」
「……。」
「響子。やっぱりやりにくいんじゃないの?この店。」
その言葉に響子は首を横に振る。だが前々から真二郎が言っていたことだ。洋菓子屋であり、喫茶店ではない。飲み物には普通よりはこだわっているが、本来はマシンで入れたようなコーヒーでも悪くないのに響子がそのケーキに合わせたコーヒーを淹れているのだ。それが良い評判だったらいい。
評判が良くなればなるほどあぁいう客は多くなる。
「明らかにあの客は、この店の評価を落とそうとしていたよ。それは響子の過去を知っていて、そこをつけ込んだんだ。」
「そうだと思うわ。だからといって否定できない。」
「響子。」
「そう言う風にしておけば、波風は立たないのよ。」
またそうやって我慢をする。それが真二郎には耐えられない。
「響子。」
キッチンに功太郎の声が聞こえた。
「クレープ普通に作っていいって言ってるよ。客。」
「え……。」
「あんな客だけじゃねぇんだよ。生クリームをもりもりに盛ってやって。」
すると響子は赤い顔のまま笑う。
「わかったわ。オーナーがいない間にそうする。」
そうだ。あんな客ばかりじゃない。良い客もいれば、悪態を付く客だっているのだ。そういうことに響子はここの所無かったから、安心していたのだろう。
それは圭太であり、功太郎であり、真二郎が守ってくれたから。響子はまた帽子をかぶり直すと、ガスレンジの前に立つ。
案外ショックは受けてなかったと思いながら、功太郎はコーヒーまめをミルで挽いていた。だがショックだったのは俊の方だったかもしれない。まだ顔色が良くなかった。
「お前、あぁいう所って出くわしてなかったっけ。」
「はい。」
「珍しい事じゃねぇよ。俺だって女が怒鳴り込んできたこともあるんだし。」
「え?」
いつか合コンへ行った女とセックスをした。女は彼氏が出来たと思いこんでいたのかもしれないが、功太郎は一晩限りのつもりだった。だからずっと連絡を無視していたら、店に怒鳴り込んできたのだ。あのときは圭太が何とかしてくれたが、圭太は「自分の尻拭いが出来ないなら女遊びなんか辞めろ」と言ったのを覚えている。
「……でもあんなにまっすぐに言われると思ってなかったから。」
「あのな。さっきも言ったけど珍しい事じゃねぇんだ。」
「え?」
「この店って評判良いじゃん。ケーキもコーヒーも美味いし。だから同業者にとっては目の上のたんこぶだろ?」
「そうですね。」
「だから何とかこの店の評価を落とそうと必死なんだよ。」
「それで……あんな事を?ぜんぜん店には関係ないのに。」
「関係なくてもやるんだよ。世の中ってのは足の引っ張り合いなんだから。お前の父ちゃんだってそうなんだろ?」
考えたこともなかった。ホストをしていて、二号店が出ると言っていたのは、父の努力のたまものだと思っていたから。だがその父親もきっと、足を引っ張り合って今の地位にいるのだと思うと複雑に思えた。
「真面目だけじゃ、馬鹿を見るんだ。」
その時、入り口から箱とビニールを盛った圭太が戻ってきた。
「ただいま。はーっ。案外ピザってのは重いな。」
「ひょろひょろしてるからだろ?」
功太郎はそう言って悪態を付く。そしてコーヒーを淹れていると、キッチンから出来上がったクレープを盛ってきた響子が、カウンターにクレープを置く。
「コーヒーはあがる?」
「もうちょっとかな。」
その時エプロンを身につけた圭太がカウンターに置いているクレープに目を付けた。
「クリームでかくねぇ?」
「目の錯覚。」
何も事情の知らない圭太が、呆れたようにクレープを見ていた。
閉店後、ケーキを作る前にみんなでピザを口にしていた。仕事の前に腹を満たすのだ。
「ふーん。他店のね。」
自分のいない間にまた響子がやり玉に挙がっていた。確かにインターネットの噂とかで、響子のことを面白可笑しく書いている人もいるが、そんな噂を期待してきている人たちはどんな淫乱なAV女優みたいな女かと期待してくることもある。
だが実際の響子は飾り気もないし、愛想もないし、元々饒舌でもないので、みんな肩すかしだと言って帰って行くらしい。
「このチキン、骨が多いよ。」
功太郎はそれを口にして文句を言う。
「いやだったら食うな。」
響子もそのピザを口にして、圭太の方を見た。
「迷惑がかかっていないかしら。」
「そいつがアホなだけだろ。別に迷惑とか思ってねぇし。真二郎が追い払ってくれて良かったよ。」
「そうね。」
すると真二郎は少し笑って圭太に言う。
「前から思ってたんだけどね。」
「何だよ。」
「配達はオーナーが行くべきじゃないって思う。功太郎は免許は?
「持ってるよ。」
「だったら功太郎に行かせるべきだね。」
「んー……。でもお前、ミッション運転できる?」
「出来ると思うよ。あまり自信はないけど。」
「練習してくれるかな。そうじゃないと、こんな事がいつも起きていたら、俺もカバーできないかもしれないし。」
「……。」
「恋人なんだろ?いちゃつくだけが恋人ってわけじゃないんだから。」
真二郎に言われると思ってなかった。響子はそう思いながら、真二郎の方を見る。
「真二郎さ。今まで響子を守ってきたのを、俺に渡そうとしてる?」
「うん。」
それが真実の言葉に思えない。
だったらあの部屋で襲ってきたことは何だったのだろうとも思えてくる。
その時だった。店の入り口があいた。圭太はピザを置くと、席を立つ。
「すいません。今日はもう閉店でして。」
入ってきたのは一馬だった。手にはビニールの袋が握られている。
「花岡さん。」
「差し入れをしにきました。良かったらみなさんで。」
「ありがとうございます。すいません。」
圭太はそれを受け取って三人の所へ向かう。その圭太が背中を向けている間、響子と目があった。響子は少し元気が無さそうだった。
「我慢しなくてもいいって言ったのにね。」
真二郎はそう言って響子を見る。響子は俯いて涙を堪えているようだった。
「……そうだけど……やっぱり人の店だし。」
「オーナーも追い出すよ。あんな客は。」
「……。」
「響子。やっぱりやりにくいんじゃないの?この店。」
その言葉に響子は首を横に振る。だが前々から真二郎が言っていたことだ。洋菓子屋であり、喫茶店ではない。飲み物には普通よりはこだわっているが、本来はマシンで入れたようなコーヒーでも悪くないのに響子がそのケーキに合わせたコーヒーを淹れているのだ。それが良い評判だったらいい。
評判が良くなればなるほどあぁいう客は多くなる。
「明らかにあの客は、この店の評価を落とそうとしていたよ。それは響子の過去を知っていて、そこをつけ込んだんだ。」
「そうだと思うわ。だからといって否定できない。」
「響子。」
「そう言う風にしておけば、波風は立たないのよ。」
またそうやって我慢をする。それが真二郎には耐えられない。
「響子。」
キッチンに功太郎の声が聞こえた。
「クレープ普通に作っていいって言ってるよ。客。」
「え……。」
「あんな客だけじゃねぇんだよ。生クリームをもりもりに盛ってやって。」
すると響子は赤い顔のまま笑う。
「わかったわ。オーナーがいない間にそうする。」
そうだ。あんな客ばかりじゃない。良い客もいれば、悪態を付く客だっているのだ。そういうことに響子はここの所無かったから、安心していたのだろう。
それは圭太であり、功太郎であり、真二郎が守ってくれたから。響子はまた帽子をかぶり直すと、ガスレンジの前に立つ。
案外ショックは受けてなかったと思いながら、功太郎はコーヒーまめをミルで挽いていた。だがショックだったのは俊の方だったかもしれない。まだ顔色が良くなかった。
「お前、あぁいう所って出くわしてなかったっけ。」
「はい。」
「珍しい事じゃねぇよ。俺だって女が怒鳴り込んできたこともあるんだし。」
「え?」
いつか合コンへ行った女とセックスをした。女は彼氏が出来たと思いこんでいたのかもしれないが、功太郎は一晩限りのつもりだった。だからずっと連絡を無視していたら、店に怒鳴り込んできたのだ。あのときは圭太が何とかしてくれたが、圭太は「自分の尻拭いが出来ないなら女遊びなんか辞めろ」と言ったのを覚えている。
「……でもあんなにまっすぐに言われると思ってなかったから。」
「あのな。さっきも言ったけど珍しい事じゃねぇんだ。」
「え?」
「この店って評判良いじゃん。ケーキもコーヒーも美味いし。だから同業者にとっては目の上のたんこぶだろ?」
「そうですね。」
「だから何とかこの店の評価を落とそうと必死なんだよ。」
「それで……あんな事を?ぜんぜん店には関係ないのに。」
「関係なくてもやるんだよ。世の中ってのは足の引っ張り合いなんだから。お前の父ちゃんだってそうなんだろ?」
考えたこともなかった。ホストをしていて、二号店が出ると言っていたのは、父の努力のたまものだと思っていたから。だがその父親もきっと、足を引っ張り合って今の地位にいるのだと思うと複雑に思えた。
「真面目だけじゃ、馬鹿を見るんだ。」
その時、入り口から箱とビニールを盛った圭太が戻ってきた。
「ただいま。はーっ。案外ピザってのは重いな。」
「ひょろひょろしてるからだろ?」
功太郎はそう言って悪態を付く。そしてコーヒーを淹れていると、キッチンから出来上がったクレープを盛ってきた響子が、カウンターにクレープを置く。
「コーヒーはあがる?」
「もうちょっとかな。」
その時エプロンを身につけた圭太がカウンターに置いているクレープに目を付けた。
「クリームでかくねぇ?」
「目の錯覚。」
何も事情の知らない圭太が、呆れたようにクレープを見ていた。
閉店後、ケーキを作る前にみんなでピザを口にしていた。仕事の前に腹を満たすのだ。
「ふーん。他店のね。」
自分のいない間にまた響子がやり玉に挙がっていた。確かにインターネットの噂とかで、響子のことを面白可笑しく書いている人もいるが、そんな噂を期待してきている人たちはどんな淫乱なAV女優みたいな女かと期待してくることもある。
だが実際の響子は飾り気もないし、愛想もないし、元々饒舌でもないので、みんな肩すかしだと言って帰って行くらしい。
「このチキン、骨が多いよ。」
功太郎はそれを口にして文句を言う。
「いやだったら食うな。」
響子もそのピザを口にして、圭太の方を見た。
「迷惑がかかっていないかしら。」
「そいつがアホなだけだろ。別に迷惑とか思ってねぇし。真二郎が追い払ってくれて良かったよ。」
「そうね。」
すると真二郎は少し笑って圭太に言う。
「前から思ってたんだけどね。」
「何だよ。」
「配達はオーナーが行くべきじゃないって思う。功太郎は免許は?
「持ってるよ。」
「だったら功太郎に行かせるべきだね。」
「んー……。でもお前、ミッション運転できる?」
「出来ると思うよ。あまり自信はないけど。」
「練習してくれるかな。そうじゃないと、こんな事がいつも起きていたら、俺もカバーできないかもしれないし。」
「……。」
「恋人なんだろ?いちゃつくだけが恋人ってわけじゃないんだから。」
真二郎に言われると思ってなかった。響子はそう思いながら、真二郎の方を見る。
「真二郎さ。今まで響子を守ってきたのを、俺に渡そうとしてる?」
「うん。」
それが真実の言葉に思えない。
だったらあの部屋で襲ってきたことは何だったのだろうとも思えてくる。
その時だった。店の入り口があいた。圭太はピザを置くと、席を立つ。
「すいません。今日はもう閉店でして。」
入ってきたのは一馬だった。手にはビニールの袋が握られている。
「花岡さん。」
「差し入れをしにきました。良かったらみなさんで。」
「ありがとうございます。すいません。」
圭太はそれを受け取って三人の所へ向かう。その圭太が背中を向けている間、響子と目があった。響子は少し元気が無さそうだった。
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