彷徨いたどり着いた先

神崎

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ライバル

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 コーヒーを淹れてもらっている間、一馬は壁に貼られているポスターをみていた。クリスマスにジャズのライブがあるらしい。それは一馬もおなじみのライブハウスのモノで、クリスマスらしく結構豪華なメンツが揃う。だがクリスマスは自分だってライブがあるのだ。他のライブハウスで、ヘルプを頼まれている。
 そしてその前には「flipper's」のライブがあった。それは結局響子と行くことにしたのだ。圭太はその背中を押してくれている。本当に何も思っていないのだろうか。ただの知り合いだとか友達の枠を越えていないとでも思っているのかわからない。
 そのときだった。店内のドアベルが鳴る。そこには弥生と香の姿があった。一馬は初めて見る顔なので、女の二人組だと言うことくらいしか見ていなかった。だが少し違和感を持っているのが、香の方で子供っぽい感じもするが、背丈や体はまるで大人だった。
「おー弥生と香。いらっしゃい。」
 圭太はそう言って二人を迎える。知り合いか。そう思ってまたポスターに目を向ける。
「ケーキの予約したくてさ。それから……。」
 弥生はちらっと香を見る。香は圭太をすり抜けて、オーダーを運んでいる俊に目を向けた。
「すごーい。店員さんが様になってるねぇ。」
「あー。俊か。」
 オーダーをテーブルに置いた俊は、香の方を見て少し笑いながらそちらへ行く。
「香か。何?お前バナナジュースか?」
「うるさいなぁ。」
 文句を言いながら、二人は仲が良さそうに見えた。その間、弥生はめざとく一馬の方へ向かう。
「あー。「flower children」の……。」
「どうも。」
 自分たちのファンは男が多かったので、こんな小さい女に言われると思ってなかった一馬は意外そうに弥生を見る。
「ここの常連さん?」
「あーまぁ……そんな感じです。」
「ここのコーヒー美味しいですもんね。」
「えぇ。」
 すると弥生は背負われているベースを見て、少し笑った。
「ヨーロッパの方のメーカーの弦バスですね。これ、重くないですか?」
「あなたも弾いているんですか?」
「えぇ。でもあたしのは、この国のヤツで音が軽いかなって思うけど、あまり重いと持てないし。あたしが持つと楽器があたしを背負っているみたいに見えるから。」
 その言葉に一馬は納得したようにうなづいた。女のベース奏者は少ないが、居なくはない。
 その間にも俊と香は言い合いをしている。それに圭太が口を挟んだ。
「お前等いい加減にしろよ。ここは店だぞ。」
 まるで保護者だな。一馬はそう思いながら、その光景を見ていた。
「圭君。本当に俊君使える?」
「お前が来るよりは良いよ。」
 圭太もからかうように言うと、香はむすっとしてカウンターの方へ近づいて響子に言う。
「響ちゃん。あたし子供扱いされた。」
「子供でしょ?小学生なんだから。何か淹れようか?」
「んー……。温かいのが良いな。温かいレモネード。」
「いいよ。ちょっと待ってね。」
 小学生という言葉に、一馬も驚いて香を見る。すると弥生も少し笑っていった。
「本当に小学生なんですよ。うちの妹。」
「大きいな。」
「えぇ。あたしは背が伸びなかったけど香はぐんぐん伸びて、こっちに来て陸上も始めたからさらに背が伸びたみたいですね。花岡さんも大きな方だったんですか?」
「えぇ。学生の頃は常に一番後ろでした。」
「やっぱり。運動とかされてました?」
「剣道をしてました。」
 体を動かすのは好きで、ベースを弾き始めてもランニングをしたりジムへ行ったりしている。汗を流せば気分も晴れるようだから。
「俊君、部活を休部して歩くような仕事をしてたら治るモノも治らないんじゃないの?」
 弥生は俊にそう言うと、俊は頭をかいて言う。
「まぁそうなんですけどね。欲しいモノもあったし。」
「ふーん。でもドクターの言うことはちゃんと聞いてよ。」
「わかってます。無理はしないですよ。」
 俊がここで働きたいといってきたのには理由がある。
 元々俊は、中学、高校と進学してもずっと陸上をしていた。種目は短距離。将来も有望だと言われていて、夏にあった全国大会へも行くような選手だった。
 ところがその大会で足を壊したのだ。休養を余儀なくされ、一ヶ月後にはやっと松葉杖なしで歩けるようになったのだ。
 ここで働くのはリハビリもかねてのことだ。それに欲しいモノがあると言っていた。それが何なのか圭太にもわからない。
「持ち帰りの単品コーヒー上がり。」
 響子がそう言うと、カップに蓋をせずにカウンターに置いた。一馬はそのプラスチックの蓋が嫌いなのは、もう覚えている。
 圭太にケーキを積めてもらっている間、ふとその向こうのキッチンへ目を向ける。そこから顔をのぞかせたのは功太郎だった。
 少し騒がしくなりそうだ。一馬はそう思いながら箱を受け取ると、店の外に出た。そしてその香りのいいコーヒーに口を付ける。

「何だよ。俊のヤツ。普段スカした接客しかしないのにさ。」
 功太郎はそう言いながら、シロップを焼いたケーキに塗っていく。その間にクリームをさらに塗るのだ。
「いいコンビみたいだね。歳もあまり離れていないし……十二と十五か。」
「十六だってよ。」
「それでも四つ差か。俺と響子も二つくらいしか変わらないしね。四つなんて大したことはないよ。」
「でもさ、十二なんてまだ子供なのに……。」
「体だけ見ると、子供には見えないね。どうしたの?功太郎。何か不満?」
「いーや。別に。」
 香が携帯電話を持って、しょっちゅう功太郎にメッセージを送ってきていた。どこの大会に行っただの、練習で足が痛いだの、テストでいい点が取れただの、他愛もないことだ。だがそれも最近減っている。
 それはおそらく俊が関係しているのだ。H道の大会で顔を合わせていた俊は、それよりも前に香に会っている。香たちが住む団地の向かいの部屋に住んでいるのだ。そして俊の両親は家を空けがちで、弁当ばかり買っている俊を見かねて弥生がたまに食事を食べさせることもあった。
 その関係で香とは仲がいいらしい。というか言い合ってばかりだ。
「功太郎も食事を食べることもあるんだろう?」
「あるけどさ。」
 功太郎もたまに香に呼ばれて、弥生の家で食事をすることがある。弁当の空ばかりの部屋だったと、弥生に香が言ったのだ。そのときは練習もせずに帰って行く。
 口では迷惑をかけられないからと言うことだが、本当は違うのだろう。功太郎の中で何かが芽生えていた。それを真二郎は微笑ましく思う反面、自分にもこんな時期があったと複雑な気持ちで居た。
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