彷徨いたどり着いた先

神崎

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 AVの撮影は長丁場だ。気持ちいいことをして、稼いでいるというイメージが強いのだが、実際は夏だろうと冬だろうと裸だし、その上濡れるし、エアコンの機械音が邪魔だからとほとんど暑さ寒さはしのげない。
 その上、見せるセックスというのは快感とはほど遠い。カメラに見えるような体位で、挿入されるのだ。それが何時間も続く。
 そこまで来るといくら響子の妹である夏子がセックスが好きだからといっても、フラストレーションがたまる。体は確かに疲れているが、逆ナンパをしてそのままどこかのホテルでセックスをしてもいい。そう思って公園を歩いていたときだった。
 見覚えのある二人が手を繋いで歩いている。それは圭太と女だった。その女は響子ではない。確か圭太は響子とつきあっているといっていた。それなのに別の女とつきあっているのか。男とはそんなモノなのかと夏子は幻滅していた。
 確かに自分だって彼氏が居ても、別の男とセックスするような仕事だし、別の男を味わってみたいと男と寝ることもある。だが圭太は事情が違う。響子の恋人なのだ。そして響子が何をされたか、何を思ってつきあっているのかもわかっているはずなのに別の女と恋人のようなことをしているというのも腹が立つ。
 それにあの女に見覚えがあった。
「……あれって……。」
 思わず携帯電話のカメラで写真を撮って、友達の女優に聞いてみた。するとその女優はその女をよく知っていたのだ。
「一回、一緒に出演したよ?愛蜜は覚えてないかもしれないけどさ。一度だけなのに評判相当悪かったもん。男優に手を出すってさ。」
 女優と男優は当然セックスをするが、その間に何もないというのは当たり前のことだ。男が手を出すと、男は職を失うことになりかねない。女だってあまり言い寄ることはない。どちらかというと同じ作品を作り上げる「同士」に近いモノがあった。
 だがそれがわからない女優は簡単に男優に手を出す。おそらくその女は、その業界で、トップに近い男優に手を出したのだ。男優は結婚をしていたし子供も居た。だから問題になり、評判は良かったがメーカーから声をかけられることもなく、女は引退させられたのだという。
「作品?もう結構前のだけど、配信はされてるんじゃないのかな。」
 電話を切った夏子は、急いで携帯電話で作品を調べた。そしてやはりそこにあるのはその女の悪い評判ばかりだった。
「素人っぽさがない。」
「遊んでいそう。」
 その上その女優の名前で検索すれば、本当か嘘かわからない情報が集まる。だが火のないところに煙が立たないのがこの世界のことで、夏子だってひどいことを言われているのは知っている。
 淫乱を地でいくような女というのには「その通り」と膝を叩いて笑ったものだ。それくらい開き直らないとやっていけないのだから。
 だがその女はそれが出来なかったのだろう。そしてそんな女の手を圭太が手を引いている。響子を裏切ってまで。
 あり得ない。
 夏子はそう思うと、その画像とリンク先をコピーして圭太の連絡先に送る。これで寝てしまえば圭太もそれまでの男なのだ。響子には悪いが、さっさと別の男を捕まえて欲しいと思う。
 だが響子が圭太と離れて別の男を捕まえるとは考えにくい。もう一生、小さな珈琲屋で細々とコーヒーを淹れるのかもしれない。
 そしてその隣には真二郎が居るのだろう。だが真二郎に手を出すとは思えない。これだけ長い間、幼なじみとか友達の関係を崩さなかったのだ。今更くっつくとは考えにくいだろう。それに……。
「おねーさん。一人?」
 携帯電話を持ってぼんやりしていた夏子に、軽薄そうな男が声をかけてきた。その声に夏子は少し笑うと男を見上げた。
「一人。飲みに行く?ホテル行く?」
 すると男は少し笑って、夏子の肩に手をおいた。

 夏子から送られた画像を見て、喜美子は少し震えていた。それは大学の時に留学をしたいからと言って、手っ取り早く稼げるとアダルトの世界に飛び込んだのだ。
 最初の一、二本くらいでは足りなかったが、なぜか三本目の声はかからなかった。だからそのあとは風俗で稼いだこともある。
「……Fカップね。今時だったら、ごろごろ居るタイプだ。」
「誰からそれを?」
「彼女の妹が第一線でAV女優をしている。見かけたみたいだね。」
「……汚いって思いますか?」
「いいや。別に。」
 その言葉に喜美子はほっとする。そしてベッドに腰掛けた。
「でも嘘はついたよね。」
 すると喜美子はドキッとした。
「不倫相手がすべて初めてだった。そう言っていたけど、実際はこうしてセックスをしている。初めてではなかったんだ。」
 すると喜美子は視線を逸らしていった。
「……本当は……初めては家のモノだったから。」
 好きになったのは、父親の舎弟だった。十以上離れた男。だが喜美子に手を出したということで、その男はリンチの果てに死んでしまった。
「簡単に体を開いたって言うことで、私はもう価値がないって父からは言われていたんです。」
「……。」
「外の世界を見たかった。だから留学費用を溜めるのにそういったものに出ました。それでも足りなくて、風俗にいたこともあります。」
 それでもあの不倫相手の男は辛かったねと言って、同情してくれた。それが一番嬉しかったのかもしれない。そして汚いと言ったこともなかった。
「……それを知っていたから、東さんも私に頼んできたんだと思います。今更一人、二人、寝てもいいだろうって。でも……私は……今は本心から抱いて欲しいと思います。彼女以外で立たないんだったら、立つようにするので……だから……。」
「もう良いから。」
 口をふさぐように圭太はベッドに乗り上げると、その唇にキスをする。
 一度、二度……。頬に手を添えて、キスを繰り返す。だがいつまで立ってもその唇を割らない。
 思い切って自分から口を開ける。すると圭太はその顔をよけた。
「同情だけだったらここまでかな。」
「え……。」
「無かったことにするから。」
 圭太はそういってベッドから降りると、バッグから本を取り出す。
「返しておくよ。ここの金も払っておくから。」
 バッグを持つと、圭太はそのまま部屋を出ていく。そしてエレベーターホールへ向かった。
 やはり自分には出来ない。圭太は昔、父に言われたことを心の中で反芻していた。
「お前は本当に使えないな。情なんか捨てないとこの仕事は出来ないのに。」
 エレベーターの中で、舌打ちをした。こんな時に父親の言葉が蘇ると思っていなかったからだ。
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