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二番目
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カフェを出て、食事へ行こうと誘った。圭太も食べていないし、喜美子にいたっては昼食すらままならないのだという。
「何が良いかな。リクエストはある?」
「新山さん。あの、行きたいところがあって。」
「ん?」
「一人ならほら……牛丼とか、そういうもので良いかって思うんですけど、レストランとか一人で行けないから。」
「そうだね。だったら……食べれないものとかない?」
「特には。」
響子も食べれないものはないが、食は細い。食事へ行っても酒ばかり飲んでいる。いつか酒で動いているのではないかと、冗談混じりに言われたがその通りだと思っていた。
それに響子は誰かと食事へ行くという概念があまりない。周りを気にすることなく、食べたいもの、口にしたいものは遠慮しないで一人で行くところがあるのだ。
いつか聞いたことがある。気になるからと行ってフレンチの名店へ、一人でふらっと行きランチを食べて帰ったことがあるらしい。そしてその感想は「料理は良いけどコーヒーがまずい」だった。それを思い出して少し笑う。
「新山さん?」
我を取り戻し、圭太は喜美子をみる。
「そうだね。知っている店があるんだ。俺は一人ででも行けるけど、真中さんはたぶん一人では行きづらい店だと思う。イタリアンでも良いかな。」
「はい。」
ビジネス街の方へ足を運ぶ。喜美子にしてみたら、また職場の方へ戻る感覚なのだろうが、気にしていないように思えた。
店は、広い公園の奥にある。小さなイタリアンレストランだった。いつか響子と来てみたいと思っていたが、それはまだ実現していない。そして真子がこの店が好きだったのだ。
ドアを開けるとオリーブオイルやニンニク、トマトソースの匂いがする。
「いらっしゃい。あらー。珍しい顔。」
体格の言いワンピースにエプロンをつけた女性だ。詳しい名前は知らないが、みんなは「ママ」と呼んでいる。親しい人は名前で呼ぶこともあるが、どんな名前だったかは忘れてしまった。
「どうも。今晩は。二人いけますか?」
「ちょっと待ってね。テーブル片づけちゃうから。」
平日なのに今日も一杯だ。カップルもいれば子供連れの家族もいる。一人用にカウンター席もあるが、そこもまた一杯のようだ。
壁には有名なオペラの演目のポスターだし、かかっている曲もイタリアのオペラだ。本格的なイタリアンの店に見える。
「お待たせ。二人ね。今日は、生ハムが美味しいものがあるの。」
「いいね。真中さん。お酒はどうする?」
「飲んでいいんですか?」
「良いよ。俺も飲みたいから。」
テーブル席に座り、喜美子と向かい合う。なのに思い出すのは響子のことだった。響子だったら、ワインを一人でふるボトル開けるだろうかとか、出てきたエスプレッソにもケチを付けそうだと思う。
「グラスワインにしようか。フルはちょっときついし。」
「そうですね。」
言われた生ハムや、パスタ、サラダなんかを注文していると、ママが少し笑って言う。
「彼女が出来たの?」
「恋人じゃないよ。ちょっとお世話になったからね。」
「あらー……。じゃあ、今からね。頑張って。」
何を頑張るんだ。圭太はそう思いながら水に口を付けた。悪い人ではないのだが、早とちりしやすいのが玉にきずだ。それにそんなことを言われたら、喜美子だって悪いだろう。
「ごめんね。あぁいう人だから。」
「別に迷惑なんて思ってないですよ。でも……。」
「ん?」
「こんな地味なのが彼女なんて言われるの、新山さんも大丈夫なんですか?」
「別に。地味かなぁ。」
「え?」
「派手で着飾っているよりはよっぽど女らしいと思うけど。」
「ふふっ。」
意味ありげに喜美子も笑う。そのうちに、ママがグラスワインと生ハムの前菜を運んできた。
「美味しい。」
「うん。生ハムに良く合うね。」
周りから見るとどう見えるだろう。スーツ姿の喜美子と、私服だがきっちりした格好をしていてだらしなく見えない圭太。良くてホストと客だろうか。
「ワインって飲み慣れてないんですよ。」
「普段は何を飲むの?」
「焼酎。」
その言葉に思わずワインを噴きそうになった。そういうところに響子との共通点があったのか。少し笑って、圭太も笑う。
「まさかロックで飲む訳ないよね。」
「一杯だけ頼んで、ちびちび飲んでます。」
「あー。なるほど。」
響子だったら何杯でもお代わりしそうだ。それでも平気な顔をしているのだろう。
「つきあっていた人が……焼酎が好きだったんです。」
「別れたの?」
「……別れさせられたって言うか。」
膝の上で拳をぎゅっと握る。そしてワインを口にすると、喜美子はぽつりと言った。
「奥さんが居たんで。」
「不倫?」
喜美子はその言葉にうなづいた。
「たぶん、私は不倫相手の一人だったんです。でもその人が何もかも初めてだったし、別れきれなかった。」
「……。」
「ごめんなさい。何か……変な話をして。」
「良いよ。酔った上での話なんだし、聞くだけならいくらでも出来るから。」
ワインを飲む圭太を見て、喜美子は少し心が痛かった。良い人だからだ。そんなに良い人を、騙すように寝ないといけないのだから。
「本とコーヒーと、それから音楽が何もかも忘れさせてくれたんです。でも本以外はあの人から教えてもらったものだから。」
「だけど辞めれないよね。コーヒーも音楽も。」
その言葉に喜美子はうなづいた。
「好きだから。それだけは変えられなくて。バカなのかな。」
誤魔化すように笑うと、圭太は喜美子の方を見て言う。
「あれだね。」
「え?」
「自分をずいぶん卑下してる。プライドが高くて手が付けられないのと同じように、あまりにも自分を低く見積もると自分に価値が無くなるんだ。」
「……。」
「少なくとも、その若さで立派な会社で管理職をしているっていうのは誇れると思うよ。」
「でも……周りの人は、みんな上と私が出来ているから管理職になったんじゃないのかって。実際……まだ力不足なところもあって。」
「みんなそうじゃないかな。俺だって今の店が順風満帆にことが運んでいるなんて思ってないよ。「ヒジカタカフェ」に居たときもそうだ。何度お客様を怒らせたか。水をかけられたこともあるしね。」
その言葉に喜美子が少し笑う。
「あらー。楽しそうね。はい。お待たせ。タイの香草焼きと、ミルクリゾットね。」
ママが食事を運んで、食卓が一気に華やかになる。きらきらした目で、喜美子はその食事を見ていた。その姿に響子よりも真子を思い出す。響子よりも似ている気がした。
「何が良いかな。リクエストはある?」
「新山さん。あの、行きたいところがあって。」
「ん?」
「一人ならほら……牛丼とか、そういうもので良いかって思うんですけど、レストランとか一人で行けないから。」
「そうだね。だったら……食べれないものとかない?」
「特には。」
響子も食べれないものはないが、食は細い。食事へ行っても酒ばかり飲んでいる。いつか酒で動いているのではないかと、冗談混じりに言われたがその通りだと思っていた。
それに響子は誰かと食事へ行くという概念があまりない。周りを気にすることなく、食べたいもの、口にしたいものは遠慮しないで一人で行くところがあるのだ。
いつか聞いたことがある。気になるからと行ってフレンチの名店へ、一人でふらっと行きランチを食べて帰ったことがあるらしい。そしてその感想は「料理は良いけどコーヒーがまずい」だった。それを思い出して少し笑う。
「新山さん?」
我を取り戻し、圭太は喜美子をみる。
「そうだね。知っている店があるんだ。俺は一人ででも行けるけど、真中さんはたぶん一人では行きづらい店だと思う。イタリアンでも良いかな。」
「はい。」
ビジネス街の方へ足を運ぶ。喜美子にしてみたら、また職場の方へ戻る感覚なのだろうが、気にしていないように思えた。
店は、広い公園の奥にある。小さなイタリアンレストランだった。いつか響子と来てみたいと思っていたが、それはまだ実現していない。そして真子がこの店が好きだったのだ。
ドアを開けるとオリーブオイルやニンニク、トマトソースの匂いがする。
「いらっしゃい。あらー。珍しい顔。」
体格の言いワンピースにエプロンをつけた女性だ。詳しい名前は知らないが、みんなは「ママ」と呼んでいる。親しい人は名前で呼ぶこともあるが、どんな名前だったかは忘れてしまった。
「どうも。今晩は。二人いけますか?」
「ちょっと待ってね。テーブル片づけちゃうから。」
平日なのに今日も一杯だ。カップルもいれば子供連れの家族もいる。一人用にカウンター席もあるが、そこもまた一杯のようだ。
壁には有名なオペラの演目のポスターだし、かかっている曲もイタリアのオペラだ。本格的なイタリアンの店に見える。
「お待たせ。二人ね。今日は、生ハムが美味しいものがあるの。」
「いいね。真中さん。お酒はどうする?」
「飲んでいいんですか?」
「良いよ。俺も飲みたいから。」
テーブル席に座り、喜美子と向かい合う。なのに思い出すのは響子のことだった。響子だったら、ワインを一人でふるボトル開けるだろうかとか、出てきたエスプレッソにもケチを付けそうだと思う。
「グラスワインにしようか。フルはちょっときついし。」
「そうですね。」
言われた生ハムや、パスタ、サラダなんかを注文していると、ママが少し笑って言う。
「彼女が出来たの?」
「恋人じゃないよ。ちょっとお世話になったからね。」
「あらー……。じゃあ、今からね。頑張って。」
何を頑張るんだ。圭太はそう思いながら水に口を付けた。悪い人ではないのだが、早とちりしやすいのが玉にきずだ。それにそんなことを言われたら、喜美子だって悪いだろう。
「ごめんね。あぁいう人だから。」
「別に迷惑なんて思ってないですよ。でも……。」
「ん?」
「こんな地味なのが彼女なんて言われるの、新山さんも大丈夫なんですか?」
「別に。地味かなぁ。」
「え?」
「派手で着飾っているよりはよっぽど女らしいと思うけど。」
「ふふっ。」
意味ありげに喜美子も笑う。そのうちに、ママがグラスワインと生ハムの前菜を運んできた。
「美味しい。」
「うん。生ハムに良く合うね。」
周りから見るとどう見えるだろう。スーツ姿の喜美子と、私服だがきっちりした格好をしていてだらしなく見えない圭太。良くてホストと客だろうか。
「ワインって飲み慣れてないんですよ。」
「普段は何を飲むの?」
「焼酎。」
その言葉に思わずワインを噴きそうになった。そういうところに響子との共通点があったのか。少し笑って、圭太も笑う。
「まさかロックで飲む訳ないよね。」
「一杯だけ頼んで、ちびちび飲んでます。」
「あー。なるほど。」
響子だったら何杯でもお代わりしそうだ。それでも平気な顔をしているのだろう。
「つきあっていた人が……焼酎が好きだったんです。」
「別れたの?」
「……別れさせられたって言うか。」
膝の上で拳をぎゅっと握る。そしてワインを口にすると、喜美子はぽつりと言った。
「奥さんが居たんで。」
「不倫?」
喜美子はその言葉にうなづいた。
「たぶん、私は不倫相手の一人だったんです。でもその人が何もかも初めてだったし、別れきれなかった。」
「……。」
「ごめんなさい。何か……変な話をして。」
「良いよ。酔った上での話なんだし、聞くだけならいくらでも出来るから。」
ワインを飲む圭太を見て、喜美子は少し心が痛かった。良い人だからだ。そんなに良い人を、騙すように寝ないといけないのだから。
「本とコーヒーと、それから音楽が何もかも忘れさせてくれたんです。でも本以外はあの人から教えてもらったものだから。」
「だけど辞めれないよね。コーヒーも音楽も。」
その言葉に喜美子はうなづいた。
「好きだから。それだけは変えられなくて。バカなのかな。」
誤魔化すように笑うと、圭太は喜美子の方を見て言う。
「あれだね。」
「え?」
「自分をずいぶん卑下してる。プライドが高くて手が付けられないのと同じように、あまりにも自分を低く見積もると自分に価値が無くなるんだ。」
「……。」
「少なくとも、その若さで立派な会社で管理職をしているっていうのは誇れると思うよ。」
「でも……周りの人は、みんな上と私が出来ているから管理職になったんじゃないのかって。実際……まだ力不足なところもあって。」
「みんなそうじゃないかな。俺だって今の店が順風満帆にことが運んでいるなんて思ってないよ。「ヒジカタカフェ」に居たときもそうだ。何度お客様を怒らせたか。水をかけられたこともあるしね。」
その言葉に喜美子が少し笑う。
「あらー。楽しそうね。はい。お待たせ。タイの香草焼きと、ミルクリゾットね。」
ママが食事を運んで、食卓が一気に華やかになる。きらきらした目で、喜美子はその食事を見ていた。その姿に響子よりも真子を思い出す。響子よりも似ている気がした。
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