彷徨いたどり着いた先

神崎

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二番目

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 わかっている。響子の壮絶な過去を払拭させてくれた恋人がいて、愛し合っていて、幸せそうだった。それを奪いたいなんか思っていない。なのに止められなかった。
「ごめん。響子さん。」
 謝ってすむ問題じゃない。そう思いながら、一馬はベッドから降りようとした。だがその手に温かいものが握られる。それを見て一馬は響子の方をまたみた。顔を赤くして視線を逸らしている。
「謝らないでください。」
 消えるような声だった。それだけで恥ずかしいのだ。
「……。」
 響子は体を起こすと、一馬を見上げる。
「あなただけが悪いと思わないで欲しいんです。私も……望んでいたのだから。」
 それを言ったとたんにまた視線を逸らされた。その言葉に一馬驚きながらはまた響子の頬に手を伸ばす。そこに触れたとたんにびくっと体を震わせた。怖いのか、それとも罪悪感からなのか。それはわからない。ただ手から伝わる頬が少し震えている。
「望んでいたというのは……俺の良いように考えて良いのか。都合のいいようにしかとらえられない。」
 その言葉に迷っているようだった。だが響子はゆっくりとうなづいて、すっとその体に体を寄せた。
「響子……。」
 背中に伸びる腕。体に伝わる温かくて柔らかいもの。一馬がずっと望んでいたものだった。一馬もその体に腕を伸ばす。
 そしてゆっくりと体を離すと、一馬はその顔をのぞき込んだ。自分の顔も赤くなっているはずで、そして目の前の響子の頬もまた赤く染まっている。頬にゆっくり手を触れ、指で滑らすように顎先に持ってくる。響子の顔は簡単に上を向いた。視線が合い、そのまま目を閉じる。すると一馬もその唇に唇をまた重ねた。
 口を開けると、響子の唇もまた開いた。夢中でその舌を舐める。響子の腕も一馬の首に回り、一馬もその腕を響子の体に回す。
 慣れていないのはお互い様だ。一馬だってそんなに経験があるわけではない。「絶倫」だと噂が立って、欲情してくるような女が迫ってくるが、相手にしたことはない。心から自分が求めるような女にしかそんなことをしたことはなくて、そんな女が今までそんなにいたわけではない。
 夢中でキスをしていると、そのまま押し倒したかった。だがここは一馬の家で、他に住んでいる人もいる。鍵がかかっているわけではない部屋ではこれが精一杯だろう。
 唇を離すと、響子の体を自分の方へ倒す。お互いが震えているのがわかった。それは恋心なのか、それとも罪悪感なのかわからない。それでも互いの心臓の音が聞こえて、その音だけが二人の音だけに聞こえた。
「あなたを利用してしまった気がします。」
 胸の中で響子がそうつぶやいた。「利用」といった意味がわからない。だがそれでも良い。響子をこうして抱きしめられるなら、それでも良い。圭太の代わりでもかまわない。
「利用してくれ。お前に必要とされるなら、それで良い。誰かの代わりでもかまわない。」
 すると一馬は響子を体から離して、顔をのぞき込む。頬を赤く染めているのはお互い様だ。それでも一馬の目は真剣に響子を見て言う。
「二番目でも良い。必要とされるなら、いつでも答えるから。」
 その言葉に響子はまた一馬の体に体を寄せた。

 電車に乗って、街の方へ向かう。そして駅前にあるカフェに入った。そこで待ち合わせを圭太はしている。
 手には駅の中に置いてあった駅ビルの中にある映画のチラシだった。アクションもので、圭太はこの主人公が好きだった。体を張ってビルをよじ登り、建物から建物に移っていく。いくつになっても体の衰えは見られず、おそらく相当ストイックに体を鍛えている。
 若い頃、この男は青春ものの映画に出ていた。バスケットボールのチームの話で、それを見てバスケットを始めたのだからミーハーにもほどがある。大学ではバスケットをしなかったが、ジャズ研に入ったのは、ライブの時に歌っていた女が好みだったからというこれまたろくでもないきっかけだ。
 それでもバスケではなくジャズを続けているのは、きっかけは何にしろやはり音楽が好きだから。
 そういえば、一馬はどうして音楽を始めたのだろう。そんなことは聞いたことがなかった。黙っていても女にもてそうだが、ストイックに音楽に向き合っている姿が少し響子とかぶる。
 コーヒーを飲んで、首を横に振った。やめよう。このままだと嫉妬する。自分が一緒に行けばいいと言ったのだ。余裕があるふりをしながらも、実は全く余裕などない。
 そのとき店内に見覚えのある人がやってきた。それは真中喜美子で、相変わらず就活生のような格好だった。長い髪を一つにくくっただけだし、眼鏡をかけているのがさらに地味さを際だたせている。
 喜美子はコーヒーを受け取ると、圭太をやっと見つけてその向かいの席に座る。
「お待たせしました。」
「大丈夫。そんなに待っていないから。」
 普通の会社員の喜美子なのだが、二十八の歳でもう管理職だという。昼間は外に出ていたのだから、おそらく残業でもしたのだろう。
「昼間はお邪魔をしました。コーヒー、美味しかったです。」
「良かった。気に入ってもらえて。」
「あれだけ美味しいコーヒーのあとに、チェーン店で待ち合わせるのもどうかと思ったんですけど。「ヒジカタカフェ」で待ち合わせるのもどうかと思ったし。」
「元職場には行きづらいよ。」
「あぁ。やっぱりそう思いますか?」
 そういうところには気を使う女だ。響子だったら「お湯みたいなコーヒーなんか飲んでどうするのよ」といって違うところで待ち合わせるかもしれない。今度の休みはデートをしたいと言ったが、どこで待ち合わせをするだろう。間違ってもこういうカフェなんかでは待ち合わせをしない。
「あ、そうだった。これを渡したかったんです。さすがにお店では渡せないと思ったし。」
 そういって喜美子はバッグから一冊の本を取りだした。水色の表紙の本は今は絶版になっている作家の本で、圭太がずっと探していたものだ。
「良く見つけたよね。」
「休みがあえば、古本市へ行くんです。Kで二月に一度くらいのペースでやっているんですよ。」
「知らなかったな。」
「凄い古い本もあって、この間はイラストレーターの木元春喜さんの本があって、衝動買いしてしまいました。」
「へぇ……興味はあるな。」
 昔のイラストレーターでファッションデザイナーの男だ。可愛らしい作風が、今の人でも受け入れられるような感じに見えた。それにしては、喜美子がそういったものに影響を受けているようには思えない。私服はもっと可愛らしいのだろうか。
「女の子が可愛くて、夢のようだと思います。」
「あなたがそういうものが好きだとのいうのは意外だな。」
「え?」
「私服ではスカートとか穿くの?」
「あーいいえ。何か似合わなくて。」
「そうかな。似合うと思うけど。」
 すると喜美子は手を降ってそれを否定する。
「なんだか……こう……顔立ちも地味だし、足も太いし、父からも売り物にならないと言われたくらいで。」
 ヤクザの家に生まれたと言っていた。だからそんなことを平気で言う父親だったのだろう。圭太だって同じようなことを言われた。優しすぎて、こういう仕事には向いていないと言われたことがあるのだ。
「売られなくて良かったじゃない。」
 圭太はそういうと、喜美子の頬が少し赤くなる。そんなことを言う人は初めてだったから。
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