彷徨いたどり着いた先

神崎

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 仕事が終わった後、圭太は携帯電話をみて少しため息をついた。そこには喜美子のメッセージが入っている。探していた本が見つかったので、渡したいと書いてあったのだ。
「……どうしたもんかな。」
 本にも音楽にも興味はある。だが喜美子にこうやって会っているのは、響子にも申し訳がないと思うのだ。確かに手を繋ぐこともない。だがこそこそとこうやって会っているのは、気が引ける。
「おぉ。すげぇ。」
 功太郎も携帯電話をみて、驚いたように声を上げた。
「どうしたの?」
 真二郎はコックコートを脱ぎながら、功太郎に聞く。
「香が、陸上で全国大会に行くんだってさ。」
「全国?」
 圭太も驚いたようにそれを聞いた。香は、新しい学校で陸上のクラブに入ったらしい。本当は水泳がしたかったのだが、水泳は年中できる競技ではないので、その次に候補にしていた陸上に入ったのだ。
 功太郎の携帯に、画像がある。そこにはタンクトップとショートパンツ姿の香が、メダルを持って笑っているものだった。
「どうみても高校生だな。」
「だけど、前よりもいい顔をしている。」
 真二郎も少し笑ってその画像を見て言った。
「全国ってどこであるんだ。」
「H道だって言ってた。今度の連休であるって。」
「ふーん。俺、みやげはカニがいいな。」
「俺、チーズ。」
「遊びに行くんじゃないって言われるわ。」
 功太郎はそういって携帯電話をしまうと、エプロンを取った。
「それにしても個人的な連絡を取ってるんだね。」
 真二郎はそういうと、功太郎は焦ったように言う。
「違うよ。あいつが勝手に……。」
「そういうな。でもあと十年待てよ。今手を出したら淫行で捕まるから。」
「だから違うって。」
 功太郎はそういいながらも、まんざらではなかった。たまに家に来ることもあって、手を出すこともないがその時間は徐々に楽しくなる。
 新しい学校は、転校生が多いところだった。中には外国の人がいたりして、香はまた良い刺激を受けているように見える。
「中学生になったら彼氏とかできるんだろうな。」
「あいつならすぐできるだろ。」
 そうなれば功太郎のところへ来ることもないだろう。それで良いと思う。
「そういや、功太郎。お前、合コンの時に話をしてた女とはつながってんの?」
 圭太がそう聞くと、功太郎は首を横に振った。
「いーや。俺、無理だわ。」
「何が?」
「遊び人になれない一つーか。ホストとか目指さなくてよかった。」
 不器用さは伝わってくる。よくこれで体を売っていたことがあると進次郎は思っていた。若さだけで売れていたのだろう。今ではそんな需要はない。
 フロアに出てくると、響子は携帯電話の画面を見ていた。だが圭太の姿を見て、その画面を閉じる。その表情は不機嫌そうだった。
「何かあったか?」
 すると響子は口をとがらせていった。
「「flipper's」のチケットに外れたから。」
 外国のハードロックバンドだった。響子が一番好きなバンドで、年末に来日が決定している。そのチケットの先行予約が始まっていたのだ。
「あー。いつ今度来るかわからないのに。」
「最悪、あれだよ。」
 真二郎がそういうと、響子は首を横に振る。
「無理。ぜったい転売とかに手は出さないんだから。」
「強情だよな。」
「うん。」
 本当に好きならどんな手でも使ってやろうとは思わないのだろうか。特にそこまで好きではないのか、それとも手に入れられなければすぐにあきらめてしまうのだろうか。
 もしも喜美子が圭太を奪い取ったとしても、響子はそれを見ているだけなのだろうか。それだけ大切ではないのだ。
「あぁ。でも悔しいな。」
「言ってくれたら、みんなで予約したのに。」
 功太郎がそういうと、響子は口をとがらせる。
「そうだな。人数で攻めれば予約取れたかもしれないのに。」
「そうね。でもまぁ、仕方ないわ。今回は諦めよう。」
 響子はそういってバッグを手に持つ。
 そのとき響子の携帯電話がなった。それに響子は反応して電話をとる。
「はい……。え?本当?凄いですね。え……あぁでも……。」
 電話を切ると響子は少し複雑そうな表情になる。
「どうしたの?」
 真二郎が聞くと、響子は少し言いにくそうに言った。
「チケットがとれたって……。」
「誰?」
「……一馬さんが。」
 一番最初に一馬にあったとき、一馬は「flipper's」の名前を出した。おそらく一馬も好きなバンドなのだろう。
「コネ?」
 真二郎はそう聞くと、響子は少し首を横に振る。
「それは失礼だわ。電話予約しかしていないって教えてくれたのは一馬さんなんだから。」
「わかった。わかった。」
 確信に変わる。やはり響子は一馬に気があるようだ。そして圭太は何も考えていない。店を出ると鍵を閉めて、また携帯電話を見ている。おそらく喜美子のことを思っているのだろう。
 時間の問題かな。真二郎はそう思いながら心の中で笑いをこらえられなかった。
「響子。一馬さんとどっかに行くの抵抗があるのか?」
「んー……どっちかというと、一馬さんの方が気にして入るみたいで。」
「あぁ。別に気にしてないから行ってくればいいよ。」
 圭太は携帯電話をしまうと、響子に言う。
「不安じゃない?」
「……何で不安になるんだよ。そっちの方が嫌らしい気持ちなのかって思うし。」
 圭太は不機嫌そうにそういうと、響子も少し笑う。
「それもそうね。あなたにはあまりハードロックはわからないみたいだし。」
「お前、そのかわり今度の休みは映画につき合えよ。」
「え……。」
「やなのか?」
 圭太がそう聞くと、響子は少し首を傾げる。
「何か良い映画があったかしら。」
「アクションだけどな。」
 アクションと聞いて、目を輝かせたのは功太郎だった。
「もしかしてグレゴリーが出てくるヤツ?」
「あぁ。」
「俺、あれを観たいと思っててさ。」
「お前と観てどうするんだよ。」
 ぎゃあぎゃあと圭太と功太郎が言っている間、響子は携帯で連絡を入れる。その様子を見て、真二郎は少しため息をついた。
 やはりあの男に渡すのは危険だ。自分の手が届かなくなる。何かないだろうか。焦る気持ちだけが先走っていく。
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