彷徨いたどり着いた先

神崎

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 出てきた鯖の味噌煮や小鉢、味噌汁、ご飯の盛りが良くて、一馬に合わせて定食にしたが、少し後悔している。量が多すぎるのだ。
 だが一馬はそれに物怖じせずに、それを次々に口に運んでいる。気持ちの良い食べっぷりだ。
「よく食べるねぇ。」
 水を注いでくれたおばあさんが、驚いたように一馬に言う。
「美味いです。行ったところは山だったから、海の魚はなかったし。」
「出張かい?」
「えぇ。そんなものです。」
 ダブルベースを置いているし、会社員にしては髪が長く結んでいるのだから普通の会社員ではないのはわかるのに、おばあさんにしてみたらそれが理解できないのだろう。一から説明しても理解してくれないのだから。
「響子が煮込みを作ることがあるんですけどね。花岡さんが来たら、一晩でなくなりそうだ。」
「煮込み?」
「牛のすじ肉とか、スペアリブとか、そういうちょっと堅いモノを野菜と煮込んだモノを作るときがあるんです。そのときは二人でも二、三日同じモノを食べますけどね。」
「ふーん。料理はするのか。」
 そういうことはあまり話していないようだ。まだそこまで深い仲ではないのだろう。少し安心した。
「遠藤さんは……。」
「真二郎で結構ですよ。」
「真二郎か……。俺も一馬で良いですけどね。」
 味噌汁を飲んで、一馬はため息を付いた。
「真二郎さんは、響子さんと暮らしていると聞きましたけど、何も言わないんですか。」
「と言うと?」
「オーナーが。」
 その言葉に真二郎の箸が止まる。そういうことは話しているのか。
「響子のことは聞きましたか。」
「まぁ……あらかた。不幸な事件ですね。しかも犯人は全部は捕まっていないと聞いています。」
「ではないと、おそらく画像や動画が流出することはないと思います。」
「ヤクザの手に渡っていると考えれば、そういうこともありますね。」
 一馬はため息を付いて言う。
「芸能人の流出画像なんかがあるのは知っていますか。」
「えぇ。それで評判が地に落ちた人も居ます。」
「それもたぶん、ヤクザの手に落ちたものです。最近は女性のモノが多い。女性が性に奔放だと、イメージが悪いのでしょう。」
「……。」
「オーナーはそれを含めて、響子さんを雇ったのでしょう。そしてあなたも。」
「俺も?」
「ウリセンで働いているのでしょう。」
 すると真二郎は少しうなづいた。
「あそこの店のパティシエは男をくわえ込んでいるというような噂が立ったら、そういうのに嫌悪感を持つ人は行かないでしょう。いくらコーヒーが美味くても、ケーキが美味くても、代わりはある。」
「……。」
「オーナーはそれを含めてあなたを雇っているんです。噂は噂。ウリセンは仕事なんでしょう?」
「えぇ。」
「何か手を打っているはずです。それくらいはしてるでしょう。」
「何か?」
「詳しくはわかりません。」
 圭太のことも知っているのか。食えない男だ。そして少し箸を持つ手に汗がにじむ。
 一馬は表情があまり現れない。それだけに何を考えているのかわからないのだ。こういう男は初めてで、真二郎自体も少し戸惑っていた。
 今まで響子に近づこうとした男がいて、裏で手を引いて別れさせていた。一つの弱みは全部を壊していく。いつもそうしていたはずなのに、一馬にはその隙がない。
 このままでは一馬に取られてしまう。それが少し焦ってくるのだ。
「オーナーの実家は金融会社をしているそうです。」
「金融?金貸しですか。」
「えぇ。」
「半分ヤクザみたいなものですね。でも縁は切っているのでしょう?」
「切っているというか、切れないようですね。でもべったり付いてもない。たとえばあっちの親族に依頼されれば、ケーキを特注で焼いたりすることもあります。」
「……切るのは難しいでしょうね。」
 わずかに表情が変わった。やはり、一馬は圭太に嫉妬している。それはもう響子に惚れているとしか思えない。そこが弱みだろう。
 だがそれに対して何ができるのか。響子が圭太を捨てるのに、一馬を利用すれば一馬にひっついてしまう。一馬の方が条件がいい。分かれる理由が見あたらない。
 どう考えても自分が負けている。そう思えた。

 店に帰ってくると、圭太がもうフロアにでていた。忙しくはなさそうだが、何かあったのだろうか。
「おー。真二郎。ちょっといい?」
「何?どうしたの?」
 レジのところへ行くと、圭太はどうやらウェディングケーキの注文があったらしく、その説明をしていた。その間、響子の方を一馬はみると、響子がカウンターから出てくる。
「ご飯へ行ってたんですか?」
「あぁ。久しぶりに満たされた。いい店だった。真二郎さんはいい店を知っている。」
「え?もしかしてあの老夫婦のしている?」
「あぁ。ご飯もお代わりができたし。」
 その言葉に響子は唖然として、一馬を見上げる。するとそれを功太郎も気がついたのか、驚いたように一馬をみていた。
「あの食堂だろ?あの量食ったのか?」
「あぁ。今度はどんぶりを食べたい。」
「どこに入るんだよ。」
「別に普通だろう。功太郎も、食べれば大きくなる。」
「俺、もう二十三だって。食えば横に大きくなるわ。」
 笑いながら、功太郎はまたフロアにでる。
「すいません。お土産をいただいて。コーヒーを淹れますね。」
「あぁ。それが楽しみだった。」
「オーナー。グランデサイズにしてもいいかしら。」
 するとケーキの打ち合わせをしていた圭太はうなづく。そしてまたケーキの相談をしていた。
「黄色のケーキね。」
「派手な方がいいんだってさ。こう……高さじゃなくて横に広いヤツ。」
「季節的に難しいな。黄色って秋だとモンブランとかサツマイモとかちょっと地味な食材しかないし。」
「んー……それは俺も思ってた。けど、花嫁の衣装が黄色だから、黄色がいいんだって。」
「考えてみるよ。いつだっけ。」
「二十日。」
「十日までに案を出すから。それでOKなら作るよ。」
 バックヤードに戻ろうとして、ちらっと一馬をみる。一馬の視線はずっと響子を追っていた。やはり響子に気があるのだ。圭太よりもたちが悪い。
 そしてみてしまった。響子もまた一馬の方を一瞬みていたのを。
 まさか響子も惹かれているのだろうか。
 真二郎はバックヤードに戻ってきて、頭を抱える。まずい。こんな形で別れさせたくなかった。そして何より、一馬とひっついてしまったら別れさせる自信がない。二度と自分の方に振り向かないだろう。
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