彷徨いたどり着いた先

神崎

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 休憩にはいり、圭太は弁当を取り出した。今日は余裕があったので、夕べ作って置いて余ったモノをタッパーに入れて持ってきていたのだ。それを真二郎が見て少し笑う。
「ご飯作ってきたんだ。」
「夕べ作ったヤツの残りだよ。今朝作ったのは卵焼きくらいだし。」
 お茶だけは買ってきたものだ。ペットボトルのお茶を取り出して、テーブルにそれを置く。おかずは肉じゃがやサラダなどがあり、そして卵焼きもある。
「響子は煮込み料理がうまいよ。」
「あぁ。何か言ってたな。俺まだ食ったことが無くて。」
「寒い時じゃないと作らないから。」
 だったら少し冷えたときにでも作ってもらおう。そう思いながらご飯に口を付ける。
「真中さんって言ってたっけ。」
「あぁ。今日、来てた客な。」
「合コンの時に来てた人で、連絡先は交換したの?」
「趣味が合うんだよ。でも進んで連絡はしてないな。」
「オーナーからは?」
「してないよ。」
 嘘だ。東から聞くところによると、もう喜美子とは二人で食事へ行ったり酒を飲んだりしているらしい。嘘を付いたのは、真二郎に遠慮をしているからだろう。
 だが嘘はすぐにばれる。それを知ったときの響子はどんな反応をするだろうか。
「別に俺、黙っとくからさ。別にいいんじゃない?」
「何が?」
「遊ぶくらいだったら。」
「聡子の時で懲りた。」
 そうだった。聡子とセックスをするつもりだったのに、圭太は立たなかったのだ。遊びは出来ないタイプだ。だったら本気にさせればいい。そのためにはどうすればいいのだろう。
「そっか。そうだよね。」
「お前みたいに割り切れないわ。」
「そうかな。俺、男でも女でも抱くときはその人しか見てないよ。重ねてない。」
 その言葉に、わずかだが嫌みがあった。だが圭太には通じていない。食事をしているのを見て、真二郎はそのままコックコートを脱ぐとバッグを手にフロアに出た。
 圭太は相変わらず真子を響子に重ねている。それがさらに圭太に対していらつかせた。やはりぼんぼん育ちは抜けないし、それで響子を振り回している。そして言ったことに責任を持てない。
「くそ。」
 フロアに出ると、見覚えのある人が居た。それは花岡一馬だった。相変わらずがたいが良く、真二郎の好みのタイプだった。
「花岡さん。こんにちは。」
「あぁ。パティシエの……。」
「コーヒーですか?」
「あーうん。まぁそれもあるが、ちょっと土産を渡したくてな。」
 功太郎はオーダーへ行っているし、響子はケーキを盛りつけている。どうやらどちらも手が放せないらしい。
「時間は大丈夫ですか?」
「あぁ。予定は夕方からだ。ゆっくりでも良い。」
 休憩に行くときは、店の状況を見て休憩に行くしだいたい暇な時間帯を選ぶ。だが予想外のことはあるのだ。
「すんません。お待たせしました。」
 オーダーを取った功太郎が一馬に近づいてくる。すると一馬は紙袋を功太郎に手渡した。
「とりあえずこれをみんなで。」
「はぁ……どうしたんですか。」
 中身を見ると、五合瓶の酒と漬け物を真空パックしたモノが入っている。
「歌手のツアーに同行してて、さっき帰ってきた。コーヒーを飲みたいと思ったんだが、手は離せないようだな。」
「ちょっと待っていただければ淹れれますよ。」
「いい。あとでまた来るから。とりあえずこれだけ渡しておく。酒はともかく漬け物は、冷蔵庫に入れておいた方が良いから。」
「ありがとう。」
「あとでまた来る。」
 一馬はそう言って出ていった。そのあとを真二郎が追うように出ていく。
「花岡さん。」
 キャリーケースを引き、ダブルベースを背負っているその一馬の広い背中に声をかけた。すると一馬は振り返る。
「どうしました。」
「あー……。ご飯って食べました?」
「いいや。適当にすませて、また来ようと思っていたんですけどね。」
「だったら一緒に行きませんか。」
「良いですけど、そんな外で食えるような暇があるんですか。」
「オーナーが中にいるんで大丈夫ですよ。」
 最近はパフェやクレープを響子が作ってくれることもある。見た目は真二郎が作っているのとあまり変わらないように感じた。
「どこか美味いところがあるんですか?」
「えぇ。」
 もし、響子に惹かれているなら。気があるのだったら、早いうちにあきらめてもらわないといけない。こういう男は驚異なのだから。

 いつか響子と来た食堂だった。向かい合って真二郎と一馬は座り、一馬は壁に貼られているポスターやメニューを見ていた。
「こっちに正式なメニューがありますよ。」
 そう言って真二郎はテーブルにおいてあるメニューを一馬に手渡した。
「大盛りは出来るんですか。」
「でも普通に頼んでも大盛りくらいの量がありますよ。」
「そうですか。」
「響子と来たことがありますけど、響子は途中であきらめてましたから。」
「食が細い女ですね。酒で動いているのか。」
 その言葉に真二郎は少し笑う。こういう冗談も言える男なのだろう。そしてやはり響子とは一番合っている気がする。それだからこそ、驚異なのだ。
「鯖の味噌煮が良さそうですね。」
「良いですね。俺もそうしよう。すいません。一つ小盛りで、鯖味噌の定食を二つ。」
 その声にカウンターの向こうにいるおじさんがうなづく。
「小盛りでいいんですか?」
「それでも普通並ですよ。花岡さんは食べるんですか。」
 すると一馬は頭をかいて言う。
「兄嫁からいつも「一馬さんはどこに食事が消えていくのだろう」と言われます。」
「体を作っているからじゃないんですか。」
「体づくりはただの趣味ですね。」
「ジムへ行ったり?」
「えぇ。週に何度か行ったり、朝走ったり、ライブは体力勝負ですから。」
 レコーディングだけではなく、歌手のバックでライブをすることもあるのだ。こういう所もストイックで、ますます響子が気に入る素質がある。
 セックスばかりしている真二郎とは違うのだと言われているようだ。
「……でも花岡さんはもてるでしょう?」
 水に口を付けて、一馬は首を横に振る。
「水川さんが言っていたでしょう?」
「あぁ。絶倫って。」
 そこも真二郎が気になるところだった。出来れば相手をしたい。
「その噂が一人歩きしていて、一時期大変な目にあったんです。」
 そういう噂があれば試してみたいと思うのだろうか。どこから過レコーディングが終わったスタジオの前で、女が一馬を誘ってくることもあった。
「コートの下に何も着ていない女が居たりしてですね。」
「それはちょっと引きますね。」
「それからはあまり恋人なんかは作ってないですね。」
 響子が男に対して斜に構えているように、一馬もそういうコンプレックスがあるのだ。そしてぞっとする。やはり早いうちに手を打っておかないと危険だ。
 響子も一馬も惹かれ合うのが目に見えるようだから。
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