彷徨いたどり着いた先

神崎

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ベーシスト

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 コップは漂白しているので、紙コップでだした。そしてその香りに、誰もが笑顔になる。
「あぁ、やっぱり響子のコーヒーは美味しい。この間のモノとは違うわね。」
 有佐はそういってまたコーヒーに口を付ける。
「この間業者が持ってきた新しい豆です。まぁ、ここで出すことはないですけど。」
「この豆も美味しいねぇ。響子のコーヒーはいつも美味しい。」
「大げさ。真二郎。いつも飲んでいるじゃない。」
「うちで飲んでいるのは結局破棄するような豆じゃないか。」
「そうだけどね。」
 響子もそういってコーヒーを口に含む。その様子を見てやはりそうかと、一馬は思っていた。
「どうですか。」
 圭太が気を使って一馬に声をかける。昼に渡されたグランデサイズのモノではなく、ショートサイズの一般的なサイズだ。だが一馬が持つと、それよりも小さく感じる。
「美味しい。あぁ……あの喫茶店でもらったコーヒーとは違うが、これも良い。」
 香りが高いコーヒーだ。こんなモノと同じコーヒーで売っているという大手のカフェのコーヒーが、どれだけ質が悪いかがわかる。
「あとは好みだと思います。酸味があるとか、甘みが強いとか、もっと専門店になると豆からこだわりますけどね。」
「いや……十分だと思う。」
 だが一馬の表情が少し浮かない。それを有佐も感じて、真二郎を見て言う。
「そういえば、あなたまだ男のところに転がっているの?」
 その言葉に思わずコーヒーを吹きそうになった。この男が、男のところに転がっているとは思わなかったからだ。
「あー。いえ。今は響子のところに。」
「彼女でもないのに、一緒に住んでいるなんてね。」
「真二郎なら安心できますよ。」
 響子もそういって少しうなづいた。
「一緒に住んでる?え……どういうことだ。」
 最初は表情のない人だと思った。だが女一人でこんなに焦っている。相当気になる相手なのだ。有佐はそう思って心の中で笑う。
「二人は幼なじみなのよ。昔からよく知っている間柄。もちろん、真二郎がゲイだってことも承知している。」
「まぁ。正確にはバイセクシャルですけど。」
「あら。それは知らなかったわ。でも響子は射程範囲外ってところ?」
 その言葉に響子は複雑そうに真二郎を見上げた。一度はキスをした仲なのだ。それを言うだろうかと思う。
「そうですね。俺はどうしても体から入るから。」
「体っ……。」
 どうやら二十五にしては老けているように見える一馬だが、その辺に関しては相当幼いらしい。その程度の話で顔が赤くなっている。
「そんなに赤くなるなよ。あんたさ。童貞ではないんだろう?」
 功太郎がそう聞くと、一馬は少しうなづいた。
「まぁ……そうだが。」
 有佐が今度は笑い出した。それが何事かと圭太が今度は聞く。
「別に良くねぇ?童貞だろうと何だろうとさ。」
「あーいや。違うのよ。オーナーさん。」
「水川さん。その話は辞めてもらって良いですか?」
「あぁ。そうね。私も詳しい話は知らないし、週刊誌のゴシップ記者のように、想像で話はしたくないから。」
 ほっとして一馬はまたコーヒーに口を付ける。
「だけど、あれよね。一つ言えるのは。」
「何だよ。」
「相当絶倫だってことは確かよ。」
 その言葉に一馬は有佐に詰め寄る。
「ちょっと……それは……。」
「何よ。むかーしの話じゃない。」
 相手は有佐ではなかったが、昔、誘ってきた女を気絶するまで犯したことがあるのだ。それを元のバンドメンバーが口にして、以来、一馬には色欲の強いような女しか寄ってこない。それが一馬をうんざりさせているのだ。
「何食ったらそうなるんだよ。すげぇな。」
 否定するのも面倒だ。半分あきらめて一馬は口にする。
「別に。好き嫌いはないし、夜は寝る。それだけだろう。」
 ちらっと響子を見るが、響子は関心がなさそうに圭太と話をしている。おそらくネルドリップで淹れているコーヒーのことを、相談しているのだろう。良かった。聞いていなくてと、一馬は正直思っていた。

 六人は店を出ると、駅へ向かう。場所を変えて食事へ行こうとしたのだ。だが真二郎はそれを断る。
「今から仕事へ行くからね。」
「あぁ、ウリセンで働いているって言ってたわね。」
「ウリセン?」
 その言葉に一馬は相変わらず首を傾げる。やはりこういう知識は全くないのだろう。
「風俗みたいなものだよ。」
「女相手のか?」
「いいや。男を相手にしてる。花岡さんもどうですか。あなたはモテると思いますよ。」
 背も高くがたいが良い。その上絶倫だという。真二郎自体も少し手を出してみたいタイプではあった。責められても良いだろうし、逆に受けでもこういう男の表情が崩れるのを見るのも良い。
「いや……男はちょっと。」
 手を拭って響子の方を見る。響子は相変わらず圭太と、ネルドリップについて何か話をしていた。
「あれだけ良いなら、コーヒー単品のヤツだけでもあれにした方が良い。」
「コーヒーの値段を上げないといけないわ。ネルは手間もかかるのよ。」
「だったら豆を変えるか。」
「需要がない。ほとんどのお客様がケーキなりとセットにしているわ。破棄する豆を焙煎しても、意味がないわ。」
「今日の豆を……。」
 有佐に言われたことを気にしている。響子はコーヒーの専門店でも開けるくらいの腕があるはずだ。それなのに洋菓子店のおまけ的なコーヒーを淹れている。つまり自分の腕をずいぶん卑下しているのだ。
「ねぇ。あなた。」
 功太郎は自分のことを言われていると思ってなかった。急に有佐に声をかけられて、驚いて有佐を見上げる。
「何?」
「響子はあの男とつきあっているの?」
 すると功太郎は少し不服そうに言った。
「そうだよ。」
「……安心したわ。」
「何が?」
「昔のこともあるし、男を敵くらいにしか思ってなかった。信じれるのは真二郎くらいだと思ってたのに。」
「……。」
「真二郎にあまり頼っていてもね。それにあの子は何を考えているのかわからないところがあるから、あれくらいわかりやすい男の方が良いかもしれない。」
「オーナーってそんなにわかりやすいかなぁ。」
 口をとがらせて、功太郎はその二人の背中を見ていた。
「お坊ちゃんに見える。それに人間的に薄っぺらい。深く考えないでつきあうだけならそれで良い。ただ……結婚となると事情は変わってくるだろうけど。」
「良い歳だし、結婚するのかとは思ってたけど。」
「……響子のことをわかっていて、どっしり受け止められるとは思えないわ。」
 すると功太郎はその言葉に少しほっとした。もしかしたら、響子の方が三行半を突きつけるかもしれない。そのときは自分が受け止める役割をしたいと思っていたから。
「花岡君みたいなタイプが良いと思うんだけどな。」
 その言葉に功太郎は思わず一馬の方を見る。
「花岡さん?」
「彼も乗り切った人なのよ。」
 そういって有佐は一馬の後ろ姿を見ていた。
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