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ベーシスト
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背中に背負っているのは夕べとは違うダブルベースではなく、エレキベースのようだ。黒いケースに入れているが、一馬が持っているとギターなのかもしれないと少し勘違いをする。
「花岡さん。よかったらベースそこにおいて置いて良いですよ。」
エレキベースを背負ったままの一馬が気になったのだろう。圭太が入り口にあるいすを進めた。テイクアウトの客のために、用意しているモノでオーダーが詰まっていたりすると客はそこで待っているのだ。
「いいや。結構だ。それよりオーナー。このケーキは結構凝っているな。」
「ありがとうございます。うちのパティシエは、有名ホテルでも腕を振るったことがあって。」
「そうか。」
パティシエなどには興味がない。あくまで興味はケーキやコーヒーなのだろう。圭太とはそこでもずれがある。
「ケーキを包んでもらおうか。今からスタジオへ行くから。」
「おみやげですか。」
「たまにはそういうサービスをしておいた方がいい。」
スタジオミュージシャンだという。たまには有名な歌手なんかのライブの後ろで弾くこともあるが、不安定な仕事だろう。だからこそ、こういう手土産などは必要かもしれない。
「どれになさいますか。今のおすすめは限定の桃のムースケーキですね。ミルク味のムースと桃のコンポートが爽やかな甘みで、外の暑さを忘れさせてくれますよ。」
「だったらそれを五つ包んでくれ。」
「かしこまりました。」
あまり興味はなさそうだ。だがケーキ自体はとても凝っている。それで買うと言ったのだろう。
「なぁ。これってベースか?」
功太郎が珍しそうに、一馬の背負っている楽器を指さした。すると一馬は、少し驚いたような顔を一瞬したがすぐに冷静を取り戻す。
「あぁ。エレキベースだ。」
「すげぇ、でかいな。初めて見た。」
店員にしては口の効き方が良くない。だがよく見れば、高校生くらいだろう。今の時間だったらまだ高校はしている。だったら、この男は高校に行っていない子供だろう。そして中学校でも吹奏楽部や軽音部くらいはありそうなものだが、必ずしもあるとは限らない。そうなってくると、生の楽器に触れる機会はない。当然、こういう楽器が珍しいというのもうなづける。
「功太郎も夕べは来れば良かったのに。」
「冗談。俺、音楽にもあまり興味が無くてさ。しかもジャズだっけ。ますますわかんねぇ。」
圭太との会話に、一馬は違和感を持った。夕べは夜にやるようなライブだった。当然酒も提供する。なので未成年は来れないようなライブだった。
「それに夜のK町だろ?また警察官から「もしもし」って言われるし。」
「そうだったな。お前、補導されかけたんだっけ。」
「俺、もう二十四だけど。」
その言葉に思わず一馬はベースを落としかけた。そして改めて功太郎を見る。
「何?」
それに気がついて功太郎は一馬に声をかけた。
「いや……。一つ違いだとは思わなかっただけだ。」
「え?あんた、二十五?」
一馬はゆっくりうなづくと、功太郎は驚いて一馬を見上げる。
「老けてんな。」
「余計な世話だ。」
「どうせあんたも俺を高校生くらいだと思ってたんだろ。別に良いけど。」
失礼なのはお互い様か。一馬はそう思っていた。そのときふっとコーヒーの匂いがして、カウンターの向こうを見る。すると響子がやっとブレンドのオーダーに取りかかって、コーヒー豆が入っている瓶の蓋を開けたのだ。
「……。」
「花岡さん。冷蔵庫まではどれくらいかかりますか。」
「一時間くらいだろう。」
「かしこまりました。それくらいで保冷剤を入れておきますね。今日はどこの音楽スタジオへ行くんですか。」
「S区のスタジオだ。あまり時間はかからない。」
「歌手の?」
「あぁ。何だったか……こう、男のアイドルがぴーちくぱーちく踊りながら歌ってるようなヤツ。」
「そんな仕事もしているんですね。」
「まぁ、仕事だからな。他にバイトをしなくても音楽だけで食っていけるんだ。それだけありがたい。」
ふわっとコーヒーの良い香りがした。それはコーヒーを響子が淹れているもので、思わずそちらに目が行く。慣れているようにコーヒーを淹れていく。
店内中にコーヒーの香りがするようだ。客によっては別メニューを考えていたのに、そのコーヒーの香りでコーヒーにしてしまう人もいる。それくらい影響力があるのだ。
「良い香りだ。」
「夕べもコーヒーラムを飲んでたみたいですけど、コーヒーが好きなんですか。」
「あぁ。」
少し一馬は戸惑っていたが、すぐに口を開く。
「「flower children」にいたとき、メジャーデビューしてしばらくするとバンドのメンバーと衝突していたんだ。そのとき、みんなでコーヒーを飲みに行った。たぶん、トランペットのヤツは解散を言い出そうと思っていたんだと思う。だけど、あのコーヒーを飲んで、もうしばらくやろうという気になった。」
都会の片隅にある小さな喫茶店だった。古かったが、それはそれで味だと思う。カウンターにいたのは白髪の老人だったと思う。
「……良いコーヒーに出会ったんですね。」
「あぁ。あれ以上のコーヒーにはまだ出会っていない。」
コーヒーの抽出が終わり、響子はサーバーにたまっているコーヒーをコップに移し替えた。
「響子。それグランデサイズだろ?」
功太郎はそう聞くと、響子は口に指を当てる。
「夕べ、お世話になったの。そのお礼。オーナー、差額は私が払うから。」
圭太に響子はそういうと、圭太は少し笑って言う。
「良いよ。別に。俺も世話になってんじゃん。」
「世話?話をしただけじゃないか?」
すると圭太は少し笑って言う。
「ジャズは俺の趣味で、響子はいつもついてくるって感じだった。けど、あなたがいたからハードロックの談義が出来たと夕べは嬉しそうで。」
「そうか。」
その言葉に少し違和感を持った。だが一馬はそれ以上聞かない。何があっても別に気にしないのだ。
コーヒーに蓋をして、響子はそれをカウンターにおく。そしてカウンターを出ると、バックヤードへ向かっていった。
その間、一馬はコーヒーとケーキを受け取ると会計をする。そして品物を受け取ったとき、響子がCDを片手に、フロアに戻ってきた。
「一馬さん。これを。」
そういって響子はそのCDを一馬に手渡す。すると一馬は少し笑っていった。
「そうだったな。夕べ約束をしていた。悪い。俺はCDを持ってきてなくて。」
「別にいつでも良いですよ。」
すると一馬はケーキとコーヒーをおいて、ポケットから携帯電話を取り出した。
「今度、来るときは連絡をする。それか、「flipper」で渡しても良いし。」
「そうですね。私も急いでいるわけではないですし。あぁ、そうだった。来週のロックフェスのことなんですけど、チケットを譲ってもらえるとかで。」
「本当か?」
「連絡先を教えておきます。」
響子も携帯電話を取り出して、お互いに連絡先を交換している。その姿を見て、圭太は少し複雑そうだった。そして何も知らない功太郎の心の中もまた嵐が拭き始めている。
キッチンからその様子を見て、真二郎は少し笑っていた。好みのいい男が来たというのと、響子をまた利用することが出来るという嬉しさからだった。
「花岡さん。よかったらベースそこにおいて置いて良いですよ。」
エレキベースを背負ったままの一馬が気になったのだろう。圭太が入り口にあるいすを進めた。テイクアウトの客のために、用意しているモノでオーダーが詰まっていたりすると客はそこで待っているのだ。
「いいや。結構だ。それよりオーナー。このケーキは結構凝っているな。」
「ありがとうございます。うちのパティシエは、有名ホテルでも腕を振るったことがあって。」
「そうか。」
パティシエなどには興味がない。あくまで興味はケーキやコーヒーなのだろう。圭太とはそこでもずれがある。
「ケーキを包んでもらおうか。今からスタジオへ行くから。」
「おみやげですか。」
「たまにはそういうサービスをしておいた方がいい。」
スタジオミュージシャンだという。たまには有名な歌手なんかのライブの後ろで弾くこともあるが、不安定な仕事だろう。だからこそ、こういう手土産などは必要かもしれない。
「どれになさいますか。今のおすすめは限定の桃のムースケーキですね。ミルク味のムースと桃のコンポートが爽やかな甘みで、外の暑さを忘れさせてくれますよ。」
「だったらそれを五つ包んでくれ。」
「かしこまりました。」
あまり興味はなさそうだ。だがケーキ自体はとても凝っている。それで買うと言ったのだろう。
「なぁ。これってベースか?」
功太郎が珍しそうに、一馬の背負っている楽器を指さした。すると一馬は、少し驚いたような顔を一瞬したがすぐに冷静を取り戻す。
「あぁ。エレキベースだ。」
「すげぇ、でかいな。初めて見た。」
店員にしては口の効き方が良くない。だがよく見れば、高校生くらいだろう。今の時間だったらまだ高校はしている。だったら、この男は高校に行っていない子供だろう。そして中学校でも吹奏楽部や軽音部くらいはありそうなものだが、必ずしもあるとは限らない。そうなってくると、生の楽器に触れる機会はない。当然、こういう楽器が珍しいというのもうなづける。
「功太郎も夕べは来れば良かったのに。」
「冗談。俺、音楽にもあまり興味が無くてさ。しかもジャズだっけ。ますますわかんねぇ。」
圭太との会話に、一馬は違和感を持った。夕べは夜にやるようなライブだった。当然酒も提供する。なので未成年は来れないようなライブだった。
「それに夜のK町だろ?また警察官から「もしもし」って言われるし。」
「そうだったな。お前、補導されかけたんだっけ。」
「俺、もう二十四だけど。」
その言葉に思わず一馬はベースを落としかけた。そして改めて功太郎を見る。
「何?」
それに気がついて功太郎は一馬に声をかけた。
「いや……。一つ違いだとは思わなかっただけだ。」
「え?あんた、二十五?」
一馬はゆっくりうなづくと、功太郎は驚いて一馬を見上げる。
「老けてんな。」
「余計な世話だ。」
「どうせあんたも俺を高校生くらいだと思ってたんだろ。別に良いけど。」
失礼なのはお互い様か。一馬はそう思っていた。そのときふっとコーヒーの匂いがして、カウンターの向こうを見る。すると響子がやっとブレンドのオーダーに取りかかって、コーヒー豆が入っている瓶の蓋を開けたのだ。
「……。」
「花岡さん。冷蔵庫まではどれくらいかかりますか。」
「一時間くらいだろう。」
「かしこまりました。それくらいで保冷剤を入れておきますね。今日はどこの音楽スタジオへ行くんですか。」
「S区のスタジオだ。あまり時間はかからない。」
「歌手の?」
「あぁ。何だったか……こう、男のアイドルがぴーちくぱーちく踊りながら歌ってるようなヤツ。」
「そんな仕事もしているんですね。」
「まぁ、仕事だからな。他にバイトをしなくても音楽だけで食っていけるんだ。それだけありがたい。」
ふわっとコーヒーの良い香りがした。それはコーヒーを響子が淹れているもので、思わずそちらに目が行く。慣れているようにコーヒーを淹れていく。
店内中にコーヒーの香りがするようだ。客によっては別メニューを考えていたのに、そのコーヒーの香りでコーヒーにしてしまう人もいる。それくらい影響力があるのだ。
「良い香りだ。」
「夕べもコーヒーラムを飲んでたみたいですけど、コーヒーが好きなんですか。」
「あぁ。」
少し一馬は戸惑っていたが、すぐに口を開く。
「「flower children」にいたとき、メジャーデビューしてしばらくするとバンドのメンバーと衝突していたんだ。そのとき、みんなでコーヒーを飲みに行った。たぶん、トランペットのヤツは解散を言い出そうと思っていたんだと思う。だけど、あのコーヒーを飲んで、もうしばらくやろうという気になった。」
都会の片隅にある小さな喫茶店だった。古かったが、それはそれで味だと思う。カウンターにいたのは白髪の老人だったと思う。
「……良いコーヒーに出会ったんですね。」
「あぁ。あれ以上のコーヒーにはまだ出会っていない。」
コーヒーの抽出が終わり、響子はサーバーにたまっているコーヒーをコップに移し替えた。
「響子。それグランデサイズだろ?」
功太郎はそう聞くと、響子は口に指を当てる。
「夕べ、お世話になったの。そのお礼。オーナー、差額は私が払うから。」
圭太に響子はそういうと、圭太は少し笑って言う。
「良いよ。別に。俺も世話になってんじゃん。」
「世話?話をしただけじゃないか?」
すると圭太は少し笑って言う。
「ジャズは俺の趣味で、響子はいつもついてくるって感じだった。けど、あなたがいたからハードロックの談義が出来たと夕べは嬉しそうで。」
「そうか。」
その言葉に少し違和感を持った。だが一馬はそれ以上聞かない。何があっても別に気にしないのだ。
コーヒーに蓋をして、響子はそれをカウンターにおく。そしてカウンターを出ると、バックヤードへ向かっていった。
その間、一馬はコーヒーとケーキを受け取ると会計をする。そして品物を受け取ったとき、響子がCDを片手に、フロアに戻ってきた。
「一馬さん。これを。」
そういって響子はそのCDを一馬に手渡す。すると一馬は少し笑っていった。
「そうだったな。夕べ約束をしていた。悪い。俺はCDを持ってきてなくて。」
「別にいつでも良いですよ。」
すると一馬はケーキとコーヒーをおいて、ポケットから携帯電話を取り出した。
「今度、来るときは連絡をする。それか、「flipper」で渡しても良いし。」
「そうですね。私も急いでいるわけではないですし。あぁ、そうだった。来週のロックフェスのことなんですけど、チケットを譲ってもらえるとかで。」
「本当か?」
「連絡先を教えておきます。」
響子も携帯電話を取り出して、お互いに連絡先を交換している。その姿を見て、圭太は少し複雑そうだった。そして何も知らない功太郎の心の中もまた嵐が拭き始めている。
キッチンからその様子を見て、真二郎は少し笑っていた。好みのいい男が来たというのと、響子をまた利用することが出来るという嬉しさからだった。
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