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ベーシスト
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夕方近くになるとそわそわする。響子と最近はデートらしいデートをしていない。数時間だけとはいっても、二人でいれる時間なのだ。壁に貼られているポスターを見て、その時間を作ってくれた瑞希に少し感謝する。
「いらっしゃ……。いらっしゃいませ。」
功太郎の声が一瞬詰まった。圭太はその声に振り返ると、そこには背の高い女性が立っていた。背だけではなく胸も尻もすべてが大きくて、すべてのパーツが小さい功太郎は少し気後れしているのだろう。だから言葉に詰まった。
「イートインでしょうか。」
「いいえ。焼き菓子を積めてもらえないかしら。二千円くらいで。」
「はい。ちょっと待ってください。」
その言葉に女性のかけているサングラスの奥の目が、少し変わった気がする。そう思って圭太は女性の方に近づこうとした。そのとき、響子がトイレから戻ってくる。
「暑いからって、水分取りすぎるとトイレが近いわねぇ。」
響子はそういってカウンターに戻ろうとした。するとその女性に目を向ける。すると女性はサングラスをはずして、笑顔で響子を見た。
「響子。」
「有佐さん?あぁ。お久しぶりです。いつこちらに?」
「三日前よぉ。あぁ。懐かしい。ちょっとハグしましょ?」
すると女性は少しかがんで、響子を抱きしめる。それに響子も笑顔で、答えていた。
「響子のコーヒーが飲みたくて来ちゃったわよ。」
「お店がよくわかりましたね。」
「えぇ。相原から教えてもらったわ。焼き菓子を包んでもらうんなら、ここが良いって。コーヒーもケーキも超美味しいって言ってたし。もしかしたらと思ったんだけど、桜子にも聞いて確信したわ。」
桜子とも知り合いか。だが桜子はおそらくいい風にはいっていなかったはずだろう。それでもここにこの女性がやってきたのは、響子が目当てなのだろうか。
「そうでしたか。評判になってて良かったです。あぁ、ブレンドを淹れましょうか。」
「そうね。ちょっと今日はのんびり出来ないから、テイクアウトは出来る?」
「えぇ。ご用意いたします。焼き菓子も頼まれましたか。」
「えぇ。そこの店員さんにね。」
さっきまでの高圧的な感じが全くなくなった。それだけ響子を信頼しているのだろう。
「あ、本宮の知り合いですか。」
圭太はやっと女性に声をかけることが出来た。すると女性は少し笑って、バッグから名刺を取り出す。
「オーナーさん?」
「はい。新山といいます。」
圭太もレジに入り、その引き出しから名刺を取り出して女性に手渡した。すると女性も名刺を取り出して、圭太に手渡す。そこには外国のレコード会社の傘下にある、この国のレコード会社の名前が書いてあった。そしてこの女性は外国のアーティストのマネジメントをしているらしい水川有佐と書いてあった。
「レコード会社の方でしたか。」
「えぇ。少し前まで外国にいたんだけど、一時帰国してね。また戻らないといけないんだけど、帰ってきたらまず響子のコーヒーが飲みたくて。」
「えっと……本宮とはずっと知り合いで?」
「「古時計」にいるときからね。毎日目が回りそうなくらい忙しかったときに、唯一の息抜きだったのよ。今はそこまで忙しくもないけれど。」
名刺を見れば会社の中でもそこそこの立場にあるのはわかる。だからこんな格好をしていても誰も文句は言えないのだろう。
「オーナーさん。あの店員の口の効き方は良くないわ。」
早速始まったか。響子はそう思いながら、コーヒーを入れる準備をする。
「あー……功太郎のことですか。申し訳ございません。言葉遣いはずいぶん指導はしているのですけど……。」
「そういう人という事がわかれば、それでいい。でも新規のお客様には、違和感をもたれるでしょうね。いらっしゃいませからのほんの数秒で、どんな店というのが決まるのよ。」
「おっしゃるとおりで。」
圭太が頭を下げている。それを見て功太郎は不思議そうに響子に聞いた。
「別に良いじゃん。俺がどんな言葉遣いをしようとさ。」
「……功太郎。うちは接客業でもありサービス業でもあり、技術を売る仕事でしょ?最初の数秒で人の印象って決まるんだし、また来ようって思わせるのが接客なのよ。」
「コーヒーの味が良いから来てんじゃねぇの?」
「それだけではお客様はつかないのよ。」
そんなモノなのか。功太郎はそう思いながら、有佐を見ていた。
「焼き菓子の詰め合わせ。二千円くらいはこれでいいかな。」
真二郎はそういって箱に焼き菓子を詰めて、響子に見せる。
「良いわね。フィナンシェと、マドレーヌね。」
そのとき有佐が真二郎を見てカウンターに近づく。
「真二郎。」
「あー。有佐さん。いつ帰国したんですか。」
真二郎も少し笑顔で答えていた。
「三日前。年末までいる予定なの。「flipper's」が十二月にライブをするから、その受け渡しでね。」
「え?」
思わず響子の手が止まった。そして有佐を見る。
「えぇ。そういえば響子は「flipper's」が好きだったわね。」
「好きです。本当に来るんですか?」
「まだこの国は候補だけどね。その前に、マーティンの弟子のサムって子は知ってる?」
「あ、「stars」ですよね。あれも好きです。」
「今度イベントに出るのよ。ロックフェス。興味があるんなら、チケットを取っておこうか?」
「是非。「stars」の出番はいつですか?」
バックからチラシを取り出して、有佐は響子に手渡す。それを響子はきらきらした目で見ていた。
「夜ですね。休みの日で良かった。」
「相変わらず、好きよねぇ。音楽。」
「ジャンルによりますよ。あ、ねぇ真二郎。ロックフェスですって。」
「いいね。休みの日だし、行こうか。」
すると圭太も近づいてきてそのチラシを手にする。有名なロックフェスだった。その「stars」というバンドは知らなかったが、響子が好きなものだ。
ずっと音楽に興味がないのかと思っていたが、こういうジャンルが好きなのだ。それは知らなかった。
「チケットって余裕はありますか?」
「えぇ。オーナーさんも行かれます?」
「そうですね。俺、ジャズばっかりしてたんですけど、聞く分にはロックも良いと思うし。」
ジャズという言葉に、有佐は少しため息をついた。
「あんな酔っぱらいばかりの音楽が良いなんてね。」
すると圭太はむっとしたように有佐に言う。
「ロックなんて、ほとんどドラッグとセックスばっかりじゃないですか。」
「昔のイメージで言わないで。今はみんな健全なんだから。」
「健全なロックンローラーねぇ。」
少し笑うと、有佐はますますむっとしたように言う。
「あなたねぇ……。」
すると真二郎が声をかける。
「はい。終わり。有佐さん。焼き菓子包みましたよ。熨斗は付けますか?」
「良いわ。ったく……。何で響子はこんな店にいるのかしら。オーナーもたかがしれてるし。」
「あ?」
「オーナー。とりあえず押さえてよ。」
功太郎にまで言われたら終わりだな。響子はそう思いながら、コーヒーをコップに注いで蓋をする。
「いらっしゃ……。いらっしゃいませ。」
功太郎の声が一瞬詰まった。圭太はその声に振り返ると、そこには背の高い女性が立っていた。背だけではなく胸も尻もすべてが大きくて、すべてのパーツが小さい功太郎は少し気後れしているのだろう。だから言葉に詰まった。
「イートインでしょうか。」
「いいえ。焼き菓子を積めてもらえないかしら。二千円くらいで。」
「はい。ちょっと待ってください。」
その言葉に女性のかけているサングラスの奥の目が、少し変わった気がする。そう思って圭太は女性の方に近づこうとした。そのとき、響子がトイレから戻ってくる。
「暑いからって、水分取りすぎるとトイレが近いわねぇ。」
響子はそういってカウンターに戻ろうとした。するとその女性に目を向ける。すると女性はサングラスをはずして、笑顔で響子を見た。
「響子。」
「有佐さん?あぁ。お久しぶりです。いつこちらに?」
「三日前よぉ。あぁ。懐かしい。ちょっとハグしましょ?」
すると女性は少しかがんで、響子を抱きしめる。それに響子も笑顔で、答えていた。
「響子のコーヒーが飲みたくて来ちゃったわよ。」
「お店がよくわかりましたね。」
「えぇ。相原から教えてもらったわ。焼き菓子を包んでもらうんなら、ここが良いって。コーヒーもケーキも超美味しいって言ってたし。もしかしたらと思ったんだけど、桜子にも聞いて確信したわ。」
桜子とも知り合いか。だが桜子はおそらくいい風にはいっていなかったはずだろう。それでもここにこの女性がやってきたのは、響子が目当てなのだろうか。
「そうでしたか。評判になってて良かったです。あぁ、ブレンドを淹れましょうか。」
「そうね。ちょっと今日はのんびり出来ないから、テイクアウトは出来る?」
「えぇ。ご用意いたします。焼き菓子も頼まれましたか。」
「えぇ。そこの店員さんにね。」
さっきまでの高圧的な感じが全くなくなった。それだけ響子を信頼しているのだろう。
「あ、本宮の知り合いですか。」
圭太はやっと女性に声をかけることが出来た。すると女性は少し笑って、バッグから名刺を取り出す。
「オーナーさん?」
「はい。新山といいます。」
圭太もレジに入り、その引き出しから名刺を取り出して女性に手渡した。すると女性も名刺を取り出して、圭太に手渡す。そこには外国のレコード会社の傘下にある、この国のレコード会社の名前が書いてあった。そしてこの女性は外国のアーティストのマネジメントをしているらしい水川有佐と書いてあった。
「レコード会社の方でしたか。」
「えぇ。少し前まで外国にいたんだけど、一時帰国してね。また戻らないといけないんだけど、帰ってきたらまず響子のコーヒーが飲みたくて。」
「えっと……本宮とはずっと知り合いで?」
「「古時計」にいるときからね。毎日目が回りそうなくらい忙しかったときに、唯一の息抜きだったのよ。今はそこまで忙しくもないけれど。」
名刺を見れば会社の中でもそこそこの立場にあるのはわかる。だからこんな格好をしていても誰も文句は言えないのだろう。
「オーナーさん。あの店員の口の効き方は良くないわ。」
早速始まったか。響子はそう思いながら、コーヒーを入れる準備をする。
「あー……功太郎のことですか。申し訳ございません。言葉遣いはずいぶん指導はしているのですけど……。」
「そういう人という事がわかれば、それでいい。でも新規のお客様には、違和感をもたれるでしょうね。いらっしゃいませからのほんの数秒で、どんな店というのが決まるのよ。」
「おっしゃるとおりで。」
圭太が頭を下げている。それを見て功太郎は不思議そうに響子に聞いた。
「別に良いじゃん。俺がどんな言葉遣いをしようとさ。」
「……功太郎。うちは接客業でもありサービス業でもあり、技術を売る仕事でしょ?最初の数秒で人の印象って決まるんだし、また来ようって思わせるのが接客なのよ。」
「コーヒーの味が良いから来てんじゃねぇの?」
「それだけではお客様はつかないのよ。」
そんなモノなのか。功太郎はそう思いながら、有佐を見ていた。
「焼き菓子の詰め合わせ。二千円くらいはこれでいいかな。」
真二郎はそういって箱に焼き菓子を詰めて、響子に見せる。
「良いわね。フィナンシェと、マドレーヌね。」
そのとき有佐が真二郎を見てカウンターに近づく。
「真二郎。」
「あー。有佐さん。いつ帰国したんですか。」
真二郎も少し笑顔で答えていた。
「三日前。年末までいる予定なの。「flipper's」が十二月にライブをするから、その受け渡しでね。」
「え?」
思わず響子の手が止まった。そして有佐を見る。
「えぇ。そういえば響子は「flipper's」が好きだったわね。」
「好きです。本当に来るんですか?」
「まだこの国は候補だけどね。その前に、マーティンの弟子のサムって子は知ってる?」
「あ、「stars」ですよね。あれも好きです。」
「今度イベントに出るのよ。ロックフェス。興味があるんなら、チケットを取っておこうか?」
「是非。「stars」の出番はいつですか?」
バックからチラシを取り出して、有佐は響子に手渡す。それを響子はきらきらした目で見ていた。
「夜ですね。休みの日で良かった。」
「相変わらず、好きよねぇ。音楽。」
「ジャンルによりますよ。あ、ねぇ真二郎。ロックフェスですって。」
「いいね。休みの日だし、行こうか。」
すると圭太も近づいてきてそのチラシを手にする。有名なロックフェスだった。その「stars」というバンドは知らなかったが、響子が好きなものだ。
ずっと音楽に興味がないのかと思っていたが、こういうジャンルが好きなのだ。それは知らなかった。
「チケットって余裕はありますか?」
「えぇ。オーナーさんも行かれます?」
「そうですね。俺、ジャズばっかりしてたんですけど、聞く分にはロックも良いと思うし。」
ジャズという言葉に、有佐は少しため息をついた。
「あんな酔っぱらいばかりの音楽が良いなんてね。」
すると圭太はむっとしたように有佐に言う。
「ロックなんて、ほとんどドラッグとセックスばっかりじゃないですか。」
「昔のイメージで言わないで。今はみんな健全なんだから。」
「健全なロックンローラーねぇ。」
少し笑うと、有佐はますますむっとしたように言う。
「あなたねぇ……。」
すると真二郎が声をかける。
「はい。終わり。有佐さん。焼き菓子包みましたよ。熨斗は付けますか?」
「良いわ。ったく……。何で響子はこんな店にいるのかしら。オーナーもたかがしれてるし。」
「あ?」
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