彷徨いたどり着いた先

神崎

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花見

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 問屋街の中に、祖父の行きつけだった店がある。そこに行くのは久しぶりだった。古い内装で、中にはサイフォン式のコーヒーメーカーもある。久しぶりにそれを見て、響子は目を細めていた。
「これ、コーヒーを淹れるものか?」
 功太郎はそれを見ながら、あれこれと響子に聞く。見るものすべてが珍しいのだろう。
「そう。淹れ方は違うけど、これもまたコーヒーを淹れるものよ。」
「何か医療機器みたいだな。」
「そうかしら。これで淹れるととても香りが高いコーヒーになるわ。」
「ふーん。慣れるまで時間がかかりそうだな。」
「お祖父さんがこれで淹れていたの。私はネルドリップとペーパードリップしかしないけれど、どうしてもこちらの方が香りが高いわ。難しかったけどね。」
「淹れれるのか?」
「一応ね。」
 何度も祖父から口うるさく言われた。それもまた思い出になる。
「ネルも良いよな。初めて響子から淹れて貰ったのネルだったし。あれは純粋なコーヒーの味がする。」
「その分、手入れが難しいわ。」
 すると奥から功太郎を呼ぶ声がする。その声に功太郎は奥のレジの方へ向かった。
「在庫はあるみたいなので、お取り寄せして二、三日で届きますけど。」
「あー。一週間はこれないから、それでいいっす。一週間後に来ますわ。」
「わかりました。ではお取り寄せをしておきます。」
 低下から少し割り引いてくれた。それはこの対応している女性店員ではなく、奥にいる恰幅のいい男が響子を覚えていてくれたからだ。
 祖父と一緒にここへ来ていたのを覚えていたらしい社長は、ぐっと大人っぽくなった響子を我が子のように可愛がっていたのだ。
「浅草さんのところの、お嬢さんが弟子を連れてくるなんてね。しかも男の子だっていうからねぇ。」
「茶化さないでくださいよ。社長。」
 響子はそう言って少し笑う。社長は何度か「clover」へ来て、コーヒーとケーキを食べていった。祖父に負けていないコーヒーの出来に、頬を緩めていたのだ。
「響子ちゃん。これを持って行きなさいよ。」
 社長は立ち上がると、響子に紙の袋を手渡した。
「これって……コーヒー豆ですか。」
 手触りと香りでわかる。紙袋に入っていても、相当香りが高いのがわかるからだ。
「あぁ。「ヒジカタカフェ」ではもう出しているらしいが、国産のコーヒー豆だよ。」
「話には聞いていましたが、良さそうな豆ですね。」
「うちにもやっと卸してくれてね。数が圧倒的に少なくて困るよ。」
「焙煎済みですか。」
「あぁ、不満かもしれないがこの状態でうちにも来ててね。生産者にいわせるとこれくらいがベストらしい。」
「へぇ……。」
 生産者が一番焙煎具合なんかがわかるだろう。素直に味を見てみようと思う。
「でもうちでは入れねぇだろ?」
 功太郎はそう言うと、響子はうなずいた。
「うちはケーキ屋で、喫茶はおまけみたいなものですからね。うちのオーナーが何というか。」
「ケーキ屋だと難しいだろうね。ケーキに合わせてコーヒーを淹れているんだろう。」
「えぇ。」
「喫茶店はコーヒーに合わせてケーキを提供する。その状況だと難しいかもしれないが、まぁ、味を見るだけでも良いんじゃないのかな。」
「噂で聞いていたので、助かります。頂いて良いんですか。」
「もちろんだよ。卸すならうちで卸してくれるとありがたいが。」
「難しいと思いますよ。うちのオーナーは元々「ヒジカタコーヒー」にいた人ですし。」
「あぁ。新山さんだろう。凄腕の営業マンだね。「clover」も開店してそこまでたっていないのに、噂で聞いているよ。」
 すると隣にいた女性店員が、タウン誌を手にして響子に聞く。
「あの。浅草さん。」
「あぁ。浅草は祖父の名字で、私は本宮といいます。」
「では本宮さん。この人たちって。」
 そう言って本を開く。そこにはケーキと一緒に写っている圭太と真二郎の姿があった。また真二郎か。響子はそう思いながら、相づちを打つ。
「パティシエの方ですか。オーナーですか。」
「いいえぇ。両方。」
「は?」
「絵になりますね。」
 きらきらと目を輝かせて店員はいう。すると社長は、呆れたようにいった。
「何ていうのかな。朝永さんみたいな人。」
「はぁ……。」
「男同士のカップルが好きでね。」
 すると功太郎は呆れたようにいう。
「腐女子って言うんだろ?そう言うの。」
「あー……。」
 何と言ったらいいのだろうか。響子は少し頭を抱える。まさか本物のゲイと、自分の恋人がそういう目で見られていると思いもしなかったからだ。

 もうすっかり暗くなり、問屋街も閉店準備をしている。その中を響子と功太郎は歩いていた。
「それにしても笑えるわ。オーナーと真二郎のカップルか。想像しただけで、ちょっとな。」
「本人たちの前で言わないでよ。」
 響子の方は複雑だった。真二郎はともかく、圭太はゲイであるはずはない。自分の前では男だったのだから。こんなみっともない体で欲情するのだから、心が広いと思う。
「でもオーナーは彼女いるじゃん。」
「え?」
 驚いたように響子が功太郎の方を見る。まさか自分のことを知られたのかと思ったからだ。
「デザイナーだっけ。オーナーの前でしくしく泣いてたし。」
「あぁ……。」
 聡子とはあの日以来連絡を付けていないのだという。それを信じるしかない。お互い信じ合うしかないのだ。
「聡子さんとは何でもないって言っていたけどね。」
 恋人ではなかったのか。真子に似たあの女と付き合ってくれればいいのにと功太郎は思っていた。自分の知らないところで、知らない女とくっついてくれれば恨むことはないのだから。
「でもさぁ、だからって頼るかなぁ。」
「面倒見がいい人だわ。ただそれだけ。」
 その言葉に功太郎は不思議そうに響子を見た。
「なぁ、何でそんなにオーナーをかばうの?」
「かばう?」
「女が出来なきゃ良いみたいな。」
「そうみえる?」
「うん。」
 今がチャンスではないか。響子はバッグを握る手に汗をかいているのを感じた。
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