114 / 339
花見
113
しおりを挟む
日本酒が空になり、響子はコップに焼酎を注ぐ。その様子を見て、弥生は呆れたように言った。
「本当、お酒が強いのね。顔も赤くなってないし、飲んでないみたい。」
「酔わないの。美味しさはわかるんだけど。」
「本当か?お前、俺のとっておきの日本酒を、がぶがぶ水みたいに飲みやがって。」
圭太は不服そうにそう言うと、弥生はリンゴ飴をかじりながら少し笑う。
「良いじゃない。お酒だって取っておくよりも飲まれた方が幸せだって。」
「うるせぇ。」
「でも響子さんさ。食事はあまりしないのよね。おいなりさんも一つくらいしか食べてないでしょ?」
「うーん。昔からあまり食べないんですよね。」
「真二郎さんも食べない方だし。」
真二郎は涼しい顔をして、残った日本酒を飲んでいた。
「俺は意識的に食べないようにしてるんですよ。」
「何で?」
「三十ですしね。欲望のままに食べると、すぐに腹が出るから。」
「美意識強すぎだろ。甘いもので動いてんのか。」
圭太はそう聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「甘党の人っていうのは細いものなんだよ。甘いものしか食べないからね。甘党ですって口にしている人は、食事を食べてなおかつ甘いものを食べるから太るんだよ。」
その言葉に、弥生のリンゴ飴をかじる口が止まった。自分はしっかり食べているのに、またリンゴ飴を食べているのだ。うかうかしているともう夏になる。去年の夏の服は体に合うのだろうか。そう思うとまだ食べていないシュークリームが恨めしい。
「シュークリームって、真二郎さんの手作り?」
「いいえ。ちょっと気になっていた洋菓子店があって、そこのシュークリームですよ。顔が知られてなくて良かった。」
「は?」
不思議そうに香が聞くと、真二郎は少し笑っていう。
「香ちゃんには少し早いかな。」
「もうっ。真二郎さん。変なことを香に吹き込まないで。」
「ははっ。」
すると香は不思議そうな顔をして、功太郎に聞いてきた。
「ねぇ。功君。何で真君の顔が知られてなかったらいいの?」
「んー……。何つったら良いのか。」
ビールを飲みながら、光太郎は首を傾げた。どう言ったら香にオブラートに包んで伝えられるだろうかと思っていたのだ。
「功太郎。いらないことを言わない。」
響子がそう言って功太郎を止める。
「響ちゃん。怒らないで。あたしが聞いたんだから。」
「別に怒ってないよ。」
「そうかな。響ちゃんっていつも機嫌が悪そう。」
子供の目にはそう映っていたのか。響子は心の中で反省しながら、少しうなづいた。
「お前、でもあの夜間保育の子供には愛想良かったのにな。」
「あぁ。子供は嫌いじゃないのよ。」
香が嫌なのだ。昔の自分を見ているようで、やるせない。その上こんなに天真爛漫だったらすぐに連れて行かれそうだと思う。
「お前さ。その体格でランドセルを背負うのか?」
「ランドセルは五年生の時にお母さんからもう持たなくて良いって言われたの。今度の学校も別に良いって言われたから。」
「ふーん。」
「ランドセルって小さいもん。」
それはお前だけだ。二人はそう思いながら、それぞれの酒に口を付ける。
「そろそろシュークリームを食べようか。」
真二郎はそう言って箱を開ける。そして一つずつそのシュークリームをそれぞれに手渡した。
「美味しい。中の生クリームが重くないわね。」
弥生はそう言ってそのシュークリームに口を付ける。
「シュー皮が固いな。ちょっと焼きすぎじゃね?」
「でもこのクリームは絶品だね。参考にしたい。」
それぞれがそれに口を付けている中、圭太はそれを見ているだけだった。甘いものは食べないのだ。
「圭君。食べないの?」
香が気を使ってそう言ってくれるが、圭太は首を横に振る。
「苦手なんだよ。甘いもの。」
「変なの。甘いの苦手なのにケーキ屋さんなんて。」
「あのなぁ。人には事情があって……。」
すると真二郎が香に声をかける。
「オーナーの分が余ってるけど、香ちゃん食べるかな。」
「いーの?」
そう言って圭太から離れて、香は真二郎の方へ向かう。すると圭太は少しため息を付いた。
「圭太。」
瑞希は隣に座ると、そのシュークリームを口に入れる。
「まだ甘いものを口にしないのか。」
「元々そんなに得意ってわけでもねぇよ。」
「真子ちゃんに操を立てるのも、もう良いんじゃないのか。お前が馬鹿なことを言ったかもしれないけど、これからなんだし。」
「……別に操を立ててるわけじゃない。そうじゃないと、つき合えないじゃん。」
視線の先には響子の姿がある。響子もそのシュークリームを口にして、功太郎や真二郎と何か話をしていた。
「でもさ……お前、まだ功太郎君には言えてないんだろ。」
「残酷じゃん。」
慕っていた義理の姉を無神経な一言で死を選ばせた。そして今は功太郎が好きな響子と付き合っている。功太郎にしたら二度、大事な人を奪っているように思えるだろう。
「良いけどさ。このままってわけにもいかないだろ。ほら。見ろよ。」
クリームが付いてしまった功太郎の口元を、響子の指が拭う。それを見て香が笑っていた。
「嬉しそうだな。あれは本物だろ。何も知らなかったら、あっちが迫ってくる。」
「けど、響子は断ると思う。」
功太郎は、響子に真子を重ねていた。だから信用できないと響子は言う。そして選んだのは圭太なのだ。それに自信を持ちたいと思う反面、自分も真子のことを引きずっているから甘いものを口にも出来ないのだ。
あのとき覚悟をしたはずだった。響子の家でパンケーキを口にしようとしたとき、昔の自分に縛られるのが嫌だった。
なのに口にしたのはバナナの甘さと、ほんのり塩気のするパンケーキだった。覚悟はしたのにそれが全てへし折られた気がする。
「歳の割に響子ちゃんは男に慣れてないところがあるし、あんなに子犬のようにまとわりついてきたら悪い気はしないだろ。取られるのは覚悟しといた方が良いんじゃないのか。」
「お前さぁ……。どっちの味方だよ。」
「別に。どっちでもないけど。」
響子の周りにいるのは功太郎だけではなく、真二郎もそうなのだ。真二郎の方が一緒に住んでいる分、分が悪い。早く、同棲でもしたいと思うがそのときには功太郎に言わないといけないだろう。その勇気がまだない。
「幸せになれればいいんじゃないのか。」
「……。」
「苦労してるみたいだし。誰を選ぶかは本人次第だろうけど、それで幸せになれるんだったらそれで良いんじゃないのか。」
自分が幸せにする。誰よりも後悔させたくない。圭太はそう思いながら、ウーロン茶に口を付けた。
「本当、お酒が強いのね。顔も赤くなってないし、飲んでないみたい。」
「酔わないの。美味しさはわかるんだけど。」
「本当か?お前、俺のとっておきの日本酒を、がぶがぶ水みたいに飲みやがって。」
圭太は不服そうにそう言うと、弥生はリンゴ飴をかじりながら少し笑う。
「良いじゃない。お酒だって取っておくよりも飲まれた方が幸せだって。」
「うるせぇ。」
「でも響子さんさ。食事はあまりしないのよね。おいなりさんも一つくらいしか食べてないでしょ?」
「うーん。昔からあまり食べないんですよね。」
「真二郎さんも食べない方だし。」
真二郎は涼しい顔をして、残った日本酒を飲んでいた。
「俺は意識的に食べないようにしてるんですよ。」
「何で?」
「三十ですしね。欲望のままに食べると、すぐに腹が出るから。」
「美意識強すぎだろ。甘いもので動いてんのか。」
圭太はそう聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「甘党の人っていうのは細いものなんだよ。甘いものしか食べないからね。甘党ですって口にしている人は、食事を食べてなおかつ甘いものを食べるから太るんだよ。」
その言葉に、弥生のリンゴ飴をかじる口が止まった。自分はしっかり食べているのに、またリンゴ飴を食べているのだ。うかうかしているともう夏になる。去年の夏の服は体に合うのだろうか。そう思うとまだ食べていないシュークリームが恨めしい。
「シュークリームって、真二郎さんの手作り?」
「いいえ。ちょっと気になっていた洋菓子店があって、そこのシュークリームですよ。顔が知られてなくて良かった。」
「は?」
不思議そうに香が聞くと、真二郎は少し笑っていう。
「香ちゃんには少し早いかな。」
「もうっ。真二郎さん。変なことを香に吹き込まないで。」
「ははっ。」
すると香は不思議そうな顔をして、功太郎に聞いてきた。
「ねぇ。功君。何で真君の顔が知られてなかったらいいの?」
「んー……。何つったら良いのか。」
ビールを飲みながら、光太郎は首を傾げた。どう言ったら香にオブラートに包んで伝えられるだろうかと思っていたのだ。
「功太郎。いらないことを言わない。」
響子がそう言って功太郎を止める。
「響ちゃん。怒らないで。あたしが聞いたんだから。」
「別に怒ってないよ。」
「そうかな。響ちゃんっていつも機嫌が悪そう。」
子供の目にはそう映っていたのか。響子は心の中で反省しながら、少しうなづいた。
「お前、でもあの夜間保育の子供には愛想良かったのにな。」
「あぁ。子供は嫌いじゃないのよ。」
香が嫌なのだ。昔の自分を見ているようで、やるせない。その上こんなに天真爛漫だったらすぐに連れて行かれそうだと思う。
「お前さ。その体格でランドセルを背負うのか?」
「ランドセルは五年生の時にお母さんからもう持たなくて良いって言われたの。今度の学校も別に良いって言われたから。」
「ふーん。」
「ランドセルって小さいもん。」
それはお前だけだ。二人はそう思いながら、それぞれの酒に口を付ける。
「そろそろシュークリームを食べようか。」
真二郎はそう言って箱を開ける。そして一つずつそのシュークリームをそれぞれに手渡した。
「美味しい。中の生クリームが重くないわね。」
弥生はそう言ってそのシュークリームに口を付ける。
「シュー皮が固いな。ちょっと焼きすぎじゃね?」
「でもこのクリームは絶品だね。参考にしたい。」
それぞれがそれに口を付けている中、圭太はそれを見ているだけだった。甘いものは食べないのだ。
「圭君。食べないの?」
香が気を使ってそう言ってくれるが、圭太は首を横に振る。
「苦手なんだよ。甘いもの。」
「変なの。甘いの苦手なのにケーキ屋さんなんて。」
「あのなぁ。人には事情があって……。」
すると真二郎が香に声をかける。
「オーナーの分が余ってるけど、香ちゃん食べるかな。」
「いーの?」
そう言って圭太から離れて、香は真二郎の方へ向かう。すると圭太は少しため息を付いた。
「圭太。」
瑞希は隣に座ると、そのシュークリームを口に入れる。
「まだ甘いものを口にしないのか。」
「元々そんなに得意ってわけでもねぇよ。」
「真子ちゃんに操を立てるのも、もう良いんじゃないのか。お前が馬鹿なことを言ったかもしれないけど、これからなんだし。」
「……別に操を立ててるわけじゃない。そうじゃないと、つき合えないじゃん。」
視線の先には響子の姿がある。響子もそのシュークリームを口にして、功太郎や真二郎と何か話をしていた。
「でもさ……お前、まだ功太郎君には言えてないんだろ。」
「残酷じゃん。」
慕っていた義理の姉を無神経な一言で死を選ばせた。そして今は功太郎が好きな響子と付き合っている。功太郎にしたら二度、大事な人を奪っているように思えるだろう。
「良いけどさ。このままってわけにもいかないだろ。ほら。見ろよ。」
クリームが付いてしまった功太郎の口元を、響子の指が拭う。それを見て香が笑っていた。
「嬉しそうだな。あれは本物だろ。何も知らなかったら、あっちが迫ってくる。」
「けど、響子は断ると思う。」
功太郎は、響子に真子を重ねていた。だから信用できないと響子は言う。そして選んだのは圭太なのだ。それに自信を持ちたいと思う反面、自分も真子のことを引きずっているから甘いものを口にも出来ないのだ。
あのとき覚悟をしたはずだった。響子の家でパンケーキを口にしようとしたとき、昔の自分に縛られるのが嫌だった。
なのに口にしたのはバナナの甘さと、ほんのり塩気のするパンケーキだった。覚悟はしたのにそれが全てへし折られた気がする。
「歳の割に響子ちゃんは男に慣れてないところがあるし、あんなに子犬のようにまとわりついてきたら悪い気はしないだろ。取られるのは覚悟しといた方が良いんじゃないのか。」
「お前さぁ……。どっちの味方だよ。」
「別に。どっちでもないけど。」
響子の周りにいるのは功太郎だけではなく、真二郎もそうなのだ。真二郎の方が一緒に住んでいる分、分が悪い。早く、同棲でもしたいと思うがそのときには功太郎に言わないといけないだろう。その勇気がまだない。
「幸せになれればいいんじゃないのか。」
「……。」
「苦労してるみたいだし。誰を選ぶかは本人次第だろうけど、それで幸せになれるんだったらそれで良いんじゃないのか。」
自分が幸せにする。誰よりも後悔させたくない。圭太はそう思いながら、ウーロン茶に口を付けた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる