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奪い合い
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夕べ、聡子と過ごしたことで唯一の収穫だったのは、恋人には恋人のしたいことがある。それを押さえて圭太に付き合っていたのかもしれない。だから圭太が計画を立てて、それを押しつけているのではないかということだった。
確かにそうかもしれない。響子はよっぽど仕事に支障があるときではないと、圭太の案に反して別の所へ行こうとする。良いわねと口にしながらも、自由ではなかったのかもしれないとも思えた。
「どこか行きたいところがあるのか。」
車に乗り込んだ響子に圭太はそう聞くと、響子は少し驚いた表情で言った。
「何か考えていたんじゃないの?」
「良いよ。お前の行きたいところに連れて行くから。」
その言葉に響子は少しうなづいた。そして麓の街を思い出す。
「栄養をつけないといけないわね。食事をしないといけないわ。あまりお腹は空いていないんだけど、軽いものを食べましょう。麓に蕎麦屋さんがあるの。一度行ったけれど、美味しかったわ。」
「そこに行くか。」
そういって圭太は携帯電話を取り出すと、その詳しい場所を調べた。どうやら駅の近くにあるらしい。
「でも、すんなり良くこの病院がわかったわね。携帯があるって言っても、そんなにわかりやすくはないのに。」
「あー……。この辺、一度来たことがあってさ。」
「女の子と?」
「違うよ。家族で。」
父親の知り合いという人が、この辺に別荘を持っていた。温泉付きの別荘で、小さい頃そこでバーベキューをしたり花火をしたりしたことがあったのだ。
「そう。」
思えば自分も小さい頃はそういうことをしていたような気がする。小さい頃は、両親もそこまでぎすぎすしていなかった。普通の家族のように見えたはずだ。
「風呂に入ったらさ、あの人の背中に入れ墨が沢山あってさ。まともそうに見えてもそんなヤツなんだなって思ったよ。」
「ヤクザだったってこと?」
「みたいだな。」
父親が懇意にしていた人だ。おそらく父親も半分ヤクザに手を染めているのだ。そしてその役割は兄に引き継がれようとしている。
麓にたどり着くと、平日だからかそこまで観光客は居なかった。ただあちらこちらに土産物屋があり、一口サイズの饅頭なんかが売られている。
休日には馬車も走っているらしい。
「馬車ね。」
「馬は乗ったことがあるの?」
「あるけど、あまり向いてなかったかな。ほら、馬って、乗るのがへたくそだったら振り落とすんだよ。」
「そんな頭が良いの?」
「らしい。で、振り落とされてさ。」
何でもないような会話をずっとしていた。そんなことすら二人はしたことがなかったし、デートのようなこともままならなかったのだ。
目的の蕎麦屋で蕎麦をすすっていると、カウンターに座っているおじさんが料理を運んでいるおばさんに声をかけた。
「香澄ちゃんは帰ってきたのかい?」
「えぇ。まぁねぇ。」
「元気だしなって言っといてくれないか。」
「わかった。ありがとうね。」
そういって料理をおばさんが持って行く。だがそれを看ていた隣の客が意味ありげに含み笑いをした。
「都会でえらい目にあったんだろう。ったく、都会ってのはろくなヤツが居ねぇな。」
「男にだまされてソープに沈んだって言うんだったら、まだましな方だったな。あの山の上の精神病院に居るみたいだよ。」
その言葉に響子の手が止まる。すると圭太はそのよう巣がわかったのか、首を横に振った。
「別にお前のことじゃないだろ。」
「そうだけど……。」
どんな事情があるのかわからない。だが精神病院に入院しないといけないくらい、ここの娘はせっぱ詰まっているのだ。
「響子。いちいち反応したらきりがない。それよりもほら。」
そういって圭太は付いてきた天ぷらの大葉を響子の皿に載せた。
「ありがたいけど、何で?」
「大葉は血を増やすからな。食った方が良い。」
「それだけじゃないでしょ?」
すると圭太の目が泳いだ。それを看て響子は少し笑う。
「苦手なのね。大葉。」
「うるさいな。」
「子供じゃあるまいし、好き嫌いしないの。」
そういってまた大葉をまた圭太の皿に戻す。すると圭太は口をとがらせて響子をみた。
「あとな。お前、あれだ。」
「何?」
「仕事以外のコーヒーをしばらく控えろ。」
「え?」
「コーヒーってのは貧血になりやすくなるんだ。鉄剤飲んで、コーヒー飲んでたら本末転倒だろ。」
その言葉に今度は響子の口がとがる。
「楽しみにしてるカフェがあるのに。そこに行きたいって思ってたのに。」
「どこだ。」
「「ヒジカタカフェ」の一号店があるのよ。この街。」
驚いたが、街の名前を見て思い出した。そうだ。ここにはそういうものがあるのだ。
「なんかね……ここのコーヒーって味が違うのよ。店長さんは変わっているみたいだけど、いつも違う人が淹れていても同じ味になってる。羨ましいと思ってね。」
「……一杯だけならいいかな。」
「あっさり言うのね。」
「気になったからな。それに一号店は行ったことがなかったし。」
「ヒジカタカフェ」にいたことがあった。そのときのコーヒーの淹れ方は、独特だと響子は言っていたと思う。そのコーヒーの観衆をしたのは女性だと言っていた。その淹れ方が「ヒジカタカフェ」のスタンダードなのだ。
「あ、功太郎からメッセージが来た。」
圭太はそういって食べ終わった箸を置くと、携帯電話をみた。どうやら件の喫茶店にたどり着いたらしい。コーヒーの味が響子とはまた違うがこれも美味いと言っていた。
「こいつ、あっちのが先に出会ってたら、あっちの方に惹かれていたかもしれないな。」
「そうね。」
響子も箸を置くと、携帯電話を見る。そこには功太郎のメッセージが届いていた。そこには今度二人出来たいと書いてある。だがそれは約束できない。やはり好きなのは功太郎ではなく、圭太なのだと思っていたから。
「オーナー。あのね。」
「うん?」
「今度の診察は二ヶ月後なの。」
「あぁ。桜が良い時期かも知れないな。花見でもしたいのか?」
「それも良いわね。で……。今度の時はここへ行きたいの。」
そういって響子は携帯電話の画面を見せる。それは画面一杯の芝桜だった。
「すごいな。この近くでみれるのか。」
「えぇ。次は、連れてきてくれる?」
その言葉に圭太の方の顔が赤くなった。
「あぁ。良いよ。」
「勝手に来て、今日はごめんなさい。それに追いかけてきてくれてありがとう。」
素直にそういってくれる。思わずそのまま抱きしめたくなった。
確かにそうかもしれない。響子はよっぽど仕事に支障があるときではないと、圭太の案に反して別の所へ行こうとする。良いわねと口にしながらも、自由ではなかったのかもしれないとも思えた。
「どこか行きたいところがあるのか。」
車に乗り込んだ響子に圭太はそう聞くと、響子は少し驚いた表情で言った。
「何か考えていたんじゃないの?」
「良いよ。お前の行きたいところに連れて行くから。」
その言葉に響子は少しうなづいた。そして麓の街を思い出す。
「栄養をつけないといけないわね。食事をしないといけないわ。あまりお腹は空いていないんだけど、軽いものを食べましょう。麓に蕎麦屋さんがあるの。一度行ったけれど、美味しかったわ。」
「そこに行くか。」
そういって圭太は携帯電話を取り出すと、その詳しい場所を調べた。どうやら駅の近くにあるらしい。
「でも、すんなり良くこの病院がわかったわね。携帯があるって言っても、そんなにわかりやすくはないのに。」
「あー……。この辺、一度来たことがあってさ。」
「女の子と?」
「違うよ。家族で。」
父親の知り合いという人が、この辺に別荘を持っていた。温泉付きの別荘で、小さい頃そこでバーベキューをしたり花火をしたりしたことがあったのだ。
「そう。」
思えば自分も小さい頃はそういうことをしていたような気がする。小さい頃は、両親もそこまでぎすぎすしていなかった。普通の家族のように見えたはずだ。
「風呂に入ったらさ、あの人の背中に入れ墨が沢山あってさ。まともそうに見えてもそんなヤツなんだなって思ったよ。」
「ヤクザだったってこと?」
「みたいだな。」
父親が懇意にしていた人だ。おそらく父親も半分ヤクザに手を染めているのだ。そしてその役割は兄に引き継がれようとしている。
麓にたどり着くと、平日だからかそこまで観光客は居なかった。ただあちらこちらに土産物屋があり、一口サイズの饅頭なんかが売られている。
休日には馬車も走っているらしい。
「馬車ね。」
「馬は乗ったことがあるの?」
「あるけど、あまり向いてなかったかな。ほら、馬って、乗るのがへたくそだったら振り落とすんだよ。」
「そんな頭が良いの?」
「らしい。で、振り落とされてさ。」
何でもないような会話をずっとしていた。そんなことすら二人はしたことがなかったし、デートのようなこともままならなかったのだ。
目的の蕎麦屋で蕎麦をすすっていると、カウンターに座っているおじさんが料理を運んでいるおばさんに声をかけた。
「香澄ちゃんは帰ってきたのかい?」
「えぇ。まぁねぇ。」
「元気だしなって言っといてくれないか。」
「わかった。ありがとうね。」
そういって料理をおばさんが持って行く。だがそれを看ていた隣の客が意味ありげに含み笑いをした。
「都会でえらい目にあったんだろう。ったく、都会ってのはろくなヤツが居ねぇな。」
「男にだまされてソープに沈んだって言うんだったら、まだましな方だったな。あの山の上の精神病院に居るみたいだよ。」
その言葉に響子の手が止まる。すると圭太はそのよう巣がわかったのか、首を横に振った。
「別にお前のことじゃないだろ。」
「そうだけど……。」
どんな事情があるのかわからない。だが精神病院に入院しないといけないくらい、ここの娘はせっぱ詰まっているのだ。
「響子。いちいち反応したらきりがない。それよりもほら。」
そういって圭太は付いてきた天ぷらの大葉を響子の皿に載せた。
「ありがたいけど、何で?」
「大葉は血を増やすからな。食った方が良い。」
「それだけじゃないでしょ?」
すると圭太の目が泳いだ。それを看て響子は少し笑う。
「苦手なのね。大葉。」
「うるさいな。」
「子供じゃあるまいし、好き嫌いしないの。」
そういってまた大葉をまた圭太の皿に戻す。すると圭太は口をとがらせて響子をみた。
「あとな。お前、あれだ。」
「何?」
「仕事以外のコーヒーをしばらく控えろ。」
「え?」
「コーヒーってのは貧血になりやすくなるんだ。鉄剤飲んで、コーヒー飲んでたら本末転倒だろ。」
その言葉に今度は響子の口がとがる。
「楽しみにしてるカフェがあるのに。そこに行きたいって思ってたのに。」
「どこだ。」
「「ヒジカタカフェ」の一号店があるのよ。この街。」
驚いたが、街の名前を見て思い出した。そうだ。ここにはそういうものがあるのだ。
「なんかね……ここのコーヒーって味が違うのよ。店長さんは変わっているみたいだけど、いつも違う人が淹れていても同じ味になってる。羨ましいと思ってね。」
「……一杯だけならいいかな。」
「あっさり言うのね。」
「気になったからな。それに一号店は行ったことがなかったし。」
「ヒジカタカフェ」にいたことがあった。そのときのコーヒーの淹れ方は、独特だと響子は言っていたと思う。そのコーヒーの観衆をしたのは女性だと言っていた。その淹れ方が「ヒジカタカフェ」のスタンダードなのだ。
「あ、功太郎からメッセージが来た。」
圭太はそういって食べ終わった箸を置くと、携帯電話をみた。どうやら件の喫茶店にたどり着いたらしい。コーヒーの味が響子とはまた違うがこれも美味いと言っていた。
「こいつ、あっちのが先に出会ってたら、あっちの方に惹かれていたかもしれないな。」
「そうね。」
響子も箸を置くと、携帯電話を見る。そこには功太郎のメッセージが届いていた。そこには今度二人出来たいと書いてある。だがそれは約束できない。やはり好きなのは功太郎ではなく、圭太なのだと思っていたから。
「オーナー。あのね。」
「うん?」
「今度の診察は二ヶ月後なの。」
「あぁ。桜が良い時期かも知れないな。花見でもしたいのか?」
「それも良いわね。で……。今度の時はここへ行きたいの。」
そういって響子は携帯電話の画面を見せる。それは画面一杯の芝桜だった。
「すごいな。この近くでみれるのか。」
「えぇ。次は、連れてきてくれる?」
その言葉に圭太の方の顔が赤くなった。
「あぁ。良いよ。」
「勝手に来て、今日はごめんなさい。それに追いかけてきてくれてありがとう。」
素直にそういってくれる。思わずそのまま抱きしめたくなった。
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