彷徨いたどり着いた先

神崎

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奪い合い

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 精神病院というと、閉鎖病棟やら解放病棟なんかがあるということだけは知っていた。精神病院にしては大きな病院で、隣はデイケアサービスになっているらしい。その職員は、看護師と違ってジャージとカラフルな上着を着ている。おそらく目に付きやすい色のシャツを着ていれば、老人たちの目に留まるからだろう。
「……。」
 圭太の父方の祖父は、一時期こういうところに入っていたがすぐに出て行かされた。それは圭太の祖父が横暴だったからだ。典型的な昔の人で、祖父は女を下女くらいにしか思っていなかったのだが、歳をとってそれがひどくなった。圭太の母親は祖父に相当苦労をしていたと思う。
 だから亡くなったときも、悲しみよりも安堵の方が大きかったはずだ。
「待たせたわね。」
 診察室から響子が、ファイルを手にして戻ってきた。それを受付に渡すと圭太の隣に座る。
 圭太は真二郎に詳しい病院の名称を聞き、車を実家から持ってきてもらうとそのままその病院へ向かったのだ。電車とバスでは乗り継いで行かないといけないが、車だと高速道路で近くにインターチェンジがある。結果先に出た響子よりも車で来た圭太の方が先にこの場所に着いたのだ。
「状況ってどうだった。」
「良くもなく、悪くもなく。最近ずっと寝不足だったのは、心意的なものもあるけれど、そもそも栄養が足りていないと言われたわ。」
「栄養?」
「平たく言えば貧血。」
「このあと飯に行こう。お前、少し無理をするとすぐ倒れるからな。」
「そうね。」
 医師に恋人が原因でよく寝れないと言うのはあるのかと聞いた。すると医師は肩をすくませて言う。
「自分が苦しいだけなら、恋人とは合っていないんじゃないのかな。響子ちゃんが昔のことを忘れて恋人が出来たというのは、確かに喜ばしいがそれで苦しいなら本末転倒だよ。もっと気を楽にして付き合ってみると良いのに。構えることはないよ。他人なんだから、合う合わないは当たり前なんだしね。そりゃね……。真二郎君みたいに良いところも悪いところも全部知っている相手だと、もっと楽かもしれないがね。真二郎君は少し近くに居すぎたのかな。そういう目では見られないのだろう。」
 他愛もない質問だったのに、医師はいつも真剣に答えてくれる。これだから信用できるのだ。
「その処方箋は鉄剤か?」
「そうね。それから、睡眠薬と胃薬。」
「そっか。」
 夕べ、響子は携帯電話の電源が切れていて連絡を付けれなかったのだと、素直に謝ってくれた。だが功太郎がいたことは何も言わない。
 功太郎はおそらく、圭太と響子が付き合っているというのを知らない。そして何か勘違いをしていた。それは電話の内容でわかる。
「別に良いじゃん。真二郎と付き合ってないってわかったし。付き合ってなきゃ、フリーだろ。お互い。だったら別に泊まっても別に良いわけじゃん。」
 悪びれもなくそういってきた。何度付き合っているのは俺だから、手を出すなと言いたかったかわからない。だが本当に功太郎が響子に気があるなら、それを口にするのははばかれる。
 真子にも気があったのは薄々感じていた。そしてその真子を死なせたのは圭太だ。そしてそのあとに響子も奪ったとなると、さすがに残酷だと思う。
 だがそのまま隠しておくのも良くない。いつ功太郎が手を出すのかわからないし、響子が流されないとも限らないのだ。
「本宮さん。」
 受付の女性に呼ばれて響子は席を立った。
 その後ろ姿を見てため息を付く。細くて折れそうな腰だ。それに功太郎が夕べ、触れたかもしれないと思うと腹が立つ。

 病院を出たときには、もう昼を過ぎていた。もう午前中の診療は終わったらしく、デイケアサービスの建物からは美味しそうな匂いがする。お昼ご飯だろう。
「オーナー。少し歩かない?そこの庭は、そこの職員さんが作っているみたいなの。」
「ふーん。確かに綺麗だな。」
 季節の花が植えられている。もう少ししたらチューリップとかが咲くのだろうか。花にはそこまで詳しくないがこの寒空でけなげに咲く花は、一人で耐えている響子によく似ていた。
「何があっても一人で耐えてんだよな。これ。」
 圭太はしゃがみ込むと、その薄い紫の花を見ていた。
「……私はそこまで強くなれないな。」
「強くなる必要があるのか?頼って良いのに。」
「オーナーはずっと頼られてたんでしょうね。」
 その言葉に圭太は立ち上がると、響子をまっすぐみた。
「夕べ、悪かった。誤解させたかもしれないよな。」
 すると響子は首を横に振った。
「……ショックだったけど……よく考えたら、あなたはそういう人だものね。面倒見が良いから功太郎を雇う気になったんだろうし。」
 自分に言い聞かせている感じがした。駄目だ。これでは意味がない。
「あのさ。夕べ……。」
「夕べ、功太郎と食事をしたわ。前から気になっていた居酒屋へ行って、そのまま功太郎を家に泊まらせた。真二郎が帰ってこなかったのは計算外だったけど。」
「……。」
「あなたも泊まったの?聡子さんの所に。」
 すると圭太は少しうなづいた。すると響子は少しため息を付く。
「綺麗だったんでしょうね。傷の一つもない。お嬢様みたいな人だもの。わざわざ傷物を手にすることはないわ。果物でも傷が入っているものは、痛みやすくて腐りやすい。そんなものはみんな見向きもしないわ。」
「俺はお前が良い。」
 すぐに言ってきた言葉に、響子は首を横に振る。
「どうして?」
「理屈なんか必要か?お前は傷、傷って言うけど、別にそれを俺が気にしたことなんかあるのか?」
「……無いわね。」
「傷跡なんかでみないし、前に何があったなんて気にしない。俺がしたことが許せないなら、許してもらうまで謝る。俺は、お前を離したくないんだ。」
 それでも響子は圭太と視線を合わせようとしない。そんなに嫌なのだろうか。不安になりながら、圭太は響子に詰め寄る。
「響子。」
「私がしたことっていうのは、あなたは許せるの?」
 響子がしたこととは何だろうか。そう思いながらふと、功太郎のことを思いだした。
「功太郎と……なんかあったのか。」
「寸前だったわ。ゴムがあったらしてたかもしれない。」
 やけになっていたし、精神状態も不安定だった。だからといって功太郎に助けを求めたのは、良くないと思う。何より圭太を裏切っていると思った。
「……お互いだろ。」
「え?」
 驚いたように響子は圭太を思わずみた。
「俺だって聡子としそうだった。でも……立たなくてさ。」
「立たなかった?」
「俺も看てもらおうかと思ったよ。今朝までは。」
「……。」
「EDになったかと思った。」
 その言葉に響子は思わず吹き出した。
「何笑ってんだよ。こっちは真剣に悩んでたんだからな。」
「いや……いろんな要素が……。」
 響子はそのまま少し離れると、笑いを堪えきれずついには爆笑してしまった。それをみて、圭太はその響子の方へ向かう。
「お前なぁ。」
「大変ねぇ。男の子は。」
「うるさいな。」
 その手を握った。すると響子は笑いが収まり、その手を握り返す。
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