彷徨いたどり着いた先

神崎

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奪い合い

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 クリスマスと違い、バレンタインデーのチョコレートは二月にはいると売り出しをはじめる。やはり他の洋菓子店に比べると後手に回っているようだが、イートインでの提供もしていると女性客はそれを口にしてそのチョコレートを買っていくようだ。
「チョコレート可愛いね。ねぇ。功君。写真とってSNSにあげても良い?」
「良いっすよ。綺麗にとって載せてくださいね。」
「盛っておくから。きらきらさせてさ。」
「ははっ。」
 イートインはチョコレートだけではなく、濃厚なフォンダン・ショコラも評判が良い。持ち帰り用のオペラやショコラ・ブラックは予約が結構入っているが、クリスマスほどではないだろう。
「このカフェオレも美味しいわ。クリーミーで。」
 響子がそのチョコレートに合わせて限定の飲み物を作り出した。チョコレートはクリーミーなのが合うだろうと、クリームを載せたカフェオレと逆にベリーの入ったフルーツティーを出した。見た目も可愛くて、評判は良い。
「フルーツティーって耐熱グラスで出してんの?」
 功太郎の言葉に響子はその言葉にうなづいた。
「見た目も大事だからね。」
 フルーツティーの中に入れているコンポートのようなものは、毎日の仕込みで響子が作っているものだ。若干甘めにしているのは、紅茶に入れて甘くなるようにしているらしい。
「それにしてもあれだな。」
 チョコレートケーキの予約表を手にして、圭太はカウンターに近づいた。
「この紅茶は案外割にあってねぇよ。もう少し高めに設定してもいいのに。」
「そう?普通の紅茶にコンポートを入れているだけだけど。」
「その紅茶が普通のヤツより入り値が高いだろ?香りが高い方が良いってもさ……。」
「こだわりは捨てたくないわ。」
 根っからの職人の響子と、商売人である圭太はたまにこうして言い合いをしている。それを仲裁をするのはだいたい真二郎だった。そこに功太郎の姿はない。
「いらっしゃいませ。」
 ドアベルが開いて、功太郎がそちらへ向かう。するとそこには少し暗い顔をした牧田純の姿があった。
「よう。」
「お、珍しいな。甘いものはあまり食べないって言ってたのに。」
「打ち合わせで外に出たからな。コーヒーだけでも飲みたいと思ってさ。ここ、美味いんだろ?」
 ちらっとカウンターを見ると、響子の姿があった。響子はその姿を見て少し頭を下げる。その様子に圭太が口をとがらせた。
「知り合いになったのか?」
「少し前に電車で一緒になったわ。牧田さん。ブレンドでいいんですか?」
「あぁ。持ち帰りでお願いします。」
 すると響子は慣れた手つきで、コーヒーの準備をする。その間、純はショーケースを見ていた。
「チョコレートまみれだな。」
「バレンタインデーだもん。」
「そっか……。ん?アルコール入りとかもあるのか?チョコレートボンボンみたいなものか?」
「違うよ。ブランデーを練り込んでるんだ。コーヒーとめっちゃ合うよ。」
 功太郎がそっちに行っている間、圭太はレジをする。女性たちが満足そうに帰って行くらしい。
「じゃあ、オーナーさん。ケーキよろしくね。」
「かしこまりました。お待ちしています。」
 フランクな功太郎と、きっちりした圭太はとてもバランスが良い。それはキッチンにいる真二郎と響子のようなものだろうか。
「でも……今アルコール飲めねぇんだ。」
 純はそう言って頭をかく。その様子に、功太郎は驚いて聞く。
「どうして?」
「あー……うん。本宮さんが言った通りかな。」
 その言葉に功太郎は響子の方を見た。すると響子は少しため息をついて視線を純に合わせる。
「やっぱりそうだったんですか?」
「打ち合わせの前に病院に行きました。ちょっと変だったし。」
 以前、響子は純に忠告をした。それはあまり遊んでいると、性病をうつされることがあるということ。そしてその忠告は当たった。性器に茶色い水膨れがいくつも出来て、やっと今日病院へ行けたのだ。
「ゴムしろよ。」
 功太郎は呆れたように純に言う。だが純は首を横に振って言う。
「してんだよ。いっつもさ。自分の子供が出来たなんて言われたら困るし。」
 その言葉に圭太はコップを落としそうになった。自分がそれを真子に言ってしまったから真子は死んでしまったのだ。それは一生後悔することで、謝っても謝りきれない。
「……どっかで聞いた話だよな。オーナー。」
 功太郎が意地悪そうに聞くと、圭太は首を横に振ってそのコップをカウンターに下げる。響子はその話を聞いているのか、聞いていないのかわからないが、ただポットのお湯をコーヒー豆に注いでいた。
「性病なんて初めてだよ。ったく……。」
「痛いのか?」
「何かすげぇ痛いよ。ボクサータイプのパンツ履いたらたまらないな。」
 自業自得だ。それにコンドームをしても防げないものだってあるのだ。それに気がついていなくて、よく遊びなどしていると思う。真二郎も遊びで付き合うことはあるが、真二郎の場合はすぐにわかるらしい。まぁ、それだけ経験値は真二郎の方が上なのだ。
「はい。ブレンドのテイクアウトね。」
 功太郎にそう声をかけると、功太郎はそのカップに蓋をする前に純に聞く。
「砂糖とかミルクとかいる?」
「いらね。すごい香りが良いな。ここまで香る。へぇ……本宮さんすごいですね。」
「それはどうも。」
 響子はそう言ってそのフィルターをゴミ箱に入れた。
「はい。オペラがあがったよ。」
 そう言って真二郎がキッチンからトレーを持ってやってくる。その姿に、純は顔をひきつらせた。
「真……。」
「純さん?」
 その空気に圭太は首を傾げた。知り合いなのだろうかと思っていたのだ。
「真はここにいたんだな。」
「うん。まぁ……。」
「そっか……ケーキがそんな感じがしたもんな。」
 すると真二郎は少し笑って言う。
「ブランデーとチョコが最高に合うって言ってたのに。」
「……昔の話だよ。」
 圭太はこっそりカウンターに近づくと、響子に聞いた。
「知り合いか?」
「さぁね。私は真二郎の交友関係を全部知っているわけじゃないし。」
「ひっかけた男という感じじゃないな。何だろうな。」
「オーナー。」
 響子は呆れたように圭太に言う。
「あまり詮索しないで。噂好きのおばさんと変わらないわよ。」
「わかってるけどさ。」
 微妙な空気が流れていた。そして気まずそうに、純は店をあとにする。
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