彷徨いたどり着いた先

神崎

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チョコレート

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 響子が風呂から上がると、真二郎はソファベッドを広げてその上に布団を敷いていた。少し前までは一緒に寝ていたこともあるが、それは真二郎に言わせると響子が寝ながら魘されていることがあるからだという。安心させるように手を握ってもはねのけられることもあったそうだが、真二郎の温もりだとわかると安心するらしい。
 寝ているのでわからないが、熟睡しているとは言い難いだろう。
「お風呂、あがったわよ。」
「うん。あぁ、響子。」
「何?」
「姉さんからメッセージが入っていたよ。失礼なことを言ったって。」
 真二郎は結んでいる髪を解くと、癖毛がふわっと広がる。それはタンポポのようだと桜子が言い、だからこそ家を継げないと呆れて居るように思えた。しかし持って生まれたモノをどう変えても変わらないものもある。
「功太郎に謝った方が良いわね。殴られたのは功太郎なんだし。」
「口が悪すぎるよ。ホールにはやっぱり向いてないな。」
「そうかしら。おばさまたちには評判がいいのよ。」
「女性客ばかりだからね。」
 そう言って真二郎はベッドルームへ向かう。こちらに真二郎の着替えも響子の着替えも入った備え付けのクローゼットがあるのだ。電気をつけてそこを開ける。すると違和感があった。響子の服が減って、そその横には旅行の時に使うボストンバッグが置いてある。下着や部屋着を手にしてリビングに戻ってくると、響子はキッチンで何か飲み物を淹れているようだった。
「どこかに旅行に行くの?」
 休みの時に、ふらっとどこかへ行くことがある。だがそんなに連続した休みはないので、日帰りくらいしかできない。あのバッグを取り出すのは珍しいと思ったのだ。
「あぁ、着替えとかちょっとした身の回りのものを運ぼうと思って。」
「どこに?」
「オーナーのところ。」
 それは同棲するということだろうか。ここを離れるということだろうか。焦って真二郎は響子に聞く。
「ここを出るの?」
「出ないけどあっちに泊まることもあるし、不便だから。」
 コップの中でスプーンを動かす。何か温まるものを淹れたらしい。その表情は、少し覚悟を決めたような感じがした。
「待ってよ。そんな同棲みたいなコトを……。」
「別に不自然じゃないわ。確かに付き合った期間は短いかもしれない。だけど……あなたのこともあるし。」
「それは俺が男だから?」
「……。」
「この間のことをオーナーに話したの?」
 すると響子はコップを手にして、キッチンを出ると真二郎に向かい合った。
「話したわ。男と女だから、そういうことがないとは言えない。だけどオーナーはとても不安なのよ。」
「オーナーじゃ、君のことを受け止められないよ。」
「どうして?」
「だって……。」
「ずっとあなたに頼っていた私も悪いわ。頼る人は別にいるのに、あなたにばかり頼ってて。」
 布団の敷いているソファベッドに腰掛けると、響子はその飲み物を口に入れる。レモネードは甘酸っぱくて、体が温まる。ゆっくり眠りたいと思っていたのだ。
「前にも言ったよね。無自覚に人を傷つける人もいる。オーナーはその典型的なタイプだ。自分のことが正義だと信じてる。」
「そんなにエゴイストかしら。」
「そうじゃなきゃ……。」
「あなたの方がエゴイストじゃない?」
 その言葉に真二郎は言葉を詰まらせた。
「あなたではなければ、私を受け入れない。お祖父さんが死んで自分しかいない。そう思っているのかしら。」
「そうじゃないか。」
「千鶴だって私のことを知ってたわ。多分、ネットの噂か何かで知ったのかもしれないから半分は信じていなかった。だけど、そのことを口にすることもなかったわね。」
「……。」
「オーナーに、全部を告げたわ。でもオーナーはそれがどうしたって感じだった。変に同情されるよりも嬉しいことだわ。」
「……。」
「腫れ物にさわるように、傷つけないように、優しく慰めてくれるのは嬉しいわ。でも私にとってそれは何も解決しないのよ。」
「俺がしてたことを、全否定するんだ。」
「そうじゃない。」
 真二郎は着替えを持ったままそのソファベッドの隣に座る。その目は怒りなのか、あきらめなのか、それとも悲しみなのかわからない。思わず響子はその目から逃れるように目を伏せた。
「……君のような人をオーナーはきっと受け入れられないよ。定期的に病院へ行ったり、眠るときに魘されていたりしてる。あれから十四年もたっているのに、まだこのざまだ。それをオーナーが解決はしてくれないだろう。」
「あなたと居ても解決は出来なかったじゃない。」
 すると真二郎は、首を横に振る。
「俺では解決できなかったかもしれないけれど、俺がしてあげられることはある。側にいることも出来るんだ。それで押さえられている。仕事でも、プライベートでも一緒になれると思うよ。」
 カップを手にしている響子の手を握った。しかしその手を響子は振り払う。
「あなたじゃないの。私は……。」
 同情なんかして欲しくない。ただ、圭太のように自然にして欲しいと願うだけ。
「オーナーは、まだ忘れられていないのに?」
「え……。」
「恋人と住んでいたところをまだ離れないというのは、結局、その恋人を忘れられていないんだ。」
「……。」
「功太郎を雇っているのも、そのためかもしれないな。それはすなわち……。」
「学のない功太郎を雇うことで、真子さんへの謝罪をしようと?」
「弁護士を紹介したり、家に住まわせたり、生活必需品の面倒をみたりしている。普通そこまでしないよ。」
「……。」
 全部真子の為なのだろうか。そう思うと、響子の手が震える。結局、何も忘れていないのだ。そう思えてくると響子の目から涙がこぼれる。
「響子。一緒に住むのは考え直して。もう少し俺の側にいて欲しい。」
「あなたとは恋人なんかになれない。そんな気持ちはないもの。」
「無くても良いよ。俺が側にいたい。」
 そう言って真二郎はその頬に手を伸ばして、涙を拭った。そして響子をのぞき見る。だがその目は真二郎を見ていなかった。
「抱きしめていい?」
「だめ。」
 手を伸ばして、響子はその体を拒否する。圭太とは違うその細い体は、すっかり馴染んでいるようだった。だがこの温もりではない。
「今日は、一緒に寝ようか。薬も切れているんだったら、きっと今日も魘されるよ。」
「何もしないで。」
「わかってる。お風呂に入ってくるから、ちょっと待ってて。」
 そう言って真二郎は席を立つ。せっかく布団を敷いたが、今日は使いそうにない。そのソファベッドの上で、響子はまだ呆然としていたように思えるが、やっとそのレモネードのはいったカップを手にしていた。
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