76 / 339
チョコレート
75
しおりを挟む
正月の慌ただしさが過ぎ、「clover」は日常を取り戻していた。クリスマス時期限定のホットショコラはメニューから降ろされ、通常のように響子はコーヒーを淹れていく。
ケーキはクリスマスケーキとして売り出されたブッシュ・ド・ノエルが評判を生んだのだろう。持ち帰りのケーキを指定されることも多い。
「新製品は、イチゴのムースケーキですね。甘酸っぱいイチゴとふわふわで甘いムースがとてもマッチしていますよ。」
「あら。良いわね。じゃあそれにしようかしら。それからこのリンゴのシブーストもいただける?」
「はい。」
圭太はショーケースの中のケーキを取り出して、トレーに乗せるとその女性の前に差し出す。」
「こちらをお包みいたしますね。お帰りの時間はどれくらいでしょうか。」
「一時間もかからないわ。」
「かしこまりました。」
保冷剤を一ついれて、箱を閉じる。するとホールから笑い声が響いた。
「マジ美味いっすよ。サクランボのピューレが超甘酸っぱくって。」
「あら。そうなの?だったらそれにしようかしら。飲み物は何がおすすめ?」
「紅茶っすね。ダージリンの香りが超合ってるっす。」
「フフ。じゃあ、それにしようかしら。あなたはどうする?」
またこの口調か。圭太はそう思いながら、箱を閉じるとレジの前に立つ。
「ありがとうございます。千三百二十円でございます。」
その女性客にもきっと功太郎の接客が聞こえたのだろう。少し笑いながら、お金を払った。
「店長さん。あの店員さん良いと思うわ。」
「え?」
箱を受け取ったその女性は、そういって少し笑う。
「マニュアルがあるならそれで良いけれど、マニュアルに縛られないやり方っていうのもあるわ。私が勤めている介護施設でもね、きっちり敬語ではないと機嫌を悪くする人もいるけれど、本当に孫のように接した方がいい人の方がほとんどなの。寂しいのね。みんな。」
コックコートからギャルソンの格好をした功太郎だが、やはりまだ子供っぽく見える。それが女性客に受けているのだろう。
「そんなものですかね。」
「離れていく人もいるだろうけれど、きっとあの接客だったらそれ以上に付いてくるお客さんも多いはずよ。それにあの笑顔は良いわ。」
笑っている。その笑顔は自然で、圭太のようにどこか嘘くさくなかった。それが少しコンプレックスだったのだ。
何より響子がそれに黙っているのが腹が立つ。真二郎は最初のうちは口うるさかったようだが、今は諦めてしまったのか何もいわない。
「離れていかなければいいんですけどね。」
「私はここのケーキはお気に入りなの。少なくとも、あの子が接客をしてくれていても買っていくわ。」
「ありがとうございます。」
その一言が嬉しい。そしてやっぱり少しは功太郎に口の効き方を教えないといけないだろうと、圭太は思っていた。
「ダージリンと、ブレンドね。それからサクランボのカヌレ、リンゴのシブースト。」
そういって響子は紅茶をいれる準備とコーヒーを淹れる用意をしていた。
「サクランボのカヌレに紅茶はよく合うわ。いい選択をしたわね。」
響子はそういって帰ってきた功太郎を誉める。すると功太郎は無邪気に笑っていた。それはまるで飼い主と犬のようだ。
「茶器はあらかじめ温めるの?」
「えぇ。紅茶は蒸らしていれるのが基本。それから……。」
少し時間が合くと、功太郎は響子の所へいってコーヒーの淹れ方や紅茶のことなどを聞いている。功太郎はバリスタ志望なのだ。そしてそのやり方は響子に習いたいのだという。
ため息を付いて圭太はキッチンへ向かう。今はあまりイートインの客はいないのだ。皿でも洗おうと思う。
「どうしたの?オーナー。」
やってきた圭太に、真二郎が声をかける。
「皿でも洗おうかと思って。」
「いいよぉ。こっちも持て余してたんだし、さっき皿は洗ったしね。」
それにしては真二郎は何かを作っているらしく、ボウルを二重にして何か混ぜていた。
「何やってんだよ。」
「バレンタイン用のチョコの試作。ケーキはホールやカットケーキは既存のものだけど、持ち帰りの粒のチョコレートを作ろうと思ってね。」
「あぁ。」
真子もそういうことをしてくれたことがある。たぶんどこかのケーキ屋のチョコレートで、圭太に合わせてくれたのか洋酒がふんだんに使われていて美味しかった記憶がある。
「アルコール入りと、そうじゃないヤツを二つのパターンで。」
「粒チョコは、どれくらいの大きさにする?」
「一口で食べれるくらいかな。」
「だったら十二個入りと六個入りと作ってくれよ。」
「多めに作る?」
「どんなシチュエーションで女が渡すかわからないけど、六個入りは本命に渡すだろうし、十二個入りは職場で配る用とかにするだろ?」
「あぁ。そうだね。そう考えるとそのパターンが良いかもね。」
やっぱり圭太は根っからの商売人なのだろう。そういうことも全て考えているのだ。
「そういえばさ、功太郎は出ていったんだっけ。」
「あぁ。せいせいした。」
正月の元旦だけここは閉めた。その一日で功太郎は自分の部屋に荷物を運んだのだ。ワンルームの部屋は、この街にありこの駅からは遠くないが線路が近くにあって騒音がうるさそうだ。だが功太郎はそんな音を気にしていない。
「寝れればいいってさ。あいつ、掃除とかしてんのかなぁ。」
「今までやってきたんだ。きっとやれているよ。」
湯煎からチョコレートを離すと、そこに刻んだナッツと洋酒をいれて更に混ぜていく。どろっとしたチョコレートから洋酒のいい香りがした。
「真二郎。」
カウンターの方から声がかかった。それは響子の声だった。それに真二郎は声だけで反応する。
「オーダー?」
「ううん。業者が来ているわよ。何か頼んだ?」
「あぁ。キッチンに入ってもらっていい?」
響子はその言葉を聞いて、キッチンの中に入っていく。
「手を出さないのよ。」
こそっと声をかけると真二郎は少し笑っていった。
「わかってるって。確かに好みだけどさ。」
「彼女が居るっていってたわよ。略奪みたいなつまらないことをしないの。」
「わかってるって。信用無いな。」
「無いわよ。ねぇ。オーナー。」
圭太に話を降られて、圭太も少し苦笑いをした。
「そうだな。千鶴が来るまで大変だったし。」
この店を立ち上げるとき、実はフロントを任せるのは男性だと思っていたのだ。男のオーナーだし、女は響子が居るから良いかと思っていたのだ。だがウェイターを募集したところ、全ての男が真二郎に一目惚れをして話にならなかったのだ。
「だってさ、可愛い男の子ばっかりだったじゃん。」
その言葉に圭太と響子は呆れたように真二郎を見ていた。だから響子から信用できないといわれるのだ。
ケーキはクリスマスケーキとして売り出されたブッシュ・ド・ノエルが評判を生んだのだろう。持ち帰りのケーキを指定されることも多い。
「新製品は、イチゴのムースケーキですね。甘酸っぱいイチゴとふわふわで甘いムースがとてもマッチしていますよ。」
「あら。良いわね。じゃあそれにしようかしら。それからこのリンゴのシブーストもいただける?」
「はい。」
圭太はショーケースの中のケーキを取り出して、トレーに乗せるとその女性の前に差し出す。」
「こちらをお包みいたしますね。お帰りの時間はどれくらいでしょうか。」
「一時間もかからないわ。」
「かしこまりました。」
保冷剤を一ついれて、箱を閉じる。するとホールから笑い声が響いた。
「マジ美味いっすよ。サクランボのピューレが超甘酸っぱくって。」
「あら。そうなの?だったらそれにしようかしら。飲み物は何がおすすめ?」
「紅茶っすね。ダージリンの香りが超合ってるっす。」
「フフ。じゃあ、それにしようかしら。あなたはどうする?」
またこの口調か。圭太はそう思いながら、箱を閉じるとレジの前に立つ。
「ありがとうございます。千三百二十円でございます。」
その女性客にもきっと功太郎の接客が聞こえたのだろう。少し笑いながら、お金を払った。
「店長さん。あの店員さん良いと思うわ。」
「え?」
箱を受け取ったその女性は、そういって少し笑う。
「マニュアルがあるならそれで良いけれど、マニュアルに縛られないやり方っていうのもあるわ。私が勤めている介護施設でもね、きっちり敬語ではないと機嫌を悪くする人もいるけれど、本当に孫のように接した方がいい人の方がほとんどなの。寂しいのね。みんな。」
コックコートからギャルソンの格好をした功太郎だが、やはりまだ子供っぽく見える。それが女性客に受けているのだろう。
「そんなものですかね。」
「離れていく人もいるだろうけれど、きっとあの接客だったらそれ以上に付いてくるお客さんも多いはずよ。それにあの笑顔は良いわ。」
笑っている。その笑顔は自然で、圭太のようにどこか嘘くさくなかった。それが少しコンプレックスだったのだ。
何より響子がそれに黙っているのが腹が立つ。真二郎は最初のうちは口うるさかったようだが、今は諦めてしまったのか何もいわない。
「離れていかなければいいんですけどね。」
「私はここのケーキはお気に入りなの。少なくとも、あの子が接客をしてくれていても買っていくわ。」
「ありがとうございます。」
その一言が嬉しい。そしてやっぱり少しは功太郎に口の効き方を教えないといけないだろうと、圭太は思っていた。
「ダージリンと、ブレンドね。それからサクランボのカヌレ、リンゴのシブースト。」
そういって響子は紅茶をいれる準備とコーヒーを淹れる用意をしていた。
「サクランボのカヌレに紅茶はよく合うわ。いい選択をしたわね。」
響子はそういって帰ってきた功太郎を誉める。すると功太郎は無邪気に笑っていた。それはまるで飼い主と犬のようだ。
「茶器はあらかじめ温めるの?」
「えぇ。紅茶は蒸らしていれるのが基本。それから……。」
少し時間が合くと、功太郎は響子の所へいってコーヒーの淹れ方や紅茶のことなどを聞いている。功太郎はバリスタ志望なのだ。そしてそのやり方は響子に習いたいのだという。
ため息を付いて圭太はキッチンへ向かう。今はあまりイートインの客はいないのだ。皿でも洗おうと思う。
「どうしたの?オーナー。」
やってきた圭太に、真二郎が声をかける。
「皿でも洗おうかと思って。」
「いいよぉ。こっちも持て余してたんだし、さっき皿は洗ったしね。」
それにしては真二郎は何かを作っているらしく、ボウルを二重にして何か混ぜていた。
「何やってんだよ。」
「バレンタイン用のチョコの試作。ケーキはホールやカットケーキは既存のものだけど、持ち帰りの粒のチョコレートを作ろうと思ってね。」
「あぁ。」
真子もそういうことをしてくれたことがある。たぶんどこかのケーキ屋のチョコレートで、圭太に合わせてくれたのか洋酒がふんだんに使われていて美味しかった記憶がある。
「アルコール入りと、そうじゃないヤツを二つのパターンで。」
「粒チョコは、どれくらいの大きさにする?」
「一口で食べれるくらいかな。」
「だったら十二個入りと六個入りと作ってくれよ。」
「多めに作る?」
「どんなシチュエーションで女が渡すかわからないけど、六個入りは本命に渡すだろうし、十二個入りは職場で配る用とかにするだろ?」
「あぁ。そうだね。そう考えるとそのパターンが良いかもね。」
やっぱり圭太は根っからの商売人なのだろう。そういうことも全て考えているのだ。
「そういえばさ、功太郎は出ていったんだっけ。」
「あぁ。せいせいした。」
正月の元旦だけここは閉めた。その一日で功太郎は自分の部屋に荷物を運んだのだ。ワンルームの部屋は、この街にありこの駅からは遠くないが線路が近くにあって騒音がうるさそうだ。だが功太郎はそんな音を気にしていない。
「寝れればいいってさ。あいつ、掃除とかしてんのかなぁ。」
「今までやってきたんだ。きっとやれているよ。」
湯煎からチョコレートを離すと、そこに刻んだナッツと洋酒をいれて更に混ぜていく。どろっとしたチョコレートから洋酒のいい香りがした。
「真二郎。」
カウンターの方から声がかかった。それは響子の声だった。それに真二郎は声だけで反応する。
「オーダー?」
「ううん。業者が来ているわよ。何か頼んだ?」
「あぁ。キッチンに入ってもらっていい?」
響子はその言葉を聞いて、キッチンの中に入っていく。
「手を出さないのよ。」
こそっと声をかけると真二郎は少し笑っていった。
「わかってるって。確かに好みだけどさ。」
「彼女が居るっていってたわよ。略奪みたいなつまらないことをしないの。」
「わかってるって。信用無いな。」
「無いわよ。ねぇ。オーナー。」
圭太に話を降られて、圭太も少し苦笑いをした。
「そうだな。千鶴が来るまで大変だったし。」
この店を立ち上げるとき、実はフロントを任せるのは男性だと思っていたのだ。男のオーナーだし、女は響子が居るから良いかと思っていたのだ。だがウェイターを募集したところ、全ての男が真二郎に一目惚れをして話にならなかったのだ。
「だってさ、可愛い男の子ばっかりだったじゃん。」
その言葉に圭太と響子は呆れたように真二郎を見ていた。だから響子から信用できないといわれるのだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる