彷徨いたどり着いた先

神崎

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チョコレート

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 正月の慌ただしさが過ぎ、「clover」は日常を取り戻していた。クリスマス時期限定のホットショコラはメニューから降ろされ、通常のように響子はコーヒーを淹れていく。
 ケーキはクリスマスケーキとして売り出されたブッシュ・ド・ノエルが評判を生んだのだろう。持ち帰りのケーキを指定されることも多い。
「新製品は、イチゴのムースケーキですね。甘酸っぱいイチゴとふわふわで甘いムースがとてもマッチしていますよ。」
「あら。良いわね。じゃあそれにしようかしら。それからこのリンゴのシブーストもいただける?」
「はい。」
 圭太はショーケースの中のケーキを取り出して、トレーに乗せるとその女性の前に差し出す。」
「こちらをお包みいたしますね。お帰りの時間はどれくらいでしょうか。」
「一時間もかからないわ。」
「かしこまりました。」
 保冷剤を一ついれて、箱を閉じる。するとホールから笑い声が響いた。
「マジ美味いっすよ。サクランボのピューレが超甘酸っぱくって。」
「あら。そうなの?だったらそれにしようかしら。飲み物は何がおすすめ?」
「紅茶っすね。ダージリンの香りが超合ってるっす。」
「フフ。じゃあ、それにしようかしら。あなたはどうする?」
 またこの口調か。圭太はそう思いながら、箱を閉じるとレジの前に立つ。
「ありがとうございます。千三百二十円でございます。」
 その女性客にもきっと功太郎の接客が聞こえたのだろう。少し笑いながら、お金を払った。
「店長さん。あの店員さん良いと思うわ。」
「え?」
 箱を受け取ったその女性は、そういって少し笑う。
「マニュアルがあるならそれで良いけれど、マニュアルに縛られないやり方っていうのもあるわ。私が勤めている介護施設でもね、きっちり敬語ではないと機嫌を悪くする人もいるけれど、本当に孫のように接した方がいい人の方がほとんどなの。寂しいのね。みんな。」
 コックコートからギャルソンの格好をした功太郎だが、やはりまだ子供っぽく見える。それが女性客に受けているのだろう。
「そんなものですかね。」
「離れていく人もいるだろうけれど、きっとあの接客だったらそれ以上に付いてくるお客さんも多いはずよ。それにあの笑顔は良いわ。」
 笑っている。その笑顔は自然で、圭太のようにどこか嘘くさくなかった。それが少しコンプレックスだったのだ。
 何より響子がそれに黙っているのが腹が立つ。真二郎は最初のうちは口うるさかったようだが、今は諦めてしまったのか何もいわない。
「離れていかなければいいんですけどね。」
「私はここのケーキはお気に入りなの。少なくとも、あの子が接客をしてくれていても買っていくわ。」
「ありがとうございます。」
 その一言が嬉しい。そしてやっぱり少しは功太郎に口の効き方を教えないといけないだろうと、圭太は思っていた。
「ダージリンと、ブレンドね。それからサクランボのカヌレ、リンゴのシブースト。」
 そういって響子は紅茶をいれる準備とコーヒーを淹れる用意をしていた。
「サクランボのカヌレに紅茶はよく合うわ。いい選択をしたわね。」
 響子はそういって帰ってきた功太郎を誉める。すると功太郎は無邪気に笑っていた。それはまるで飼い主と犬のようだ。
「茶器はあらかじめ温めるの?」
「えぇ。紅茶は蒸らしていれるのが基本。それから……。」
 少し時間が合くと、功太郎は響子の所へいってコーヒーの淹れ方や紅茶のことなどを聞いている。功太郎はバリスタ志望なのだ。そしてそのやり方は響子に習いたいのだという。
 ため息を付いて圭太はキッチンへ向かう。今はあまりイートインの客はいないのだ。皿でも洗おうと思う。
「どうしたの?オーナー。」
 やってきた圭太に、真二郎が声をかける。
「皿でも洗おうかと思って。」
「いいよぉ。こっちも持て余してたんだし、さっき皿は洗ったしね。」
 それにしては真二郎は何かを作っているらしく、ボウルを二重にして何か混ぜていた。
「何やってんだよ。」
「バレンタイン用のチョコの試作。ケーキはホールやカットケーキは既存のものだけど、持ち帰りの粒のチョコレートを作ろうと思ってね。」
「あぁ。」
 真子もそういうことをしてくれたことがある。たぶんどこかのケーキ屋のチョコレートで、圭太に合わせてくれたのか洋酒がふんだんに使われていて美味しかった記憶がある。
「アルコール入りと、そうじゃないヤツを二つのパターンで。」
「粒チョコは、どれくらいの大きさにする?」
「一口で食べれるくらいかな。」
「だったら十二個入りと六個入りと作ってくれよ。」
「多めに作る?」
「どんなシチュエーションで女が渡すかわからないけど、六個入りは本命に渡すだろうし、十二個入りは職場で配る用とかにするだろ?」
「あぁ。そうだね。そう考えるとそのパターンが良いかもね。」
 やっぱり圭太は根っからの商売人なのだろう。そういうことも全て考えているのだ。
「そういえばさ、功太郎は出ていったんだっけ。」
「あぁ。せいせいした。」
 正月の元旦だけここは閉めた。その一日で功太郎は自分の部屋に荷物を運んだのだ。ワンルームの部屋は、この街にありこの駅からは遠くないが線路が近くにあって騒音がうるさそうだ。だが功太郎はそんな音を気にしていない。
「寝れればいいってさ。あいつ、掃除とかしてんのかなぁ。」
「今までやってきたんだ。きっとやれているよ。」
 湯煎からチョコレートを離すと、そこに刻んだナッツと洋酒をいれて更に混ぜていく。どろっとしたチョコレートから洋酒のいい香りがした。
「真二郎。」
 カウンターの方から声がかかった。それは響子の声だった。それに真二郎は声だけで反応する。
「オーダー?」
「ううん。業者が来ているわよ。何か頼んだ?」
「あぁ。キッチンに入ってもらっていい?」
 響子はその言葉を聞いて、キッチンの中に入っていく。
「手を出さないのよ。」
 こそっと声をかけると真二郎は少し笑っていった。
「わかってるって。確かに好みだけどさ。」
「彼女が居るっていってたわよ。略奪みたいなつまらないことをしないの。」
「わかってるって。信用無いな。」
「無いわよ。ねぇ。オーナー。」
 圭太に話を降られて、圭太も少し苦笑いをした。
「そうだな。千鶴が来るまで大変だったし。」
 この店を立ち上げるとき、実はフロントを任せるのは男性だと思っていたのだ。男のオーナーだし、女は響子が居るから良いかと思っていたのだ。だがウェイターを募集したところ、全ての男が真二郎に一目惚れをして話にならなかったのだ。
「だってさ、可愛い男の子ばっかりだったじゃん。」
 その言葉に圭太と響子は呆れたように真二郎を見ていた。だから響子から信用できないといわれるのだ。
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