彷徨いたどり着いた先

神崎

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イブ

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 流れている涙を拭うと、真二郎はまた響子の唇に唇を近づける。強いアルコールの匂いがした。そしてそれと混ざって甘い香水の匂いがする。それは女性と会っていた証拠だ。
 それを感じて響子は真二郎の体を押しのけた。
「ダメ?」
 真二郎は捨てられた子犬のような目で、響子をみた。だがそんな視線が響子に通じるわけがない。ずっと一緒にいたのだ。その視線で男を落としていたのも知っている。
「ダメよ。コレ以上は。」
 そう言って響子はその涙を拭う。
「どんな神経でこんなことをしたのかわからない。だけど……私には別に男が居て……。」
「好き?」
 また頭の中で千鶴の声が響く。どこが好きなの?と言われて、言葉に詰まってしまった。良いところだけを見て好きなんて言うのは、違うと思う。だからといって今日みたいなことをひっくるめて、好きだというのは違うと思っていた。素直に喜べない自分が居るのだ。
 自分がゆがんでいる。そう思えて嫌になった。
「好き……だと思う。」
「はっきりはしてないんだ。」
「それでも無理矢理キスしたりしないわ。」
 それだけははっきり言える。圭太も求めていたが、自分も圭太を求めていたのだ。
「君が何を求めているのかもわからないでのんきだよね。オーナーも。」
「何が言いたいの?」
 いらついているように響子が真二郎に聞く。すると真二郎はまた響子の二の腕に手を伸ばす。そしてそのまま壁に響子を押しつけると、力ずくで上を向かせた。
「や……。何……。ちょっと、辞めて。」
 だが真二郎は辞めてくれない。そのまま無理矢理唇を重ねると、強引に口を割った。強いアルコールの匂いと香水と、そして甘い匂いがする。そして誰よりも慣れているように、響子の口内を征服していった。舌を絡ませるだけではなく、口内をなぞっていく。そのテクニックに、思わず声が漏れた。
「んっ……。んんっ……。」
 一度唇を離しても、また重ねてくる。満足したように、真二郎は響子を見下ろした。そしてシャツ越しに触れている胸が少し動く。
「あのときよりも成長してる。ほら。手に余るくらいだ。」
「何を言っているの。辞めてよ。やだ……。」
「響子。いい加減気づけよ。」
 真二郎には珍しく厳しい口調だった。そして乱暴に胸に触れている手を離す。
「やだって口にしても、求めてるんだ。マゾヒストなんだよ。あのときからね。」
「……。」
 あのときというのは一つしかない。響子が拉致されて監禁されたときだ。殴られて、火傷させられて、歯を折られ、ぼろぼろになりながら人を刺して逃げたのだ。
「そんな目で見てたの?」
 その目は軽蔑したような目だった。
「……オーナーはそれを忘れさせようとしてたんだろう?だけど、それでは君が満足しないのを薄々感じていると思う。」
 その言葉に響子は少しうつむいた。圭太は確かに優しい。だがそれでいいのだろうかとずっと思っていた。
「響子……。俺はそんな響子を含めてずっと好きだったんだよ。」
「信じられない。」
 うつむいた響子がぽつりという。
「だったら俺がウリセンを辞めたら信じるの?」
「……。」
「セフレと全部切ったら信じられる?」
「……そうじゃないわ。」
「だったら……。」
「あなたとは幼なじみで、ずっといられると思ってたから。」
 響子はそう言うと、リビングの方へ足を運ぶ。その後ろ姿に、真二郎は少し焦りを感じた。そして響子の肩に触れる。
「ごめん……。焦りすぎた。」
「……。」
 それでも響子は真二郎の方を見なかった。
「焦って……とんでもないことを……。」
「こんなことくらいで死なないわ。死ぬならもっと前に死んでる。」
 以前の響子に戻ったようだ。冷たい言い方で、他人を拒絶している。そんな風にしたのは自分だ。
「酔って……とんでもないことをした。」
 あのくらいの酒で酔うわけがないのに、酔ったことにしなければすべてが崩れる。そして響子は死ぬかもしれないと思った。何よりも響子を失うのが耐えられない。
「酒の席の話って本音よね。あなたはそんな目で私を見ていたのよ。」
「……。」
「今更否定しないで。」
 響子はそう言うと深くため息をついた。
「そう言う目で見ていたのは仕方がないわ。今更それを変えろと言われても無理だし、でも今更一人で居たら本当に自殺するかもしれない。」
「……。」
「それでも私はあなたを捨てられない。」
「ごめん……響子。」
「少しは真実も混ざってた。そして……認めたくないけど、自分の本性かもしれない。」
 マゾヒストなのかもしれない。だから圭太の優しすぎるセックスに、少し不安すら覚えたのだ。
「二度としないで。」
「わかった……。」
 そのとき、玄関のドアノブが開く音がした。その音に、響子は寝室の方へ向かう。そんな顔を圭太に見られたくなかったのだ。
「あれ?響子は?」
 圭太の後ろにはいつか見たことのあるバーテンダーが居た。瑞希という名前だったか。
「寝てるよ。俺も今帰ってきてね。」
「お前、もう歩けるか?」
 心配そうに瑞希が声をかける。もう店を閉めてしまったのだろうか。
「平気。悪かったな。迷惑かけて。」
「本当、迷惑だよ。お前、弥生の挑発に乗りすぎなんだよ。」
「あいつ、本当に可愛くねぇな。良くつきあっているよ。」
「良いところもあるんだよ。」
 弥生というのは、おそらく瑞希の恋人か何かだろう。真二郎は心の中で舌打ちをした。せっかくいい男なのに、彼女持ちのストレートなのだ。
「完璧な奴なんか居ないんだから、良いところを見て我慢しようぜ。お互いな。」
「あぁ。そうだな。」
 ソファに座らせると、瑞希は玄関の方へ向かう。
「じゃあ、また今度は体調が良いときに来いよ。」
「わかった。」
 出て行こうとしている瑞希に、真二郎が声をかける。
「あの……。」
「ん?あぁ、響子さんの同居人だっけ。」
「ちょっと待ってください。」
 そう言って真二郎は靴を履いた瑞希を引き留める。そして冷蔵庫の箱を取り出して、瑞希に手渡した。
「コレ。どうぞ。ブッシュ・ド・ノエルの切れ端ですけど。あとで食べようと思って持って帰ったんですけど、よかったら恋人と一緒に食べてください。」
「マジで?いいの?」
「迷惑をかけたと思うし。」
 その言葉にうつむきかけた圭太が声を上げる。
「真二郎。てめぇ。何でそんなもん持って帰ったんだよ。」
「うるさい。酔っぱらい。」
 真二郎はそう言って瑞希を見送った。そしてリビングには、まだ頭を抱えている圭太が居た。
「とりあえず、シャワーでも浴びる?」
「いいや。朝借りるよ。今日は寝るわ。こんな状態だから盛らないし、気にしなくて良いから。」
「盛っても気にしないよ。お休み。」
 そう言って圭太は立ち上がるとふらふらと、寝室へ行ってしまった。その後ろ姿を見て、あの感じだから響子が満足しないのだと真二郎は確信していた。
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