彷徨いたどり着いた先

神崎

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 どうも調子に乗っているな。響子はそう思いながら、携帯電話の時計を見る。ここには時計がないので、そこで確認するしかない。すでに日が変わっていた。そろそろ帰って寝ないと、明日起きれないかもしれない。だが圭太はまだステージの上で他のドラマーと何か話している。
「そろそろ帰らないといけないんですけどね。」
 そのとき圭太が、カウンターにやってくる。響子が飲んでいたものを見て少し笑った。
「何だ。酒、もう入ってないじゃん。」
「もう帰らないでどうするのよ。明日も仕事じゃない。」
「えー?」
 こういうときは圭太が少し幼く見える。お気に入りのおもちゃを取られている子供のようだ。
「お前、また来ればいいじゃん。」
「酒も入ってないし、いけるって。」
「どこからその自信が来るのかしら。」
 呆れたように響子は圭太を見上げる。
「だったら一杯だけ酒を入れて帰るか。瑞希、ウィスキーをお湯で割ってくれよ。」
「飲むの?止めておいた方がいいんじゃない?」
「ここは暖かいけど、外は寒いじゃん。ちょっと温まって帰りたいだけだよ。」
 酒が入るなら本当に家に泊まるのだろう。それに真二郎は何を思うだろうか。おそらく真二郎はもう帰っているかもしれない。今日はロングではなくショートだといっていた。そしてその相手は毎年決まっているのだという。だがその相手については聞いたことはない。というか、真二郎に限らず客のことをベラベラ話すのはその世界では御法度なのだ。特にゲイの世界だ。まだまだそういう世界に偏見があるのが実状なのだろう。
「ほら。コレ飲んで帰れよ。」
 瑞希はそう言ってコップにウィスキーのお湯割りを入れたものを圭太の前に置いた。
「サンキュー。」
 そう言って圭太はそれに口を付ける。
「あー。温まるなぁ。」
 するとまたカウンターに女の子が近づいてきた。それは瑞希の恋人である弥生だった。
「何?圭太、酒を飲んでるの?」
「コレ飲んだら帰るし。」
「ぶー。せっかくいい感じになってきたのに。」
「明日も仕事なんだよ。」
「あー。ケーキ屋のオーナーなんだってね。タウン誌でみた。ねぇ。移ってたパティシエ超イケメンだよね。」
「は?俺の方が良いって思わないか?」
「贔屓目で見ても絶対違うわ。ね、瑞希。ウーロン茶ちょうだい。」
「あぁ。弥生もそれ飲んだら帰りなよ。明日は夜勤なんだろ?」
「うーん。まぁね。」
 日勤と夜勤のある仕事か。それはそれで大変だろうなと、響子は思っていた。そのときステージから声があがる。
「おーい。圭太ぁ。昔の音源があるんだよ。ちょっと聴くか?」
「マジ?聴く、聴く。」
 そう言って圭太はいすから立ち上がる。そのときふらっと体が揺れた。
「え?」
 派手に音を立てて、圭太はその場で倒れてしまった。その様子に響子は立ち上がり、圭太に近づく。
「圭太。」
 すると弥生も圭太に近づいて、その様子を見る。
「意識がない。でも顔色は悪くないわね。呼吸も荒くない。」
「え?」
 顔色を青くした響子が、弥生の方を見る。
「……寝てるだけね。」
「は?」
「今日、ケーキ屋さんって超忙しかったんじゃない?」
「えぇ……。」
「なのにあんなにハードなプレイして、そのあと酒を飲んだんでしょ?コレ、何?」
 弥生が瑞希に聴くと、瑞希はばつが悪そうにいう。
「ウィスキーのお湯割り。」
「バカね。急激にそんなアルコール度数の高いのを入れたら、倒れるに決まってんじゃない。」
 ずばずばと言う弥生にたじたじだった。どうやら気が強いというのは本当らしい。見た目は高校生のようなのに。
「救急車呼ぶレベルじゃない。ちょっと休ませたら歩けるくらいになるでしょ?」
「大丈夫なんですか?」
「平気よ。瑞希。裏に運んであげて。」
「あぁ。」
 カウンターを出ると、瑞希は圭太を引きずるようにしてスタッフルームへ連れて行った。そしてそこにあるソファに横にさせる。心配して響子もそれについて行ったが、圭太の顔色は決して悪いわけではなかった。本当にただ寝ているだけだったように見える。
「大丈夫だよ。響子さんは帰る?」
「……でも……。」
「心配なのはわかるけど、俺もこいつにつきあってこの時間まで居た響子さんも心配だよ。」
「私はいいんです。慣れているから。」
「そうだった。ずっと飲食をしてたって言ってたね。圭太もやっていると思ってたけど、こいつはちょっと調子に乗りやすい所もあったしね。」
「……そうですね。今日やっとわかりました。」
 つきあっているとは言ってもまだお互いのことをまだよくわからない。それがコンプレックスだった。なのにまた一つ、圭太の別の顔が見れた。それが嬉しいと思う。
「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫。看護師が言うんだからいいんだよ。」
「看護師?あぁ、弥生さんが?」
「あぁ。」
 だから日勤や夜勤があったのか。それで納得した。
「響子さんは帰る?」
「えぇ。意識が戻ったら、家に来るように言ってください。」
「近くだったかな。」
「えぇ。オーナーもわかると思います。何度か来ているし。」
 その言葉に瑞希は少し笑った。
「どうしました?」
「さっきは圭太って呼んでいたのに、もう元に戻っていると思ってね。別に店を出れば普通の恋人同士なんだろう?俺らに気を使わなくても良いから。」
 その言葉に響子の頬が赤くなる。必死だったから出た言葉かもしれない。
 表に帰り、響子は自分の分と圭太の分のお金を払うと外に出る。身を切るような寒さが吹き抜けた。そしてその裏にひっそりとある風俗店に、こっそりと男が行くのをみた。
 こんな日は人の温もりが恋しいのかもしれない。響子だってそうだ。格好を付けてドラムを叩いて、良いところを見せようと思ったのかもしれない。それも圭太の顔の一つだろう。だがそれでますます好きになったかと言われるとわからない。
 圭太のどこが好きなのといつか千鶴に聞かれたことがある。だがどこと言われてもわからない。体の傷や火傷の跡を責めないところなのか。仕事に対する姿勢だろうか。それとも優しく抱いてくれるところだろうか。それもわからない。
 はっきりした好きだというところがないと、好きと言えないのだろうかと響子は不思議に思っていた。
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