彷徨いたどり着いた先

神崎

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 明日の仕込みは、響子も圭太も手伝いながら仕上げてやっと全てが終わったのはいつもよりも大幅に時間が過ぎている時間だった。その文ボーナス代わりに、来月の給料は色をつけてくれるらしい。だが功太郎は圭太に言わせると、まだ雇用期間なので響子たちと同じ時間働いているが、給料は少し低めに設定しているという。
「再来月くらいから同じくらいにするわ。」
 圭太はそういってパソコンを閉じた。
「良いよ。どうせまだ俺そこまで使えてねぇと思うし。」
 自分でもそう思っているのか。確かにフレンドリーな接客が悪いとは言わない。そういうのを好む客も居ないことはないし、特に人妻や子供には功太郎の接客は好かれているようだ。万人受けするように接客をしている圭太や、人当たりの良い千鶴とはまた違った印象だろう。
「だったら言葉遣いの一つでも覚えたら?なんとかっすって言うのは、接客ではあり得ないよ。」
 相変わらず真二郎は辛口にそういう。どうも真二郎は功太郎に厳しく当たっていると圭太は思っていた。
「着替え終わったわ。」
「うん。じゃあ、俺らも着替えるか。響子。ちょっと待ってろよ。」
 真二郎はこれからウリセンの仕事へいく。最近はレイプ被害がちまたで騒いでいることから、駅まででも圭太と功太郎が送ってくれるらしい。
「それにしても響子が住んでるところって、K町だろ?」
「あぁ。」
 三人は更衣室にはいると、それぞれのロッカーを開いて着替えを始めた。圭太はギャルソンエプロンを取ると、ハンガーに掛ける。
「あんなところだったら犯罪の方が多そうだけどな。」
「そんなことはないよ。もう住んで二、三年になる。キャッチも、呼び込みももうみんな顔なじみだよ。」
 中にはホストから声をかけられることもある。ホストの中にはからかうように響子に声をかけることもあるが、軽く挨拶をして家へ帰っているようだ。ホストクラブに足を踏み入れたこともない。
「ふーん。」
「それにあの辺は家賃も低いんだ。店舗は結構値が張るけどね。」
 圭太の友人である瑞希がバーテンをしている「flipper」というジャズバーだって、瑞希がしているわけではない。他にオーナーが居て、更にそのオーナーも雇われているだけだ。家賃を聞いて驚いた記憶がある。
「ここって安いの?」
 シャツを着た功太郎が圭太に聞くと、圭太は少しうなづいた。
「古いしな。ここ。元々は古道具屋だったみたいだけど。」
「だからねじ巻きの柱時計か。」
「そう。あれ、撤去しようかと言われたけど、あれだけは置いててくれって頼んだんだよ。」
「良い味を出してる。」
 真二郎もあの時計は良いと思っていた。何となく存在感があるような気がするのだ。
「真二郎さ。今日、ショートなの?」
 功太郎はそう聞くと、真二郎はうなづいた。
「毎年クリスマスイブに予約を取る人がいるんだ。今日はさすがにロングは無理だって言ってるんだけど、それでも良いから会いたいって言ってくれているんだ。」
「モテるなぁ。でも真二郎って女もいけるんだろ?」
「そうだけど。」
 その相手はきっと響子なのだ。それが少しいらついてくる。
「何だ功太郎。お前、男に興味があるのか?」
 からかうように圭太が聞くと、功太郎は首を横に振る。
「やー……。男はちょっとな。昔の派遣先で言い寄られたこともあるんだけど、どうもその気にならないな。」
「新しい世界が見えるかもしれないのに。」
 真二郎もからかうようにそういうと、功太郎はますます首を横に振った。
「そんな世界は開かなくても良いな。」
 真二郎には響子がいる。なのに響子は真二郎が仕事とは言っても、男相手に寝ていたりするのだ。そして男のセフレも女のセフレもいるのだという。相当精力があるのだろう。だから圭太に比べると若々しいのだろうか。
「俺もちょっとは考えた方がいいのかなぁ。」
「何を?」
 ズボンをはきながら、功太郎は考えていることがあった。
「まぁ、十代の頃は体を売ってたこともあって、女なんかそんなものだろうって思ってたけど、そんな女ばっかじゃないなって思って。」
 圭太もその言葉に驚いたように功太郎を見る。
「何だよ。」
「へぇ。お前、そんなことを考えれるようになったんだな。」
「からかうなよ。」
 上着を着ると、功太郎はそのまま荷物を持って出て行った。その後ろ姿を見て、真二郎は圭太に言う。
「オーナー。あいつ、響子に気があるね。」
「は?」
 最初から喧嘩腰だった二人なのに、その言葉は圭太にとって寝耳に水だった。
「最初は尊敬だったかもしれない。響子の入れるコーヒーに惚れていた感じがあるけど、今は響子自体に興味があるように思えるよ。そして興味は好意に変わる。」
「そんなに時間たってねぇのに。」
「時間なんか関係ある?一目惚れっていう言葉もあるのに。」
 圭太もその経験がなかったこともない。高校生の時にバスケ部に居たとき、たまたま練習試合をした相手の高校のマネージャーに惚れたこともあるのだ。だがそのマネージャーは相手の高校のレギュラーのヤツとつきあっていて、たまたま圭太のプレイでその男を怪我をさせてしまったことで恨まれてしまい、そこで圭太の気持ちも途絶えた。
「二人きりになることも多かったからかな。それに俺が少し厳しめで接しているから響子は甘えさせるように接している。」
「……。」
「それが勘違いさせていると思うけどね。」
「だからってよぉ……。響子は……。」
「オーナーとつきあっているって、功太郎は知らないよ。そんなそぶりを店では出さないからかもしれないけど。」
 それをいわれると辛い。オーナーの立場だし、雇用主と従業員という立場を外からも見せなければ、示しがつかない。それは真子とつきあっていたときもそうだった。
 真子とつきあっていたのは、あのカフェの従業員なら誰もが知っていた。それでも真子につきまとうような男は居たし、真子もそれに悪い気はなかった。だが真子はきっぱりと断っていたのを知っている。
 響子にそれが出来るのかといわれれば不安だ。あんなに男を拒絶して、それでも求めて、やっと手に入れたのにあんなぽっと出てきた男に取られたくない。
「疲れてるかもしれないけど、今日は響子の家にでも行ったらいい。君の家は功太郎が居るんだろう?」
「お前が居るのに盛れるかよ。」
「気になるんだったら、俺、仕事のあとセフレのところに行くから。」
「死ぬぞ。お前。」
「腹上死するなら本望かもね。」
 少し笑いあい、それでもやはり気になる。今だって二人きりなのだ。急いで上着を着ると、荷物を持ち表に出て行く。その後ろを真二郎もついて行く。
 するとフロアでは、カウンターの中で響子が功太郎にコーヒーの豆の入った瓶を手にして何か説明をしていた。
「豆の色の濃さが違うでしょ?」
「確かに……こっちがカフェオレ?」
「そう。うちはマシンがないけど、こっちの豆を使ってエスプレッソを入れることも出来るわ。」
「豆が違うのか?」
「えぇ。それ専用の豆かな。」
 コーヒーのことしか話していない。それを見て少しほっとした。
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