彷徨いたどり着いた先

神崎

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親族と他人

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 今頃圭太と響子はつかの間のデートを楽しんでいるのだろう。喫茶店は少し遠いところにあるのだ。デートなら自分だってしたことはある。といっても一緒に買い物へ行ったり、美味しいと評判の洋菓子店へ行くくらいだが。
 ふと思う。それくらいなら自分でもしているじゃないか。その間に手を繋いだり、セックスをしないだけだ。プラトニックな、まるで中学生のようなデートを自分もしていた。そう思うと少しにやけてくる。だがまたふと思う。それだけだ。響子とキスもしたことはない。寝ているところに首筋に唇を寄せたことがあるが、それも響子は望んでいない。唯一真二郎を望んだのは、うなされて起きたときに抱き寄せただけだ。
「お待たせいたしました。レモネードです。」
 オープンテラスに持ってきた店員は男。染めたような金色の髪と細い体で、なおかつ綺麗な顔立ちをしている。思わずその顔をじっと見ていると、店員は少し顔を赤く染めた。真二郎は少しほほえむと、さらに赤くなる。そしてそそくさと店内に入っていった。筋は悪くないな。真二郎はそう思いながら、温かいレモネードに口を付ける。こうしていつも一夜限りの男を捜しているのだ。
 そしてバッグから本を取り出そうとしたときだった。近くの席に二人組の男が座った。一人は紺色のスーツを着た綺麗な男。そしてもう一人は帽子を取るとぼさぼさの髪で、どう見てもその辺にいる工場の作業員だった。
 スーツの男は真二郎のストライクだ。弁護士とか、医者とか、そんな感じの品のいい感じがする。
「紅茶と……三笠君はどうする?」
「コーヒーで。」
 先ほどの店員がオーダーを取り、また真二郎に目を向けていってしまった。これはワンチャンスあるな。真二郎はそう思いながら、本に目を向けるふりをした。
「悪かったね。休憩中に呼び出してしまって。食事はとらなくてもいいのかな。」
「いつも昼は食わないんで。」
「だからそんなに細いのか。ちゃんと三食は食べた方が良いよ。」
「だって……昨日もおごってもらったのに。」
「三で割っただけだよ。もっともあの女性の酒代がほとんどだったな。圭太のところの従業員だったか。酒を水のように飲む女だな。」
「全くです。」
 圭太という名前に、真二郎は少し違和感を持った。そしてちらっとそっちの席を見る。だが二人とも見覚えはない。まぁ、どこにでもある名前か。そう思いながらまた本に目を落とす。
「三笠君。弁護士費用と裁判費用。それは君が今まで三笠家に渡していた金でまかなえる。それをひいてもお釣りがくるくらいだ。これで新たに住居を違うところに構えるといい。」
「石黒さん。裁判って勝ちそうなんですか。」
「もちろんだ。君が用意してくれた診断書は、三笠家に接近禁止命令を出すことも出来るだろう。」
 石黒の言葉に、三笠功太郎は少し安心したように笑った。功太郎は三歳の時から、三笠家に真子と一緒にいた。だが功太郎は真子よりも出来がいい方ではなかったため、両親ともどもしつけという名目で虐待を受けていたのだ。背中にある無数の火傷の跡は、煙草を押しつけられた跡でそれは消えることはなく病院で診断を以前受けていたのだ。
「それから、名字のことだが。」
「三笠の名前を名乗りたくないんです。」
「だと思ってね。君の両親のことを調べてみた。」
 石黒はそう言ってバッグから封筒を取り出して、功太郎の前に置く。
「君の両親は外交官だったようだ。この国に派遣されたとき、国の内戦に巻き込まれて命を落としている。それで君だけがこの国に戻ることになった。だが君には身内と言われる人は居なかった。なのでその児童養護施設に預けられたらしい。」
 児童養護施設にいるような子供は、色んな事情がある。中には両親がこうやって調べられないという人だって居るのだ。功太郎はまだましな方だろう。
「名字はそちらの名字を名乗るといい。」
「何ていうんですか。」
「田宮と言うのが、君の本当の名字だ。そして戸籍もそちらに移せるだろう。」
「お願いします。」
 知らなかった両親のことを知り、功太郎は少し嬉しかった。
「それにしても……君がそれだけ耐えていたのに、姉の方は何もなかったのか。亡くなっているのだろう?」
「……新山圭太が殺したようなものです。」
 その言葉に石黒は眉をひそめた。
「話は聞いている。まぁ……あいつならしかねないとは思った。」
「何で……。」
「あいつは昔から計画を立てて、順々に全てを片づけていくタイプでね。大学の時のジャズ研の同期だったが……こう……音楽というのは確かにそうやって組み立てていけば、確かに音楽にはなる。だがやっているのはジャズなんだ。君。音楽は聴くかな。」
「そんな余裕はなかったですから。」
 店員が持ってきたコーヒーに口を付ける。夕べ響子が淹れてくれたコーヒーとは別の飲み物のようだ。全く香りがない。鼻が利かなくなったのかと勘違いするようだ。
「フリースタイルジャズというのがあってね。つまり、コードと店舗だけを決めてあとは全部アドリブでプレイする。それでも音楽にはなるんだ。」
「はぁ……。」
「圭太はそれを邪道だといっていたね。何が正解なのかは、俺らもわからないのに。」
「……詳しいことはわからないんですけど……でも姉さんがあいつのせいで死んだのは、間違いないんです。でも……本宮さんがあそこを離れたくないっていうんだったら……あれ以上のコーヒーはないと思うから……俺、あそこで働きたい。」
 その言葉に真二郎の手が止まった。それは功太郎の決意だったからかもしれない。
 悪くない子だな。真二郎はレモネードを口にして、ため息をつく。
 高校生の時、真二郎は今よりも背が低く、細く、色が白くてなよっとしていた。それをからかわれていたのか、いじめなのかわからない仕打ちをずっとされていたのだ。女子にもからかわれて、死にたいと思っていた。そんなときに、声をかけたのが響子の祖父だった。
 一杯のコーヒーを出してくれて、笑いながらいう。
「見た目だけで判断されるのは仕方がないよ。接客だっていらっしゃいませといった何秒で判断されるんだから。だけど私はずっと君が男らしいことは知っている。響子をあんなに守ってくれるなんて並の男では出来ないんだから。」
 嬉しかった。響子ですら気がついていないのだと思っていたことを、祖父が気がついてくれていたのを。
 だがもうその役目は終わりだ。圭太がしてくれているのだろう。そして響子も圭太を求めているのだ。
 だがなぜか自分の中が空っぽになった気がする。
 まだ響子を忘れられない自分が居た。
「とりあえず、あそこで働きたいなら髪を切るべきだね。」
「髪ですか?」
「あぁ。接客業なんだから、清潔感が一番だよ。あそこのパティシエのように、帽子をずっとかぶっているならともかくね。」
「……そっか。俺、接客はしたこと無いしなぁ。丸刈りじゃ駄目ですかね。」
「駄目だと思うよ。人相が悪くなる。」
 ちらっと功太郎の方をみた。髪がぼさぼさだということくらいしかわからないが、よく見れば可愛い顔をしているように見える。好みではないが、人気は出そうだな。真二郎はそう思いながら、また本に目を落とした。
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