彷徨いたどり着いた先

神崎

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親族と他人

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 上着を羽織って、外に出ていく。今日はもうシャツ一枚では冷えているのだ。そう思っていた真二郎の後ろから、響子もカーディガンを羽織って出てくる。
「寒くなってきたね。」
「そうね。」
 真二郎はそういって鍵を閉める。すると響子はアパートの階段の方へ向かう。その後ろを真二郎もついていくように向かう。
「今日はロングだっけ。」
「うん。」
「ご飯は用意しなくてもいいのね。」
「たまには外で食べてきなよ。明日は休みだろう?」
「そうね。気になっていた居酒屋があるんだけど、あの人、そういうのが好きなのかしら。」
「どうかな。一度三人で居酒屋へ行ったときも、焼酎を飲んでいたようだけど。」
 圭太と響子がつきあうようになったのに、響子はあまり圭太のことに興味はなさそうだ。それよりもクリスマスに向けての他店とはひと味違うホットショコラの研究に余念がない。それが真二郎を少しいらつかせている。豪快に真二郎を振った割には、つかず離れずの関係のようで、一般的なカップルのように見えない。
「家でまったり飲みたいわ。」
「俺のことは気にしなくても良いから、家に呼んでもいいのに。だいたい、あの家は響子の家じゃないか。」
「そうね。」
 響子も響子で真二郎に気を使っている。それに真二郎は気がついていないのだ。
 こうして二人で朝の繁華街を歩く。この近くには、ラブホテルだってあるおかげで、どこをどう見ても出張ホストを買った女にしか見えない二人だが、もうこの辺の区域の人たちは二人の関係をよく知っていて何も言わない。
 そのとき、その角から見覚えのある人が出てきた。それは瑞希だった。今仕事が終わったのだろうか。黒くなめした皮のジャケットを着ている。
「瑞希さん。」
 響子が声をかけると、瑞希は二人に近づく。
「やぁ。圭太の店の従業員だね。」
「今お帰りですか?」
 それにしては遅すぎる。あの店はそこまで遅くまでやっている店ではないのに。
「ちょっと用事があってね。いったん帰ってまた来たんだ。そっちは……あぁ。パティシエだったかな。」
「はい。遠藤と言います。」
「瑞希です。そこにあるジャズバーでバーテンをしてます。」
 こんなに綺麗な男がいるのかと、瑞希も少し驚いた。ホストクラブも多く、今の時間なら帰っている人も多い。だがここまで綺麗だとホストの中でも見た目だけでかなり人気が出そうだ。
「響子の知り合い?」
「少し店に立ち寄ったことがあって、オーナーの大学の同級生なの。大学のジャズ研にいたとか。」
「へぇ。オーナーがジャズか。高校の時はバスケだったのにな。」
 その言葉に瑞希は驚いたように真二郎を見る。同じくらいの歳と思っていなかったのだ。
「圭太とはパティシエで会う前から?」
「高校の時の同級生ですよ。クラスは違いましたけど、オーナーは人気者だったから。」
「まぁ、あいつは大学でもいつも周りに人が居ましたしね。」
 三人は駅へ向かう。瑞希が乗る路線は違う路線だが、行き先は一緒なのだ。
「そういえば、あいつ、大学の時の同期に連絡を付けて身の回りのものを一切合切売り払ったらしいよ。」
「え?」
「家の中のものを全部入れ替えたいと言っていたけど……まぁ、良いことかなって俺は思うし。」
「家の中のものを?」
「一緒に暮らしてた女が居たの知ってる?」
 その言葉に響子の胸が少し痛んだ。真子のことだからだ。だがもう真子は過去の人だ。それを信じたいと思う。
「えぇ。」
「あの女が死んでも家具とか、本とか、そういったものをまだ取ってたみたいだし。あいつ、思い出の中にずっと閉じこもっていたから。ちょっとは前向きに動いた方が良いって、何度か言ったんだけどやっと踏ん切りがついたのかな。それとも新しい女でも出来たのか。」
 思わず響子の顔がゆるむ。圭太はそれを手放すことで前向きに行きようとしていたのだから。
「忘れたいことがあるんだったら、それも一つの手ですね。でも……忘れちゃいけないこともあるんだけどな。」
 真二郎はぽつりとそうつぶやく。そういえば、真二郎は何か圭太に恨みでもあるのだろうか。響子は不思議そうに真二郎をみた。
「真二郎。あなた……。」
「名前は真二郎って言うの?あぁ、思い出した。」
 響子の言葉を遮るように、瑞希は真二郎の方へ話を降る。
「遠藤さん。「真ちゃん」って呼ばれてないですか。」
「えぇ。親しいものからは。」
「「cream soda」に出入りしているでしょう?そこのオーナーがあなたの話をしているのを聞いたことがありますよ。そこの客が、あなたにぞっこんだとか。」
 その店はゲイバーだった。仕事の無いとき、たまにそこに言って一晩限りの相手を見つけることもある。それを知られて、真二郎は苦笑いをした。
「ぞっこんなんて……お恥ずかしい。」
「本当、恥ずかしいわ。真二郎。ちょっとはセーブしなさいよ。ったく、精力だけは旺盛で良い歳して何やってんのよ。」
 口に蓋が出来ないタイプだと聞いていた。それでも真二郎はへらへらと笑っているだけで、本気に取っていない。
 良いコンビだと思う。真二郎がゲイであれば、おそらく響子とはただの仕事仲間なのだろう。

 秋のデザートであるモンブランとリンゴのシブーストはおおむね好評だった。それに合わせて、響子もコーヒーを淹れる。リンゴは少し薄めに、モンブランは少し濃いめに淹れている。それに気がつく人は数少ないが。
 ケーキの持ち帰りの会計をしたあと、千鶴はテーブルにおいてあったタウン誌を棚にしまう前に、少しそのページをめくる。そしてタウン誌をしまうと、カウンターへ戻る。
「ねぇ。響子。」
 お持ち帰りのコーヒーの豆をミルで挽きながら、口だけで千鶴に聞く。
「何?」
「帰りにバナナミルクをテイクアウトできるかな。」
 時計を見ると、もうすぐ千鶴が帰る時間だ。豆を弾き終わると、響子は冷蔵庫の中をチェックする。
「大丈夫よ。」
「良かった。今日、クラブをお休みもらったの。だから真昼とご飯に行こうと思って。その前にバナナミルクを飲ませたいなって。」
「千鶴は良いお母さんね。」
「そうかな。いっつも夜居ないから、それくらいしないとって思ってるだけだよ。」
「クラブのシフトって結構入っているの?」
「十四連勤してさ。さすがに休んでくれって、マネージャーから言われたの。」
「若いからって体壊すよ。」
「でもさぁ、あたし指名のお客さんが今日居ないって言われて別の女の子と飲んで、結局そのこのお客になったらイヤじゃん。」
「まぁね。わからないでもないけど。」
 そういって響子はドリッパーにフィルターをセットする。そのとき、店に客が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
 千鶴がそちらへ向かい、響子は目の前の豆をフィルターにセットする。そしてポットを手に持った。そのときだった。
「響子さん。」
 ふと顔を上げる。すると響子は気まずそうに視線を逸らした。
「……雅さん……。」
 トイレから戻ってきた圭太は、響子の目の前にいるその男にいぶかしげな顔をした。そして奥からリンゴのシブーストをトレーに乗せた真二郎も、その男を見て苦笑いをする。
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