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雨
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平日の夜の港は、そこまで停まっている車はない。ここもナンパスポットで、対岸の夜景が綺麗なのだ。民家もあるが、そのほとんどは工場の光で夜でもかまわずに働いている人たちがそこにはいる。
そんなこともかまわずに、綺麗だと言って雰囲気を盛り上げたあとその港の側にあるラブホテルに行くのだろう。圭太だって出来ればそうしたい。だが響子はそれを望んでいないだろう。
セックスにイヤな想いしかないのだから。
「海の黒が引き込まれるようだわ。」
響子の目には、夜景ではなく海をとらえているようだ。やはり見るところが少し違う。
「昼間に晴れていると、すごい向こうまで綺麗に見えるけどな。」
「釣りをしている人も多いのね。何が釣れるのかしら。」
「釣りは昔してたけどな。ここではしなかったか。」
「釣りも趣味なの?」
「昔の話だよ。」
釣りに行って、魚をさばくのは圭太の仕事だった。真子は魚に触れるのも嫌がっていたと思う。
女によっては魚が生臭いと言って触れるのも嫌がる人もいる。真子もそんなタイプなのだろうと軽く圭太は考えていた。
「家もお父さんがよく釣りに行ってたわね。大漁だったら、真二郎のいた施設にもお裾分けに行ってた。真二郎は本当は肉より魚が好きなの。」
真二郎のことを口にすると、胸が苦しい。だがその苦しさに正面から向き合わないといけないのだ。ずっと逃げていても何も始まらない。
「前にも言ったけどさ。」
「ん?」
「真二郎と離れて暮らせないか。」
すると響子は少し表情を曇らせた。
「それは……。」
「居候みたいなものだろう?真二郎は。はっきり真二郎がお前に告白をしたんだったら、今まで通りってのは難しいだろ?」
「そうしたいけど……。」
「仕事なら良いよ。けど、プライベートも一緒にいるとなると話は別だ。お前、それに耐えられなかったからあんなところでふらふらしてたんじゃねぇの?」
図星だ。響子は言葉に詰まり、口をとがらせる。
「その通りよ。帰りたくなかった。断ったのは良いけど……どんな顔をすればいいのかわからない。」
「だったら、真二郎を出すか、引っ越しすればいい。無理なら別のヤツと……。」
「あなたと住む?」
その言葉に今度は圭太が頭をかいた。出来れば自分の側にいて欲しいと思っていたからだ。それはすなわち好きだから。
「出来ればそうして欲しいよ。」
気の利いたことを言っても、響子には通じない。だから真っ直ぐに伝えた。
「……無理だと思う。」
「何で?」
「きっとあなたは、私を真子さんに重ね合わせてるから。」
響子はため息をつくと、その暗い海をまた見る。
「私が、あの男達に受けたことが簡単に忘れられないように、あなたもまだ真子さんが死んだことを忘れられていないわ。だからここに来たのよ。」
「……違うよ。」
「違う?」
「確かに真子をここに連れてきたことがある。それが忘れられないなら、お前をここに連れてこない。」
「……。」
「真子のことは、もう過去のことだ。お前だってそうだろう?」
「……。」
「一度……真子が死んで、ここに来たよ。この海に身を投げたらどんなに楽だろうと思った。死んで真子に謝りたいとずっと思ってた。けど、今日、ここに来たのはそんな目的じゃない。お前が……楽になればいいと思ったから。」
「エゴイスト。」
確かに自分のやっていることを、響子の為にとやったことは、自分の自己満足かもしれない。
「……だけど……考えてみるわ。真二郎も気持ちを告白して、そのまま同居生活が出来ると思ってないだろうし。」
「離れることか?」
「あなたとは暮らさないけどね。」
すると圭太は少し笑って言う。
「あいつだって別に一人暮らしが出来ないような給料はやってねぇし、出来ないこともないだろ?」
「だと思うわ。まぁ……確かに真二郎がいれば楽だったけどね。」
「一人よりも二人の方が確かに生活は楽だよな。」
そのとき圭太は停まっている車に目を向けた。白いワンボックスの車がわずかに揺れている。ホテル代をケチっているカップルだろうか。
「さてと、ちょっとは気が晴れたか。家まで送ってやるよ。」
「そうしてくれる?」
「当たり前だろ。こんな所で解散なんか出来るか。」
エンジンをかけようとして、ふと向こうを見る。それはホテルの明かりだった。そうだ。この辺はラブホテルもあるが、夜景が綺麗なことで普通のホテルもあるのだ。夜景が綺麗で、部屋が小綺麗で、こう言うところに女はあこがれるのだろう。
「どうしたの?」
響子が声をかけると、圭太はギアに置いた手を離して響子の手を握る。
「何……。」
慌てて響子はその手を離す。そうだった。一度キスしたとは言っても、そんな関係ではないのだ。そう思って圭太はまたギアに手をかける。
「悪い。こんな時に……。」
すると響子は少し俯く。そして運転席側のシートに体を倒す。
「え……。」
「忘れさせてくれるために来たんでしょう?忘れさせてよ。」
響子の頬が赤く染まる。それを誤魔化すように、圭太の体に体を寄せた。
「……いいのか?」
「今更聞かないで。」
手を握る。今度は拒否されなかった。すると響子はそのまま圭太の方を見上げる。そして圭太も響子の方を見下ろすと、そのまま唇を重ねた。軽く触れるだけで、胸が張り裂けそうだ。
「ホテルに行くか。」
「……ホテル代が無駄になるわ。」
「俺が我慢できそうにないんだよ。」
「歳の割に精力旺盛ね。」
「歳のことを言うな。お前だって良い歳なんだろ。」
「うるさいな。」
冗談を言い合いながら響子は体から離れると、圭太はそのままエンジンをかけた。そしてそこにいるカップルのほとんどがそうするように、圭太もまた少し離れたラブホテルへ車を進める。
そんなこともかまわずに、綺麗だと言って雰囲気を盛り上げたあとその港の側にあるラブホテルに行くのだろう。圭太だって出来ればそうしたい。だが響子はそれを望んでいないだろう。
セックスにイヤな想いしかないのだから。
「海の黒が引き込まれるようだわ。」
響子の目には、夜景ではなく海をとらえているようだ。やはり見るところが少し違う。
「昼間に晴れていると、すごい向こうまで綺麗に見えるけどな。」
「釣りをしている人も多いのね。何が釣れるのかしら。」
「釣りは昔してたけどな。ここではしなかったか。」
「釣りも趣味なの?」
「昔の話だよ。」
釣りに行って、魚をさばくのは圭太の仕事だった。真子は魚に触れるのも嫌がっていたと思う。
女によっては魚が生臭いと言って触れるのも嫌がる人もいる。真子もそんなタイプなのだろうと軽く圭太は考えていた。
「家もお父さんがよく釣りに行ってたわね。大漁だったら、真二郎のいた施設にもお裾分けに行ってた。真二郎は本当は肉より魚が好きなの。」
真二郎のことを口にすると、胸が苦しい。だがその苦しさに正面から向き合わないといけないのだ。ずっと逃げていても何も始まらない。
「前にも言ったけどさ。」
「ん?」
「真二郎と離れて暮らせないか。」
すると響子は少し表情を曇らせた。
「それは……。」
「居候みたいなものだろう?真二郎は。はっきり真二郎がお前に告白をしたんだったら、今まで通りってのは難しいだろ?」
「そうしたいけど……。」
「仕事なら良いよ。けど、プライベートも一緒にいるとなると話は別だ。お前、それに耐えられなかったからあんなところでふらふらしてたんじゃねぇの?」
図星だ。響子は言葉に詰まり、口をとがらせる。
「その通りよ。帰りたくなかった。断ったのは良いけど……どんな顔をすればいいのかわからない。」
「だったら、真二郎を出すか、引っ越しすればいい。無理なら別のヤツと……。」
「あなたと住む?」
その言葉に今度は圭太が頭をかいた。出来れば自分の側にいて欲しいと思っていたからだ。それはすなわち好きだから。
「出来ればそうして欲しいよ。」
気の利いたことを言っても、響子には通じない。だから真っ直ぐに伝えた。
「……無理だと思う。」
「何で?」
「きっとあなたは、私を真子さんに重ね合わせてるから。」
響子はため息をつくと、その暗い海をまた見る。
「私が、あの男達に受けたことが簡単に忘れられないように、あなたもまだ真子さんが死んだことを忘れられていないわ。だからここに来たのよ。」
「……違うよ。」
「違う?」
「確かに真子をここに連れてきたことがある。それが忘れられないなら、お前をここに連れてこない。」
「……。」
「真子のことは、もう過去のことだ。お前だってそうだろう?」
「……。」
「一度……真子が死んで、ここに来たよ。この海に身を投げたらどんなに楽だろうと思った。死んで真子に謝りたいとずっと思ってた。けど、今日、ここに来たのはそんな目的じゃない。お前が……楽になればいいと思ったから。」
「エゴイスト。」
確かに自分のやっていることを、響子の為にとやったことは、自分の自己満足かもしれない。
「……だけど……考えてみるわ。真二郎も気持ちを告白して、そのまま同居生活が出来ると思ってないだろうし。」
「離れることか?」
「あなたとは暮らさないけどね。」
すると圭太は少し笑って言う。
「あいつだって別に一人暮らしが出来ないような給料はやってねぇし、出来ないこともないだろ?」
「だと思うわ。まぁ……確かに真二郎がいれば楽だったけどね。」
「一人よりも二人の方が確かに生活は楽だよな。」
そのとき圭太は停まっている車に目を向けた。白いワンボックスの車がわずかに揺れている。ホテル代をケチっているカップルだろうか。
「さてと、ちょっとは気が晴れたか。家まで送ってやるよ。」
「そうしてくれる?」
「当たり前だろ。こんな所で解散なんか出来るか。」
エンジンをかけようとして、ふと向こうを見る。それはホテルの明かりだった。そうだ。この辺はラブホテルもあるが、夜景が綺麗なことで普通のホテルもあるのだ。夜景が綺麗で、部屋が小綺麗で、こう言うところに女はあこがれるのだろう。
「どうしたの?」
響子が声をかけると、圭太はギアに置いた手を離して響子の手を握る。
「何……。」
慌てて響子はその手を離す。そうだった。一度キスしたとは言っても、そんな関係ではないのだ。そう思って圭太はまたギアに手をかける。
「悪い。こんな時に……。」
すると響子は少し俯く。そして運転席側のシートに体を倒す。
「え……。」
「忘れさせてくれるために来たんでしょう?忘れさせてよ。」
響子の頬が赤く染まる。それを誤魔化すように、圭太の体に体を寄せた。
「……いいのか?」
「今更聞かないで。」
手を握る。今度は拒否されなかった。すると響子はそのまま圭太の方を見上げる。そして圭太も響子の方を見下ろすと、そのまま唇を重ねた。軽く触れるだけで、胸が張り裂けそうだ。
「ホテルに行くか。」
「……ホテル代が無駄になるわ。」
「俺が我慢できそうにないんだよ。」
「歳の割に精力旺盛ね。」
「歳のことを言うな。お前だって良い歳なんだろ。」
「うるさいな。」
冗談を言い合いながら響子は体から離れると、圭太はそのままエンジンをかけた。そしてそこにいるカップルのほとんどがそうするように、圭太もまた少し離れたラブホテルへ車を進める。
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