彷徨いたどり着いた先

神崎

文字の大きさ
上 下
47 / 339

46

しおりを挟む
 平日の夜の港は、そこまで停まっている車はない。ここもナンパスポットで、対岸の夜景が綺麗なのだ。民家もあるが、そのほとんどは工場の光で夜でもかまわずに働いている人たちがそこにはいる。
 そんなこともかまわずに、綺麗だと言って雰囲気を盛り上げたあとその港の側にあるラブホテルに行くのだろう。圭太だって出来ればそうしたい。だが響子はそれを望んでいないだろう。
 セックスにイヤな想いしかないのだから。
「海の黒が引き込まれるようだわ。」
 響子の目には、夜景ではなく海をとらえているようだ。やはり見るところが少し違う。
「昼間に晴れていると、すごい向こうまで綺麗に見えるけどな。」
「釣りをしている人も多いのね。何が釣れるのかしら。」
「釣りは昔してたけどな。ここではしなかったか。」
「釣りも趣味なの?」
「昔の話だよ。」
 釣りに行って、魚をさばくのは圭太の仕事だった。真子は魚に触れるのも嫌がっていたと思う。
 女によっては魚が生臭いと言って触れるのも嫌がる人もいる。真子もそんなタイプなのだろうと軽く圭太は考えていた。
「家もお父さんがよく釣りに行ってたわね。大漁だったら、真二郎のいた施設にもお裾分けに行ってた。真二郎は本当は肉より魚が好きなの。」
 真二郎のことを口にすると、胸が苦しい。だがその苦しさに正面から向き合わないといけないのだ。ずっと逃げていても何も始まらない。
「前にも言ったけどさ。」
「ん?」
「真二郎と離れて暮らせないか。」
 すると響子は少し表情を曇らせた。
「それは……。」
「居候みたいなものだろう?真二郎は。はっきり真二郎がお前に告白をしたんだったら、今まで通りってのは難しいだろ?」
「そうしたいけど……。」
「仕事なら良いよ。けど、プライベートも一緒にいるとなると話は別だ。お前、それに耐えられなかったからあんなところでふらふらしてたんじゃねぇの?」
 図星だ。響子は言葉に詰まり、口をとがらせる。
「その通りよ。帰りたくなかった。断ったのは良いけど……どんな顔をすればいいのかわからない。」
「だったら、真二郎を出すか、引っ越しすればいい。無理なら別のヤツと……。」
「あなたと住む?」
 その言葉に今度は圭太が頭をかいた。出来れば自分の側にいて欲しいと思っていたからだ。それはすなわち好きだから。
「出来ればそうして欲しいよ。」
 気の利いたことを言っても、響子には通じない。だから真っ直ぐに伝えた。
「……無理だと思う。」
「何で?」
「きっとあなたは、私を真子さんに重ね合わせてるから。」
 響子はため息をつくと、その暗い海をまた見る。
「私が、あの男達に受けたことが簡単に忘れられないように、あなたもまだ真子さんが死んだことを忘れられていないわ。だからここに来たのよ。」
「……違うよ。」
「違う?」
「確かに真子をここに連れてきたことがある。それが忘れられないなら、お前をここに連れてこない。」
「……。」
「真子のことは、もう過去のことだ。お前だってそうだろう?」
「……。」
「一度……真子が死んで、ここに来たよ。この海に身を投げたらどんなに楽だろうと思った。死んで真子に謝りたいとずっと思ってた。けど、今日、ここに来たのはそんな目的じゃない。お前が……楽になればいいと思ったから。」
「エゴイスト。」
 確かに自分のやっていることを、響子の為にとやったことは、自分の自己満足かもしれない。
「……だけど……考えてみるわ。真二郎も気持ちを告白して、そのまま同居生活が出来ると思ってないだろうし。」
「離れることか?」
「あなたとは暮らさないけどね。」
 すると圭太は少し笑って言う。
「あいつだって別に一人暮らしが出来ないような給料はやってねぇし、出来ないこともないだろ?」
「だと思うわ。まぁ……確かに真二郎がいれば楽だったけどね。」
「一人よりも二人の方が確かに生活は楽だよな。」
 そのとき圭太は停まっている車に目を向けた。白いワンボックスの車がわずかに揺れている。ホテル代をケチっているカップルだろうか。
「さてと、ちょっとは気が晴れたか。家まで送ってやるよ。」
「そうしてくれる?」
「当たり前だろ。こんな所で解散なんか出来るか。」
 エンジンをかけようとして、ふと向こうを見る。それはホテルの明かりだった。そうだ。この辺はラブホテルもあるが、夜景が綺麗なことで普通のホテルもあるのだ。夜景が綺麗で、部屋が小綺麗で、こう言うところに女はあこがれるのだろう。
「どうしたの?」
 響子が声をかけると、圭太はギアに置いた手を離して響子の手を握る。
「何……。」
 慌てて響子はその手を離す。そうだった。一度キスしたとは言っても、そんな関係ではないのだ。そう思って圭太はまたギアに手をかける。
「悪い。こんな時に……。」
 すると響子は少し俯く。そして運転席側のシートに体を倒す。
「え……。」
「忘れさせてくれるために来たんでしょう?忘れさせてよ。」
 響子の頬が赤く染まる。それを誤魔化すように、圭太の体に体を寄せた。
「……いいのか?」
「今更聞かないで。」
 手を握る。今度は拒否されなかった。すると響子はそのまま圭太の方を見上げる。そして圭太も響子の方を見下ろすと、そのまま唇を重ねた。軽く触れるだけで、胸が張り裂けそうだ。
「ホテルに行くか。」
「……ホテル代が無駄になるわ。」
「俺が我慢できそうにないんだよ。」
「歳の割に精力旺盛ね。」
「歳のことを言うな。お前だって良い歳なんだろ。」
「うるさいな。」
 冗談を言い合いながら響子は体から離れると、圭太はそのままエンジンをかけた。そしてそこにいるカップルのほとんどがそうするように、圭太もまた少し離れたラブホテルへ車を進める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

処理中です...