彷徨いたどり着いた先

神崎

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 四人居る従業員だから、休憩は交代でとる。今日はそこまで忙しくなかったので、圭太と真二郎がそろってバックヤードで食事をしていた。考えてみれば真二郎がたまに自作の弁当を持ってくる。圭太も自分で好きなモノを詰めて弁当を持ってくるが、真二郎が持ってくるモノは響子と同じモノだ。おそらくどちらかがまとめて作っているのだろう。
 ピーマンのおかか和えを食べながら、圭太は驚いたように真二郎を見ていた。
「は?」
「だから、言ったんだよ。」
 どさくさに紛れたような告白だった。だが真二郎はずっと響子のことしか見ていなかったし、どんな形でも告白が出来たので胸がすっとしているようだ。おにぎりを食べながら、真二郎は圭太の目を見なかった。
「あいつに告白をしたのか。」
「うん。」
「で、あいつは何だって。」
 真二郎なら断らないのだろうか。ずっと一緒にいるのだ。好きだと言っても断らない理由はない。男にも女にもモテる男だ。圭太の目から見ても男前だし、多少男臭さがないといってもそういう男の方が魅力的なのだろう。断らない理由はない。」
「そういう目で見たことはない。仕事上のパートナーとしては最高だけど、それ以上の感情はない。」
 つまりは振られたのだろう。少しほっとした。そう思いながら、圭太もまた弁当に手を付ける。
「お前さ……一緒に寝ることもあるんだろ?」
「ベッドが一つしかないからね。最初は、ソファで寝てたけど、どうしても腰が痛くなって。それに……。」
「何だよ。」
「響子はうなされることがあるからね。心配になるよ。」
 おそらく夢の中でもまだあの半月のことを思い出すのだろう。それだけではなく、周りの目も、身内からの目も厳しく、響子はずっと孤独だったのだ。
「だからってお前がすることなのか。」
「俺と、響子のお祖父さんしか理解者は居なかった。でもお祖父さんはもう居ないし、俺しか居なかったから。」
「あのさ……ずっと思ってたんだけど。」
 ご飯を口に入れて、圭太は言う。
「それってほら、そういうヤツをケアするような病院とか、カウンセリングとか出来ただろ?何で受けなかったんだ。」
「受けたよ。飽きるほどね。」
 母親がまず病院に入院させた。白い壁の、窓に鉄格子があるような所に響子を入れ、医師とカウンセラーで響子をケアしたと思う。最初は不眠症、拒食症になり、手は折れそうなほど細くなったのだという。月経すら止まり、点滴で生きているようなモノだった。
「少しは改善されたんだと思う。今は普通に食事もするし、眠れるようだ。だけど、たまにうなされて起きる。消せないんだ。どんなに誤魔化してもね。」
「……。」
「ずっと俺がついていたんだ。」
 だから圭太に邪魔をするなと言われているようだ。おもわず手が止まる。
 そのときバックヤードの扉が開く。そこには響子の姿があった。
「真二郎。食事中悪いわね。クレープのオーダーが来たの。」
「良いよ。今行く。」
 箸を置いて真二郎が響子に連れられるように表にでていった。響子と真二郎は、タイミングを見て休憩に入っているが、あまりゆっくり食事をとることは出来ない。こういうこともたまにはあるからだ。

 店の片づけを終えたあと、響子はカウンターでミキサーのメンテナンスを始めた。やはり最近はバナナジュースだけではなく、ミックスジュースやミルクセーキもよく出るので、ミキサーを酷使していると思ったのだ。最近は異音がする。きっと油切れだろう。そう思いながら、器用にミキサーを分解していく。着替え終わった真二郎はそれを見て、響子に言う。
「分解するのは良いけど、ちゃんと組み立ててよ。」
「大丈夫よ。前と違うんだから。」
 「古時計」でも同じことをして、いざ組み立て終わったらねじが余っていたのに首を傾げていたのだ。結局スイッチが入らず、それはもう破棄してしまったのをみて、お祖父さんが呆れた顔をしていたのを覚えている。
「前と同じモノで良かった。」
「そうだね。これってパワーも違う?」
「うん。シンプルだけど、メンテナンスもしやすくて良かった。」
 中を分解して、油を差していく。慣れたモノだった。
「じゃあ、俺は先にあがるよ。」
「今日は仕事だっけ?」
「ショートが二件。ちょっと遅くなるかもね。」
「わかった。」
 売り上げを計算している圭太にも声をかけて、真二郎は店を出る。今、店の中は二人きりなのだ。何をしてもわからない。響子がそんなに軽いとは思えないし、圭太も簡単に手を出す方ではない。心配はないと思いながらも、どこかで「男と女」だという声が聞こえてきたような気がする。後ろ髪を引かれながらも、真二郎を呼ぶ声が携帯のメッセージから聞こえる。行き先は繁華街にある、ゲイが集まるハッテン場。どんな相手なのかはわからない。だからこそ自分がしっかりしていないといけないのだ。自分の感情を置いて男を抱かなければいけない。
 しばらくして響子はミキサーを組み立て終わると、メモ紙に型番を書いた。そしてノートパソコンを閉じた圭太に近づく。
「これ、明日発注してもらって良い?」
「何?これ。」
「ミキサーの歯の型番。少し欠けていたのよ。業者用のミキサーだし、すぐに持ってきてもらえると思うけど。」
「あぁ。これならあるよ。明日にでも持ってきてもらおう。」
 そうだった。この男は「ヒジカタコーヒー」で営業をしていたのだ。トップセールスマンだったということは、おそらく扱っている全ての商品は頭に入っているのだろう。
「何?」
 座っている圭太を見て、響子は首を横に振る。
「何でもないわ。さてと、帰ろうかな。遅くなったし、今日は何か買って帰ろう。」
「なぁ。」
「ん?」
「……今日、真二郎に言われたんだろ?」
 その言葉に響子は足を止めた。そして圭太の方を振り返る。
「……うん。でも答えられない。言ったでしょう?真二郎とつきあったら、苦労するのが目に見える。遊び人だもの。それ以前に、家族みたいにつきあっていたのよ。今更そんな気分に……。」
「なれるよ。お前がその気なら。」
「その気になれない。」
 即答で答える。それくらい響子にとってはあり得ない言葉だったのかもしれない。
「兄のような存在だったのよ。それをいきなり恋愛感情なんかでみれないわ。」
「そっか。」
「……もういい?」
 そういって響子はバックヤードの方へ向かう。その後ろ姿を見て、ため息をついた。
 もしも真二郎がノーマルだったら。ずっと響子しか見ていなかったら。何よりももっと寄り添い、近い存在だったら、響子は真二郎を好きになっていたかもしれない。それがやるせなかった。
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